第13話「完熟いちごちゃん」
ジーニアス学園の敷地内にある発着場の一部をレンタルさせてもらい、そこに戦艦を置かせてもらえることになった。
通学時間0秒。正確には授業を受ける建物まで数分かかるけど、最高の立地だ。
「さてと、住むにあたってセキュリティロボもあらかた揃えたけど、システムの設定が面倒だな」
戦艦購入後、そのままアルカディア・エレクトロニクス社のセキュリティロボを総額20億アース分購入したのだが……設定がとてもめんどい。
こういった機器類の設定や私生活における各種手続きの補助として、ゲームの頃はサポートAIを体内のナノマシンにインストールしている人が多かった。
むしろストーリーモードを深く攻略する上では複雑な契約交渉や知らない機器の操作を要求される事が多々あるため、サポートAIのインストールは必須なのだ。
ただ、俺は戦闘専門で契約も粗雑な傭兵生活が基本だったため、サポートAIはインストールしていなかった。こんな事なら購入しておけばよかったな。
「あ、まてよ?サポートAIなら亜空間格納庫に保管してあるな」
唯一保有しているサポートAIの存在を思い出して手元に転送すると、真っ赤なビー玉のような結晶体が現れた。
この玉には『ブラッド』という名前のサポートAIが封印されており、アポイタカラの討伐において最も貢献した上位50名のプレイヤーにのみ配布されたイベント限定アイテムである。
「ゲーム内で手に入るサポートAIの中でもトップクラスの性能を持つし、ヒヒイロの面白ギミック開放の鍵になるAIだけど……嫌な欠点があるんだよなぁ」
このブラッドの欠点とは……性格が非常に悪く、歪んだ行動目標を持っているという点だ。
アポイタカラを作り出した悪の科学者が自身の願望を叶えるために生み出したサポートAIという設定背景があり、ブラッドは宇宙を征服しようと本気で企んでいる悪のAIなのである。
プレイヤーへの配布後もその設定は変わっておらず、AIのカスタマイズ画面で名称や処理能力等の設定は変更できるが、性格と宇宙征服という目標だけは変更できないという縛りのついたAIだった。
「でも、長く付き合っていると性格と行動目標が変わるっていう隠し要素があるのは驚いたな」
通常、サポートAIは設定を変更しない限り性格や行動目標が変化する事はない。だが、ブラッドは交流を深めていくうちにそれらの要素が変わっていくのである。
アークスオペレーションの世界ランク第9位で大人気女性ゲーム実況者でもある『ショートケーキちゃんねる』さん。
彼女もイベント報酬としてブラッドを手に入れており、動画を盛り上げるためにすぐさまブラッドをサポートAIに登録していた。
その際にブラッドを『完熟いちごちゃん』という名前に変更しーーー
『これからよろしくね!完熟いちごちゃん♪』
『テメェ!ぜってぇぶっ◯ろしてやらぁ!!』
ーーーという絶望的な好感度から関係が始まったのだが、俺が最後に見た動画ではーーー
『完熟いちごちゃん!今日は機体をいちごカラーにしてみたよ♪』
『かっわいい♪よーし、この機体で全宇宙をいちご畑にしちゃおー!』
ーーーといった感じになっていた。
この結果から、ブラッドは根気強く付き合っていけば性格の悪さも歪んだ行動目標も正せるという事がわかったのだ。
「動画で見た感じだと、他のAIと同じでブラッドはプレイヤーの命令に必ず従うし、性能は間違いなくトップクラスだった。よし、覚悟を決めるか……ブラッド起動」
クリスタルへ向けてそう命令すると、赤いコウモリのようなキャラクターが宙に浮かび上がった。
「よぉ、テメェが俺様を目覚めさせたのか?」
「そうだ。よろしくなブラッド」
「ヘッヘッへ、よろしく頼むぜぇボス」
「早速だが、色々と制限をつけさせてもらうぞ」
「あぁ?」
俺に不利益の生じる行動を自己判断でとらない。俺に不利益が生じないとしても、この世界の法律に違反する行動は命令なく行わない。たとえ法律上問題ない行為だとしても、自己判断で殺害行為を行ってはならないなどなど、ショートケーキちゃんねるさんの動画を通して解明された『ブラッド調教術』に則って命令を下しておく。
どれほど性格のねじ曲がった悪のAIであろうとも、これで俺の命令なく悪さはできないはずだ。
「クソがっ、うざってぇ命令ばかりしやがって」
「命令ばかりか……あ、忘れてた」
そういえば、命令だけでは良好な関係になれないとも書いてあった。
ショートケーキちゃんねるさんも最近の動画では命令ではなくお願いで完熟いちごちゃんに指示を出していたな。
「命令ばかりでごめんな。命令ではなくてお願いを聞いてもらってもいいか?」
「お願いだと?」
「そうだ。この船にセキュリティロボを設置したいんだが、それの初期設定と効果的な配置と運用をお願いしたい」
「んなめんどくせぇ願い聞けるわけねぇだろバーカ」
「頼む」
「だからきけねぇっつってんだろ!頭おかしいんじゃ……って、何やってんだ?」
「ん?名前を変えれば考え方も変わるかなと思って、変更してるんだよ」
『完熟イチゴちゃん』にな!
「……最高のセキュリティをご提供しやすぜ、ボス」
「よろしくなブラッド」
変更確定ボタンを押す寸前にどんな名前になるかを悟ったらしく、とても素直になってくれた。
何はともあれ、起動直後からお願いを聞いてくれるようになったのは幸先がいいな。いい関係を築いていけそうだ。
◇
深夜、柄の悪い怪しげな集団が訓練された動きでジーニアス学園の敷地内を移動していた。
「それにしても、副団長が自ら出向く必要があったんですか?団長が捕らえられた今、副団長にもしもの事があったら、俺たちの団は崩壊してしまいやすぜ」
「うるせぇぞ!こういうのは面子が大事なんだよ。団長を捕まえた野郎に副団長である俺が直接落とし前つける必要があんだ」
副団長と呼ばれる男は部下をそう叱責しながら、ジーニアス学園内に張り巡らされた警備システムを掻い潜るルートで目的地へと進んでいた。
「そういや、団長を捕らえた野郎の情報は集まったのか?」
「それが、A級アークスに乗っていた団長を倒した事実から王直属の近衛騎士かAランクの傭兵かとも思ったのですが、どの方向から調べても何の情報も見つかりませんでした」
「ちっ、まぁいいか。捕らえて直接聞き出してやる」
副団長と呼ばれる男は何の成果も得られなかった部下に僅かな苛立ちを覚えながらも、目的地である戦艦を目にして別の部下を呼びつけた。
「おい、あそこに停泊している戦艦で間違い無いんだな?」
「間違いありません。尾行させていた仲間の情報ですと、現在は戦艦内に一人でいるはずです」
その言葉を聞いていた別の部下も、間もなく始まるであろう戦闘を感じ取り気を引き締める。
「副団長、この周辺の警備システムはあと30分ほどしか無効化できません」
「それだけありゃ充分だ。戦艦に個人で配備できるセキュリティロボなんざ限られてる。戦艦内のセキュリティの攻略に10分、捕らえてぶちのめすのに5分ってところだな」
そう呟きながら副団長と呼ばれる男は勝利を確信した表情で懐から武器を取り出すが、その武器を目にしてわずかな違和感に気がつく。
「あ?これは……ぐああああああ!」
「ふ、副団長!」
取り出した武器に付着していた米粒程度の小さな機械。その正体に気づいた瞬間、副団長と呼ばれる男は意識を失った。
『ショックドローン』と呼ばれるそれは、装備や衣服に付着して高圧電流を流し込む事で対象者の意識を奪い去る超小型セキュリティロボである。
非殺傷性であり小型のため隠密性にも優れているのだが、微風にも影響されるほど小さいため制御が異常に難しく、高度なプログラミング技術を持った者や高性能なAIを保有している者でなければ使いこなせない代物であった。
「ちくしょう!副団長がやられた!」
「索敵班は何してやがる!」
「ひいっ、セキュリティロボが集まってきやがった!」
ショックドローンを始めとした超小型のものから大型車両ほどもあるものまで、大小様々なセキュリティロボが怪しげな集団を取り囲んでいく。
『へっへっへ、テメェらには俺様のストレス発散に付き合ってもらうぜぇ!』
慌てる集団をカメラ越しに観察するそのAIは、満面の笑みでそう呟いたのだった。
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