第12話「コラーケンさん」



 試験からまだ1週間しか経っていないが、今日はジーニアス学園の入学式だ。さすがSF世界、手続きが早いな。


「にしても、相変わらず広い会場だなぁ……」


 ライブ会場のような超巨大ホールを数万人の生徒が埋め尽くしている。この1週間で観光がてら様々な巨大施設を回ったのだが、未だに慣れないな。


「ここにいるのがこの学園の全校生徒なのか……?」

「ここにいるのはアークス関連の学部の新入生だけよ。他の学部の新入生は別の会場で入学式を行っているわ」

「マジか……」


 俺の疑問に隣に座っていたエレノアがそう答えてくれた。

 ここにいる生徒ですら新入生のうちのごく一部らしい。

 凄い数の新入生がいるが、この学園の倍率は50倍を超えるので毎年受験生はとんでもない数になるそうだ。

 まぁ、全宇宙中から受験生が集まるのなら当然なのかもしれない。


「よくよく見ると異人系も結構いるんだな」


 腕が6本ある人やほのかに肌が光っている人もいる。

 宇宙に占める知的生命体の姿の割合は、俺やエレノア達のように地球人の見た目をした者が最も多いのだが、それとは異なる見た目をした『異人系』と呼ばれる人達もいるのだ。この設定はゲームの頃と変わりないみたいだな。


「異人系アバター、懐かしいな。アバター設定に数日かかってる人もいたなぁ……」


 ゲーム内では異人系のアバターも選ぶことができ、人型よりも外見の設定が遥かに自由だった。もちろん外見設定でネタに走るプレイヤーは多く、トリックアートのような模様をしたスライムや凝視できないほど点滅し続けている骸骨のアバターを使うプレイヤーもいたので、腕の数6本だったり体が微かに光る程度じゃ驚かない。


「コラーケンさんのタコ型アバターは特に凶悪だったな……」


 アークスオペレーションには白兵戦要素もあり、その部門の世界大会優勝者であった『コラーケン』さんは腕10本足8本のタコ型?アバターの使い手だった。

 人型アバターであれば現実の自身の肉体と動かし方は変わらないためすぐに使いこなせるようになるのだが、異人系アバターではそうはいかない。

 指を一本増やすだけでもその違和感を慣らすのに相当な時間がかかるのだ。ましてや、手足の数も関節の数も体の構造も違うアバターを使いこなすにはとてつもない時間と努力が必要となってくる。

 コラーケンさんは血の滲むような努力の末に腕10本足8本という軟体アバターを使いこなし、世界大会で無双した伝説の白兵戦プレイヤーなのだ。


「流石にタコ型の人は居ないか、ほとんど人型ベースの見た目ばかりだな」

「そういった種族の人達は少ないわね。まだわずかに残る差別意識のせいで深い交流はできていないの」


 エレノアがそう教えてくれた。

 勉強中にマルクスから習ったのだが、星系間の交流が盛んになってからしばらくした頃、見た目や生態による差別が横行した時代があったらしい。

 幾つもの惑星間で戦争が起こるほど外見や生態による差別は深刻な問題と化していたが、『アリー』という生物学者の大発見によって別種族の相手とも子供を授かる事ができるようになり、それをきっかけとして徐々に種族間の差別も鎮静化していったそうだ。

 それでも小さな差別意識は残っているそうで、人型と大きくかけ離れた見た目の種族には多種族との交流を控えている者も多いらしい。

 

「それは残念だな、異人系のアークスと是非とも戦ってみたかったのに」


 アークスは人型ベースが基本のため、異人系はそれぞれの体に合わせた独特なカスタマイズのアークスを使う事が多い。

 コラーケンさんの専用アークス『蛸壺十手』は人型ベースの機体の背部に8本のサブアームが取り付けられており、合計10本の腕から繰り出される高い練度の連携攻撃はもはや芸術だった。

 まぁ、機動性に難があるのであまり強くはなかったけどね。


「カナタは本当にアークスの事ばかり考えているのね」

「アークスは俺の生きがいだからな。今世でもこのスタンスは変わらないよ」


 辛い闘病生活の中、アークスオペレーションを通してたくさんの友人や目標ができた。 絶望しかなかった俺の前世において、アークスオペレーションは文字通り生きる希望だったのだ。

 なにより、アークスに乗って戦うのは楽しいし大好きだ。こんなに面白い事は転生してもやめられない。


「早く練習機乗りたいなぁ〜」


 入学後の授業カリキュラムには、新入生はしばらくの間E級アークスを使った実習を行うと書いてあった。

 E級アークスは耐久力も弱く機動力もないため、お世辞にも戦闘で使えるような性能ではないが、それはそれで味がある。楽しみだ。


「残念だけど、実技の授業はまだまだ先よ」

「えっ!?」


 新入生のほとんどは本物のアークスに乗った事がなく、シミュレーターによる仮想訓練だけを行ってきた者ばかりなため、新入生はみっちりと安全講習を受けさせられるのだそうだ。

 まぁ、それはそれでアリか。俺もついこの間までゲームでしかアークス乗った事なかったし。


「そういえばカナタさんは住む場所決めたんすか?」

「あ、まだ決めてない……」


 アストラに言われて思い出した。俺はジーニアスに降り立ってからずっとホテル暮らしだったのだ。

 観光が楽しすぎて新居を探すの忘れてた。


「面倒だけど、今日は物件探しだな」


 近場で適当なところを探すとしよう。





「条件に合う物件はこちらになります」

「あ、どうも」


 入学式は午前で終わり、午後からはロネスさんおすすめの不動産屋へ来ていた。というか、ここはアルカディア・エレクトロニクスの傘下の不動産屋らしい。

 ジーニアスの地理には疎いため、ロネスさんに連絡して不動産屋を紹介してもらったのだ。評判良いところみたいなので何も文句はないけどね。

 ちなみに、人への連絡も身分確認も口座管理も全て体内のナノマシンを介して行えるので、この世界には携帯端末や財布を持ち歩く人はほとんどいないらしい。


「にしても便利だなぁ、ナノマシン」


 何かを検索したい場合も、頭の中で考えるだけで必要な情報が網膜に直接映るので、ディスプレイを用意して画面を見る必要もない。

 ま、便利すぎて全然使いこなせてないけどね。入学式では学園長の挨拶とか網膜映像でみんな見ていたらしいけど、俺だけ目を凝らして中央の巨大モニターを見ていましたよ。


「こちらの物件はセキュリティがしっかりしております。室内にはアークスの訓練用シミュレーターも備えてありますので、貴族の学生の方や傭兵の方に人気がありますね」

「一般の学生には不人気なんですか?」

「そうですね。少しお値段が張りますので」

「あ、たしかに」


 初めは安く借りられる学生寮や1Kのアパートでいいかなと思ったのだが、エレノアの近くに居る事や今後俺が悪目立ちして反感を買ったりしたらと考えると、セキュリティはしっかりした物件がいいと思ったのだ。

 それだけに留まらず、快適な生活を求めてどんどん条件を付け加えていくうちに月20万アースを超える物件に限定されてしまった。


「約689億アースの貯金のせいで感覚がおかしくなっているな……気をつけよう」


 ちなみに、今日までのホテル代はエレノアがどうしてもと言うので払ってもらっている。学費のほうは実技の結果があまりにも良かったため、特待生として免除されている。そのため貯金は全く減っていないのだ。


「もしもセキュリティを重視されるのでしたら、ご自身でセキュリティロボを購入されるという方法もございますよ?」

「なるほど、セキュリティロボですか」


 船でロネスさんに見せてもらったカタログの中にもその項目はあったな。

 米粒程度の超小型の物から低ランクのアークスにも対抗できる大型の物まで、非殺傷型の様々な武装が施されたセキュリティロボがこの世界には存在するらしい。

 たしかに安全を追求するなら自分で物件を買ってセキュリティロボでガチガチに固めるのが良いかもしれないな。


「アークスを自衛モードで置いておけば、アークスを使った襲撃にも対抗できるか……格納庫が付いてる物件ってあります?」

「アークスを待機させておける規模の格納庫ですと、こちらの物件がおすすめですね。最大で2機までアークスを待機させておけますし、整備用の基本設備も整っております。居住空間もだいぶ広いですし、快適な設備が整っていますよ。家賃はそれなりにかかりますけどね」

「なるほど……」


 家賃は毎月100万アースか、格納庫に整備用設備付きで10人くらい住めそうな居住空間も付いているなら安いほうなのかもしれない。

 でも、セキュリティロボを徘徊させるには少し通路が狭そうだし、どうせなら学園にもっと近いところがいい気がする。


「だいぶお悩みですね。現実味のない提案ではありますが、戦艦を買うと言う方法をとられる方もいらっしゃいますよ」

「戦艦ですか」


 前世ではキャンピングカーの旅に憧れていた時期があった。生活空間ごと移動できてどこでも好きなところで寝泊まりできるなんて、ロマンしか感じない。

 そのため、ゲーム内では惑星ソリッドを拠点にしながらも戦艦に居住しながら生活していたのだ。

 住居としては十分すぎるほど頑丈だし着陸許可さえ取れれば場所も自由。輸送や護送任務にも便利だ。


「戦艦って、ここでも購入可能ですか?」

「はい。アルカディア・エレクトロニクス社製の物であれば購入手続きは可能ですよ。ただ、安い物でもとてつもない金額になるのですが……」

「めぼしいものを見繕っていただいてもいいですか?」

「か、かしこまりましたっ!」


 店員さんが慌ててカタログと人気の戦艦のリストを持ってきてくれた。


「アークス2機分の格納庫付きの戦艦ですと、こちらがおすすめですね。小型ですが、実戦でもよく用いられている人気の戦艦です」

「居住空間は狭めですけど充分ですね。このカスタム項目っていうのは何ですか?」

「この船のシリーズはカスタマイズがしやすい構造になっておりまして、アルカディア・エレクトロニクス社製以外のメーカーのパーツとも互換性が合うように作られております」


 なるほど、増築や武装変更が行いやすいタイプか。ゲーム内で使っていた戦艦と似ているな。


「とりあえずベーシックな状態でおいくらぐらいですか?」

「アークス2機分の格納庫に基本的な整備設備、居住空間も基本的な内装と設備で構成しますと……300億アークス程になるかと」

「じゃあ買います」

「ご、ご購入ですか!?」

「はい、買います。一括で」

「一括で!?」


 店員さんに驚かれながら正確な見積もりを出してもらうと、ロネスさんの紹介と言うこともあって289億アースで済んだ。


「それじゃあ一括で」

「あ、ありがとうございますっ」


 震えながら手続きを行う店員さんを横目にすぐ送金し、翌日にはすぐ納入された。仕事が早いね。


「とりあえず、マイホームゲット!」


 ジーニアス学園に許可を取り、学園の敷地内にある停泊場に停めてもいい事になったのでそこに戦艦をとめて生活する事にした。

 近くにはショッピングセンターや飲食店もあり、授業を受ける建物にも近いため立地は最高だ。

 

「セキュリティロボはどうしようかな。どうせなら絶対に誰にも突破されない編成で揃えたい」


 拠点作りとか内装変更って、拘っちゃうよね。

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