第11話「ヒヒイロがどことなく寂しそうだよ」



 ジーニアス学園は広大だ。なんと、地球の大国と同じくらいの面積が学園の敷地らしい。もう規模が違うよね。


「演習場は大小無数に存在します。基本は地上戦用ですが、無重力発生装置による宇宙戦仕様の演習場などもありまして、学園の生徒ならいつでも借りられるんですよ」

「私たちはまだ正式な生徒ではないっすけど、事前試験で合格してるんで借りられるんす」

「なるほど……」


 マルクスとアストラがそう教えてくれた。

 演習場は大小あると言っていたが、一番小さなものでも東京ドームくらいの大きさで、一番広いものは小国くらいあるらしい。規模が違いすぎて頭がおかしくなりそうだ。


「それでは行きましょう!もう移動の手配は済んでいます。演習場は小さめですが、既に確保してあります」

「お、おう」


 マルクスが乗り気すぎて怖い。

 ちなみに、地上での移動方法は空飛ぶ車のような乗り物が基本だ。音速を超えた速度は当たり前で、揺れは一切なし、衝突事故もここ数百年起きていないほど安全らしい。

 歩道では、携帯端末や体内のナノマシンに頼むと数ミリほど浮遊している金属の板のようなものが近づいてくる。それに乗って目的地を伝えるとそこまで連れて運んでくれるため、近場以外は歩く必要が一切ない。速度は小走り程度だが、揺れも慣性も感じないのでバランス感覚がなくても簡単に乗れる。さすがSF世界、便利すぎる。


「到着しました」

「え、ここ?」


 果てが見えないほど広大な荒野が半透明の青白いバリアで覆われている。高さも相当あるな、雲がある。


「どこからどこまでを借りたんだ?」

「何を言っているんですか、ここ全てですよ」


 えっ、小さめって言ってなかった?前世で住んでた街より絶対広いんだけどここ。


「見せるだけだからこんなに広くなくてもいいのに……まぁいいか。それじゃあ目の前に転送するぞ」

「あの、カナタさん。この間我々を助けてくれたアークスも見せていただく事は可能でしょうか?」

「マキナの事か、全然いいよ」

「ありがとうございます!」


 マルクスが改まってそんなお願いをしてきたので快く了承した。どうやら、ヒヒイロよりもマキナを見たかったらしい。


「それじゃあ2機とも転送っと」


 目の前に全長15メートルほどの白銀のアークスとメタリックな漆黒のアークスが出現した。何もない場所に急に現れる演出はゲームと同じだな。


「こ、これがS級アークスですか……素晴らしい」

「カナタが乗って戦ってる時も綺麗だと思ったけど、こうして立っているだけでも本当に綺麗なアークスね」

「私もエレノア様と同意見です」

「いやー、かっこいいっすね」

「ああ、かっけぇな」

「S級アークス、こんなに近くで見たのは初めてでござる」


 みんな口々にマキナの感想を言っている。全然ヒヒイロ見てなくね?


「いや、ヒヒイロがメインじゃないのか?みんなヒヒイロ見てあげて」


 ヒヒイロがどことなく寂しそうだよ。


「私はこの星系の姫だけど、S級アークスなんて式典の時に遠くからしか見たことがないの。カナタはいつでも見れるだろうけど、S級アークスは本来それくらい珍しいのよ」

「いや、ヒヒイロもS級アークスだぞ」

「「「「「えっ!?」」」」」


 同じS級でもマキナに比べるとはるかに弱いが、ヒヒイロは特殊ギミックがたくさん詰まった面白S級アークスなのだ。


「か、カナタはS級アークスを2機も持ってるの!?」

「……うん」


 本当はあと3機あるけど、今言う必要はないな。すでに大パニックだ。


「え、ええ、S級アークスが2機、ああ、S級……」


 マルクスの言語能力が壊れて足取りもおぼつかない様子だが、それでもフラフラとヒヒイロに近づいていき、謎の機材から光を当てて何かを調べている。

 さすがはアークス技師、どんな状況でも目的は果たそうとしているらしい。


「こ、これはっ!?す、凄いです!このアークスは現在流通しているアークスの装甲材のどれとも違う素材でできています!金属型の宇宙生物の体細胞に近い素材です!」


 マルクスが大興奮している。目がキラッキラだ。


「このアークスも強えのか?」

「いや、S級の中では弱い方だよ。というか、ヒヒイロはA級上位のアークスくらいの性能しかない」

「いや、充分強ぇよ……」


 ガラッドの感覚では充分強いのかもしれないが、S級アークス乱れる世界大会でヒヒイロを使う気にはなれない。

 エネルギー出力はS級なのだが、機動力や耐久力、攻撃力もS級のどのアークスより劣るのである。


「それなのにS級アークスなんすか?」

「面白いギミックが搭載されてるんだ。マルクス、実演するからこっち戻ってきてくれ」

「おおおお!動いている姿を見れるのですか!!」


 マルクスが小走りで戻ってくる。テンションが上がりっぱなしでキャラが変わってるな。


「両機、音声操作へ移行。マキナはレーザーブレードを展開してヒヒイロを浅く斬り裂け。ヒヒイロは躱さずそのまま待機」


 俺の命令通り、マキナがヒヒイロの装甲を浅く斬り裂いた。

 専用アークスはあらかじめ設定しておくと音声操作だけで動かす事ができる。自動操縦用のAIも入っているので、やろうと思えば自動で戦闘してもらう事も可能だ。


「あああ!なんて事を!」

「大丈夫大丈夫。ほら、斬られたところ見てみて」

「……えっ、もう修復されているのですか!?」


 ヒヒイロに使われているアポイタカラの組織はまだ生きている。この素材は自然光や宇宙線や電磁波、あらゆるエネルギーを吸収して自身の組織を再構成するという性質があるため、軽度の損傷ならすぐに修復できるのだ。仮に腕や足を失っても時間をかければ生えてくる。これがヒヒイロの面白ギミックの1つである。

 さらに、アポイタカラの素材はエネルギーの収集効率も高いため、戦闘継続時間も非常に長い。通常戦闘なら稼働時間はほぼ無限だ。それもヒヒイロの面白ギミックの1つだな。


「す、凄い機能です!ナノマシンによって事故修復機能を持つアークスもありますが、それよりも遥かに修復速度が速い!」

「こんな事もできるぞ。ヒヒイロ、スラスターを『ウイングスラスター』へ変更」


 俺がそう伝えると、ヒヒイロの背部スラスターがメキメキと形を変えていき、マキナと同じウイングスラスターが生えてきた。


「こ、これは!?」

「ヒヒイロは他のアークスの武装をコピーできるんだ。機体の体積の一部を変化させるからあまり大きな武装はコピーできないけど、戦闘中に武装を変更できるアークスなんだよ」


 状況に応じて別の装備を出現させる事で、近距離から遠距離までさまざまな戦闘スタイルへ即座に変更できる唯一のS級アークス、それがヒヒイロなのだ。

 武装を再現する分各部の装甲は薄くなるという欠点はあるが、乗っていて面白いので楽しむ分には全然問題ない。でも、ガチ戦闘には使えないけどな。


「す、素晴らしいです!宇宙生物の素材をアークスに使用する試みは様々な企業で行われてきましたが、まだ実用段階には至っていません。なのに!このアークスはその到達点、完成形とも言える存在!これは遥か未来の技術ですよ!このアークスはカナタさんが作り上げたのですか!?」

「いや、ゲームのイベントで貰った。だからアークスの作り方どころか整備方法も全然知らないよ」


 アークスの核に使われている特殊な鉱石が宇宙線や電磁波を吸収して莫大なエネルギーを産生・蓄積し、その核の大きさによって機体の出力も変わるため、アークスのランクもそれで決められている。という基礎知識だけは知っているが、他は全く知らない。

 ゲームと違ってこの世界ではアークスの整備が必要なので、そこらへんも勉強しておかないといけないな。

 だが、設定上のヒヒイロの開発メンバーはとんでもないキャラクター達なので、ヒヒイロだけはどんなに勉強しても整備は無理な気がする……。


「仮に知識があったとしても、これほどのアークスを個人の力だけで作り出すことは不可能……巨大な企業もしくは、星系の王族規模のバックアップでもなければ素材を集めることすら困難なはず……そうですね、私はカナタさんの話を信じます」

「おお!信じてくれるのか」

「はい。この星系よりも遥かに技術の進んだ未開の惑星、もしくは未来から来たのかとも思いましたが、どちらの仮説もあまりに荒唐無稽です。それならば、本人が語る荒唐無稽な話を信じるほうが賢明だと判断しました」


 結局は消去法だけど、信じてくれるのはありがたい。


「マルクスがそこまで言うなら拙者も信じるでござるよ。カナタ殿の出身が地球の日本であるなら、そこは侍発祥の地!是非とも話を聞きたいでござる!クリス殿は信じるでござるか?」

「まだ判断材料が足りないので、私は保留でお願いします」

「そしたらマルクスとトモエは俺らの仲間だな」

「カナタさんの『前世信じるの会』へようこそっす!」


 脳筋組のガラッドとアストラに仲間と認められ、マルクスは難しい表情をしている。


「ところで、カナタ殿は城主の家系なのでござるか?それとも殿に仕える武士の家系でござる?刀は持っているのでござるか?」

「いやいや、俺がいた時代にはもう武士って居なかったから」


 ヒヒイロのお披露目会も一段落したあと、徹夜明けのままトモエに日本に関する質問責めに遭った俺は、自室に帰ると同時に気絶するように眠ったのだった。

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