第9話「ぶっ飛んだ記録」
「受験番号3577はどうなっている!?」
「既に生存時間は8時間を超えております。メインカメラは未だ起動せず、他対象レーザーセンサーだけを使用して戦闘を行なっているようですっ!」
ジーニアス学園パイロット科実技試験の裏側では、パイロット科の教員総出で問題の対処に奔走していた。
「他の受験生は帰したか?」
「はい。すでに他の受験生は全員二次試験も終えておりますので、帰宅の指示は出してあります」
「ったく、何をすればD級アークスでこんなに戦い続けられるんだよ!3577が戦闘中の機体出現パターンはどうなっている!?」
「戦闘時間が3時間を超えた時点で最終パターンに入っています。10分置きにC級、B級、A級アークスが順に1機ずつ出現しており、現在は多数のアークスが3577を追っていますが、廃棄宇宙コロニー内で潜みながらゲリラ戦を仕掛けて追手を振り切っているようです」
敵アークスの総数が20機を超えている上に、その全てが操縦機よりもランクの高いアークスという絶望的状況。にも関わらず、尚も戦闘を継続している1人の受験生の存在に教員陣は驚きを隠せずにいた。
「この試験の今までの最高記録って何時間でしたっけ?」
「3時間35分だよ。それを勇爵家の三男が大幅に超えて大記録を打ち立てたと思ったら……なんだこの受験生は!?今日は残業確定だぁ!」
「何を言っとるんだ、これは歴史的な戦闘記録になるぞ!これを分析する事で新たな戦術教本が出来上がるかもしれん。データはしっかりとバックアップをとっておくのじゃぞ!」
謎の受験生の戦闘に対して教師陣が感想を言い合っている中、1人の新人教師が小さな疑問を口にする。
「それにしても、メインカメラを切って戦うなんて、3577番はなんでこんなハンデを……」
その疑問はこの場にいる大半の教員も感じていたようで、首を傾げる者もいた。
「それはメインカメラの使用で発生する熱や電磁波がアークスにデフォルトで装備されているレーダーに反応しやすいからだろうね。それを切ることで、隠密行動を行いやすくしているのだろう。さらに彼は、急速冷却システムを装備した上でスラスター噴射も武装使用も最小限にしているようだ。あれではA級アークスの高性能レーダーでないと見つけるのは難しいだろうね」
「が、学園長!」
そんな状況の中、初老の男性がパイロット科の教員達の前に姿を現した。
彼の名は『スティーヴン・ヴィンチ』。見た目は50代の優男だが、長命種である彼は既に千年以上の時を生きている傑物であり、このジーニアス学園の学園長を務める存在である。
「それだけじゃねぇっすね。時折デブリや小惑星にレーザーを当てているのは、別の熱源を発生させてA級アークスのレーダーすらも撹乱するためだ。あんな事されちゃ探知型のアークスじゃねぇと完全に位置を捉えるのは難しいだろうな。ったく、熟練の傭兵がやる戦法だぜありゃ。どこで学んできやがったんだ?」
学園長の言葉を捕捉するように、ぶっきらぼうな物言いで1人の男性教員がそう話した。
彼の名は『マグナス』。星王の騎士として多大な戦果を上げ、とある事情により傭兵へと転職してからも数々の戦績を残してきた伝説のパイロットである。
現在はその腕を見込まれ、ジーニアス学園の教員として働いている。
「マグナスくんはこの受験生があとどれくらい逃げられると思うかね?」
「C級アークスは倒せてるみたいだが、B級は良くて半壊、A級はスラスターを破壊して機動力を落とすくらいしかできてねぇみたいっすね。まぁそれができるだけで異常なんだが……流石にもう限界でしょう。もうすぐ新たなアークスが追加されりゃA級アークスだけで12機に追われることになる。9時間超えたらすぐに終わると思いますぜ」
「なるほど……でも、私はまだまだ逃げ切ると見ているよ」
「理由を聞いても?」
「数百年に一度くらいの頻度で、宇宙史を変えるような何かを持った者が生まれることがあるのさ。宇宙の時の流れを統一した時間の発明家『クロノス』、種族の垣根を超えた交配を実現させた愛の生物学者『アリー』、強大な金属生命体オレイカルコスを倒し、宇宙を救った勇者『テオルク』。彼らはあらゆる事柄において人々の想像を超えた結果を出していたそうだ」
「あの受験生もそうなる可能性があると?」
「あくまでも勘だよ。でも、アークス戦闘のプロであるマグナスくんの想像を超える事があれば、そうなる可能性も無いとは言い切れない。というより、そうであったほうが面白いと思わないかい?」
齢1000年を超えるとは思えない無邪気な笑顔を向けられ、マグナスは肩をすくめた。
「たしかに、その方が面白いっすね」
直後、3577番のメインカメラ映像がオンになり、その場にいた教職員全員の想像を超えた結果が映し出されることとなった。
◇
「右側から回り込んでくるアークスの集団に隙間があるな、狙撃かなっとぉ!」
敵B級アークスの集団の隙間を縫って遠距離からA級アークスの高出力レーザーが飛んできたが、スラスターの緊急噴射でそれを躱す。
「良い狙いだが簡単に読めるな。味方ごと撃ち抜いてこなきゃ俺には当たらんよ」
そう呟きながら先程まで逃げ回っていたのとは別の廃墟コロニーへ突入し、再度身を隠した。
敵は連携が上手い分、集団の動きを見ていれば次の手が予測できる。動きも効率重視の最適解のような戦術ばかりなため、セオリー外の動きを混ぜて逃げ回ればそこまで苦労はない。
「でも流石にきついな。A級アークスが12機になってからジリ貧になってきた」
メインカメラを切ってレーザーセンサー頼りにし、急速冷却システムで機体を冷やしながら限りなく見つかりづらい状態で逃げ回っているものの、発見されるまでの時間が格段に短くなってきた。
A級アークスに装備されているデフォルトのレーダーは感度が良いため、その索敵範囲に入ってしまうと気付かれやすいのだ。
「もっと宇宙で楽しみたかったけど、そろそろ限界か。サブモニターの白黒画面だけ見て廃棄コロニーでかくれんぼも流石に飽きてきたし、ちょうど良いかな」
前世ではゲームの連続プレイ時間は3時間までと決まっていた。病気のこともり、体力的にもそれ以上連続でプレイするのは厳しかったため、3時間おきに休憩が必要だったのだ。
「この体に本当に感謝だな。まだまだ戦えそうだ」
これだけ長い間戦闘していても集中力が低下しない健康な体には感謝しかない。9時間以上ぶっ通しでアークスに乗れるなんて、まるで夢のようだ。
制限時間もなし。撃墜されるまで乗り続けられるなんて、もはやメリットしかない試験内容である。
「よし、もっともっと乗り続けるために覚悟を決めよう。メインカメラ起動!冷却装置停止、スラスター全開!」
廃棄コロニーから勢いよく飛び出し、そのままの勢いで1機のB級アークスへと突撃する。
「君を盾役に任命しよう!レーザーブレード起動」
レーザーブレードでB級アークスのスラスターと武装を破壊し、脇に抱える。無理矢理突撃して倒したせいで装甲を少しとレーザーガンを失ったが、気にせずそのまま突き進む。
「君も盾役に任命だ!」
B級アークスを抱えたままC級アークスに突撃し、同じように武装とスラスターを破壊して抱え込んだ。
「流石に2機も抱えると重いな。機動力特化にしてても逃げ切るのは難しいか」
レーザーセンサーもレーザーブレードも捨てて、できる限り機体を軽くする。
敵AIは同士討ちをしないよう設定されているようで、こちらを狙う敵アークスの方向へ抱えているアークスを向けると攻撃を中断するようだ。それを利用しながら近接戦を仕掛けてくる機体の攻撃もギリギリで躱し、惑星の突入軌道へ向けて全力で突き進む。
「それでは、地上でまた会おう!冷却装置全力稼働!」
装甲も少し削られたから成功するかは五分五分だろう。そんな小さな不安を抱えながら、敵アークス2機を盾にして惑星の大気圏へと突入した。
◇
「ちくしょう!最後の最後でミスった!」
大気圏突入に成功してからさらに4時間、渓谷地帯で逃げ回った後に溶岩地帯へ突入した直後、敵アークスのレーザーが火口に着弾して小さな噴火が起き、体勢を崩された隙に撃破された。
「いやぁ、惜しかった。大気圏突入に成功した後はいい感じだったんだけどなぁ……」
単機での大気圏突入はB級以上のアークスにしかできない。さらに、敵のB級アークスも無傷でないものが多かったため、大気圏内まで追ってこれた敵機体はA級アークスと一部のB級アークスのみだった。
「それに加えて突入軌道のズレでどこか遠くに着陸したアークスも居たから追手は相当減らせたのに、最後の最後でヘマした……まぁ、仕方ないか、次は頑張ろう」
そう呟きながら観覧場へ入ると、銀髪の青年が何も映っていないモニターを見ながら何か考え込んでいた。あれ?観覧場って、この人1人だけ?
「もしかして、君と俺以外まだシミュレーターの中?」
事前説明で戦闘が終わると観覧場で待機するように言われていた。
ここに銀髪の青年と俺しかいないということは、目の前の青年がビリで俺がビリから2番目と言うことか……!?
「違う、君が最後。みんな帰った」
「えっ……つまり、俺が一番長く逃げ切ったってことか?」
「そう」
「よっしゃあ!あ、教えてくれてありがとう」
よかった。1位か、とても嬉しい。頑張って大気圏突入した甲斐があった。
「アシナ・テオルク。君は?」
「え?ああ、名前か。俺は大宙彼方。カナタって呼んでくれ」
「そしたら、アシナって呼んで」
「わかった。よろしくなアシナ」
「よろしく」
なんかいいなこの感じ。まだ合格かはわからないけど、友達ができた。
前世ではゲーム内で知り合った友達しかいなかったのでとても嬉しい。
「レーザーセンサー、よく見れるね」
「あぁ、他対象レーザーセンサーか。あれだけ使って戦ってた時期があって、練習したら慣れたんだよ」
前世の友達に、隠密戦闘のプロである世界ランク第8位の『ニンジャ・シュリケン』さんという人がいた。
あの人が障害物の多いフィールドで一時期無双し続けていて、それに憧れてレーザーセンサーによる隠密戦闘をずっと練習していた時期があったのだ。
初めは何が映っているのかよく分からず壁やデブリに何度も激突したが、今ではメインカメラとさほど変わらない精度で物を判別できる。むしろ、暗闇の中ならレーザーセンサーのほうが動けるようになった。
「大気圏突入した後、なんで渓谷に降りれたの?」
「ああ、あれは宇宙で逃げ回っている時にレーザーセンサーで惑星の表面を簡易スキャンしておいたんだよ。その時に戦いやすそうな地点はいくつか目星つけておいたから、そのどこかに降りられる軌道で突入したんだ」
その後もアシナから質問されては答え、時折立ち回りの指摘を受けて気づかなかった改善点が見つかったりと、充実した討論をした。
アシナは口数が少ないが、視点も鋭く的確なので話していてとても為になる。
「ここに居たか!お前が受験番号3577だな?」
アシナと話していると強面のゴリマッチョが現れた。怖っ、知らないふりしよう。
「違います」
「嘘つけぇ!こっちこい!お前の戦闘はぶっ飛びすぎてて聞きたいことがありすぎなんだよ!ってか、テオルク家の三男もまだ帰ってなかったのか」
「二次試験終わったあと、戻ってきた」
「まぁいいか、ついでだからお前も来い!」
「ちょっ、俺まだ二次試験が残って……」
「んなもん免除に決まってんだろ!一次試験でこんなぶっ飛んだ記録叩き出せる奴に二次試験なんて必要ねぇよ」
俺とアシナはそのまま教職員の待機する部屋へと連れて行かれ、夜が明けるまで質問攻めにあったのだった。
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