第8話「多対象レーザーセンサー」



「カナタ殿、大丈夫でござる。やればできるでござる!」

「少なくとも0点ではないでしょうが、合否は実技試験の結果によるでしょうね」


 語尾がござるな黒髪ポニーテールの女性は『トモエ』、冷静なインテリメガネイケメンは『マルクス』といい、2人ともエレノアの騎士団のメンバーだ。

 クリスは忙しく、ガラッドとアストラは勉強が苦手なため、今俺はこの2人に徹夜で勉強を叩き込んでもらっていた。


「そろそろ学園惑星に到着でござるよ。今晩はゆっくり休んで明日に備えるでござる」

「そうするでござる……」

「ま、真似しないでほしいでござるっ!」


 トモエをからかいながらホテルの高級スイートルームのような自室へ戻り、布団へ潜った。

 ちなみに、エレノアも騎士団のみんなはすでに事前試験とやらを受けていて全員合格が決まっているらしい。羨ましい。





 試験当日。

 エレノアが事前に手続きを行ってくれていたため、特にトラブルもなく試験1日目は終了した。

 そして今日は試験2日目、これから実技の一次試験が行われる予定だが、せっかくなら学園の食堂で朝ごはんを食べようと言う事になり、エレノア達と合流して談笑しながら朝食中だ。

 周りには学園の生徒や受験生達もおり、エレノアと騎士団のメンバーは沢山の視線を集めている。


「筆記はどうだった?」

「全然ダメだ。アークス関連の問題は自信あるけど、合格点には届いてないかな」


 エレノアの質問にタメ口でそう答える。隣にいるクリスの視線が痛いが、エレノアが満足そうなので注意するつもりはないらしい。


「カナタなら余裕だろ。このあとの実技で合格だ」

「そうっすね。実技で合格した私達2人がかりでも勝てないんすから、なんの問題もないっすよ」


 実技の点だけで合格したガラッドとアストラが慰めてくれた。俺もこの2人と同じ脳筋組か……。

 ちなみに、実技試験の練習がてらガラッドとアストラVS俺1人で戦闘を行ったのだが、一度も負けなかった。

 心なしか、この世界に来てから以前よりも操縦がうまくなっている気がする。ゲームとは違ったリアルの環境であることや、前世と違って身体が健康だからかもしれない。

 ありがたやありがたや。


「おっと、もう時間だから行ってくるよ」


 みんなに見送られながら実技試験会場へ向かった。東京ドームが何個も入りそうな巨大会場には見渡す限りに訓練用シミュレーターが並べられており、自身にあてがわれた数字のシミュレーターへ受験生が入っていく。


「俺のは……あったあった、ここか」

「おい平民!貴様はエレノア様とどう言う関係だ!」


 やっとアークスを操縦できると思ったのに、隣のシミュレーターにいる金髪くんに絡まれた。なんだこいつ?中世の貴族みたいな服装をしている。


「誰だお前」

「お前とは失礼な!私の名はパラファルツ・プッファ!プッファ伯爵家の二男だ。もう一度問おう平民、貴様はエレノア様とどう言う関係だ!」


 言いづらい名前だな。しかも本当に貴族かよ。せっかくいい気分だったのに面倒な奴に絡まれて最悪な気分になってしまった。

 それと、こいつはエレノアとの関係を聞きたいみたいだが……うまく説明できないな。命を助けた恩人?でも、お礼はちゃんと受けたから貸し借りはないし、普通に雑談もするしなぁ……。


「えーっと……友達、かな」

「と、とも、友達だと?この無礼者め!さらには伯爵家であるこの私に対する礼儀もなっていないとは、貴様のような愚民がアース星系の美姫であらせられるエレノア様のご友人になど、なれるわけがなかろうがぁ!!」


 うるっさいなこいつ。このパラなんとかが叫ぶせいで周りの受験生も何事かとこちらに注目している。最悪だ。


「学園の中では身分は関係ないと校則に書いてあったぞ」

「まだ貴様は学生ではないだろうが!」

「学園の中って書いてるんだから、受験しに来てる俺らにも当てはまるだろ。たぶん」

「減らず口を!!」


 本当に面倒だな。もう無視してシミュレーターに入ろうかな。


「貴様に決闘を申し込む!私が勝てばエレノア様と騎士団の方々に二度と近寄るな!」

「面倒だなぁ、俺が勝ったら何してくれるんだ?」

「貴様が私に勝つことはない!」

「賭けになってないだろ。負けるのが怖いのか?」

「き、貴様ぁ!いいだろう、貴様が勝てば私の出来うる範囲でどんな願いでも叶えてやろう!だが、負ければ二度とエレノア様の前に現れるでないぞ!」


 周囲から「あのパラファルツと決闘って……無茶だろ」「あいつ、終わったな」という声が聞こえてくる。

 周囲の反応を見るに、このパラなんちゃらは結構強い奴らしい。面白そうだ。


「約束、忘れるなよ」

「貴様こそ!」


 そう言い合いながらシミュレーターの中へ入っていく。負けてエレノア達と離れるのは嫌だから全力で頑張るとしよう。


『実技試験を開始します。制限時間はなし。機体の使用エネルギー量は無限。襲来する敵アークスの撃破と逃走時間が評価点となります。また、撃破した敵アークスのランクや回避率により加点が施されます』


 なるほど、要は適度に敵倒しながら逃げまくればいいのか。フィールドは惑星丸々一個とその宙域一帯とは、ゲームの頃じゃ考えられないほど広大なマップだ。面白そうだな。ワクワクしてくる。


「機体の編集時間は30分、使用アークスのランクはD級か」


 この世界ではE級のアークスは主に工業用として用いられていて、戦闘用のアークスはD級からが基本だ。

 学生や新人傭兵はD級アークス、星系の兵士や経験を積んだ傭兵はC級アークス、騎士やベテラン傭兵はB級アークスを使用するのが常識で、A級は選ばれたエースパイロットのみ、S級アークスは存在すら伝説という認識らしい。

 そのため、俺と同年代でB級やC級アークスに乗れる奴はほぼいない。


「逆にD級アークスなんて久しぶりだから腕がなるな。にしても、使用エネルギー量が無限って、本当にこんなガバ設定でいいのか?」


 きっと集中力や継続戦闘能力を審査したいのだろうが、ちょっと設定が甘い気がする。まぁいいけど。


「さすがにレーヴァテインみたいなネタ武器はないか、エネルギー無限ならただのクソゲーになるもんな」


 エネルギー無限なら極大火力武装連射で余裕かと思ったが、流石にそれはできない仕様らしい。

 選べる装備はベーシックなものばかりで、種類もそこまで多くない。


「まず機動力は必須で、ある程度の火力も欲しいけど……あっ!あの装備ってこの世界にも、あった!多少機動力は落ちるけどこれは絶対必要だな」


 特に悩むこともなく10分ほどで編集を終え、コックピット内のレバーやボタン配置を調節しながら出撃を待った。


「よーし、楽しくなってきたぁ!」


 シミュレーター内でそう叫びながら、試験開始時刻まで気持ちを昂らせるのだった。







『受験番号3576番、パラファルツ・プッファ、試験終了。生存時間2時間38分』

「くっ!複数のB級アークスに追われては流石に厳しかったか」


 悔しそうな表情でシミュレーターから出たパラファルツは、試験を終えた受験生達が待機している観覧席へと移動した。


「さすがは名門プッファ家、2時間超えかよ……」

「しかもあいつ、D級とC級アークス何機も撃墜してたぜ、やっぱ武勇で貴族になったお家はすげぇな」

「俺なんて1時間も逃げられなかった……」

「普通そうだろ。10分ごとに敵機体増えてくんだから、30分逃げられるだけでも凄えよ」


 観覧席にいる受験生の声を聞き、パラファルツは得意げな表情となるが、まだ動いているシミュレーターが存在する事実を知ってその表情は苦いものに変わった。


「私よりも生存時間の長い受験生がいるとは……」


 パラファルツがそう呟いてから約30分後、まだ稼働中だったシミュレーターから試験終了の音声が流れた。


『受験番号9690番、ガイナス・アルデヒト、試験終了。生存時間3時間8分』

「だぁー!!クソがっ!機体が脆れぇ!!」


 シミュレーターから姿を表した屈強な大男を目にし、観覧席の受験生はさらにざわめき出す。


「あれって、アルデヒト家の嫡男じゃないか?」

「撃墜数えげつなかったぞ。一度も逃げないで3時間ずっと戦ってた」

「マジかよ、今年は化け物だらけだな……」


 そんな事を呟く観覧席の受験生の視線は、残る1人の戦闘映像に集まっていた。

 流れるような剣捌きでB級アークスを撃破し、全てを見通しているかのような動きで敵アークスの攻撃を避け、A級アークスにすら致命傷を与える立ち回り。

 その映像に観覧席にいたすべての受験生が魅了され、驚愕に目を見開いていた。


『受験番号7777番、アシナ・テオルク、試験終了。生存時間5時間58分』

「疲れた……」


 それから2時間以上時が過ぎて、美しい銀髪を揺らしながら激闘を披露した張本人がシミュレーターの中から現れた。


「すげえええええ!」

「6時間も生き残れるもんなのかよ!?」


 ガイナス・アルデヒトの記録を2時間以上も上回る大記録に、観覧席は大いに沸き立つ。


「あれが勇爵家……勇者の一族の力なのね」

「操縦上手すぎだな、普通に2時間以上見入ってしまった」


 アシナ・テオルクが観覧席に戻り、一次試験終了の合図を待つ受験生達。


「負けた……」


 そんな中、突然発せられたアシナの言葉を疑問に思った受験生の1人が、アシナが見つめている真っ黒なモニターを目にして異常な事態が起きている事実に気がついた。


「あのメインモニターから戦闘音が聞こえてこないか?」

「そのモニター壊れてるんじゃない?私が観覧場に来た時からずっと画面真っ黒で戦闘音だけ流れてたわよ?」

「……まさか、メインカメラの映像を切って戦ってるのか!?」

「そんなわけ……え、嘘でしょ?」


 観覧場には1万を超える小型モニターと4台の大型メインモニターが設置されており、格シミュレーター内で操作しているアークスのメインカメラ映像が写し出されている。

 メインモニターには生存者の中で最も得点の高い上位4名の映像が映し出されているため、基本的にそのモニターへと視線が集まっているのだが、この試験の開始直後から1台のメインモニターだけが黒い映像のまま戦闘音だけが流れている状態だったのだ。


「このメインモニター壊れてるのかと思ったけど、実技試験中ずっとメインカメラの映像を切って戦ってる人が居たってこと?そんな事可能なの?」

「多対象レーザーセンサーを使えば可能だけど、アークス内にある小さなサブモニターで白黒のノイズ走った映像を見ながら戦わなくちゃいけないから、普通は無理だと思う……」


 受験生の1人がそう解説するが、レーザーセンサーの存在を知らない者が多いため、その話を聞いていたほとんど受験生が首を傾げた。

 他対象レーザーセンサーは鉱物の発掘や有害宇宙線の探知に用いられることが多いため、戦闘用ではなく工業用としての用途で知られている装備だ。そのため、戦闘用アークスのパイロット希望である受験生の多くがその存在を知らなかった。


「ん?そういえば、あの愚民はどこだ?」


 戦闘音だけが聞こえる真っ黒なメインモニターに注目が集まる中、パラファルツは静かにそう呟いたのだった。

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