第2話「いい練習相手」
『いやぁ〜、まさかお姫様の船だったとはなぁ。大人しく投降すれば命だけはとらねぇでおいてやる!だからさっさとその船降りてこい!』
『時間をください、この船には数百名の乗組員が居ます。退艦には時間がかかるのです』
『いいからさっさと降りてこい!全員が無理なら姫さんだけでいい、さっさと降りてきやがれ!』
全長数百メートルを超える中型旅客船を10機のアークスが取り囲んでいた。
10機のアークスは航行中の船や他のアークスを襲って物資や乗組員を略奪する『宙賊』が操る機体であり、旅客船は今まさに絶体絶命の状況であった。
「エレノア様、申し訳ございません。船の推進器だけでなく護衛のアークスも全て破壊されてしまいました」
「船や機体の損傷などいいわ。それよりも、アークスに搭乗していた騎士のみんなは無事なの?」
「アークスのコアブロックは頑丈です。戦闘の続行はできませんが、皆無事のようです」
「そう、それなら良かったわ」
エレノアと呼ばれている少女は側にいる女性騎士、クリスの言葉に胸をなでおろす。
「斯くなる上は、エレノア様だけでも超光速脱出艇にお乗りください。あの船なら宙賊共のアークスを振り切れます。私も船に残っているC級アークスで出撃すれば脱出の隙は作れるはずです」
「それは出来ないわ。彼等の襲撃は偶然を装っているみたいだけど、目的は姫である私を誘拐する事よ。この状況で私が逃げ出せば、残った乗組員の人たちがどうなるか……それに、クリスであってもC級アークスでは彼ら相手に無事では済まないでしょ」
『おぉい!聞こえてんだろ?5分やる!その間に出てこなけりゃ、ここに散らばってるコアブロックを破壊する!そのあとはこの船に攻撃を開始する!さっさと出てきやがれぇ!!』
エレノアとクリスの会話を遮るように、宙賊の通信が割り込んでくる。
その言葉を聞き、エレノアは覚悟を決めた。
「小型艇で外に出るわ。準備を」
「いけませんエレノア様!奴らに捕まれば何をされるかわかりません!」
「それでも、このまま私が船にいれば外にいる騎士のみんなが殺されてしまうわ。そして船に攻撃が開始されれば乗組員の全員の命も危険に晒すことになる。私が外に出てなんとか時間を稼ぐわ」
「ですが……」
「救難信号はすでに発信しているわね」
「は、はい。しかしながら、近郊にいる警備軍に信号が伝わるのは……早くても30分はかかると予想されます」
「そう……」
信号の受信に30分、そこから迅速に隊を編成し、救助に来るまでの時間を加算すれば少なくとも1時間以上はかかる。
エレノアがどう頑張っても、稼ぎきれる時間ではなかった。
「それでも、外へ出るわ。私が時間を稼ぐ間に、コアブロックの回収と推進器の修復をお願い。完了次第、私が戻らずとも船を発進させなさい」
「できません!エレノア様1人残していくなど……」
「これは命令よ!」
星王の娘であるエレノアは人質として大きな価値があるため、命を奪われる可能性は限りなく低い。だが、全宇宙屈指の美女とも謳われるエレノアが宙賊に捕らえられた後に待ち受ける未来がどれほど悲惨なものかは、クリスだけでなくその場に居合わせた乗組員にも容易に想像できた。
死んだ方がマシだと思うほどの辱めをうける可能性もありえるのだ。
「たとえエレノア様の命令であろうと、外へ出る事は見過ごせません!」
「でも、私が出ていかなければ外にいる騎士のみんなが殺されてしまうわ!」
「死ぬ事も承知の上で我々は貴方に仕えています。自身の命よりも貴方が無事である事を彼らも願うはずです」
「それでもっ」
「なりません!」
『おっせえんだよクソが!時間切れだ!まずはこのコアブロックから破壊する!』
そう言い放った宙賊の機体が、近くを漂っていたコアブロックにレーザーガンの銃口を向けた。
アークスのコックピットはコアブロックという強固な構造体によって守られているため、機体が爆散するほどの衝撃を受けてもパイロットは無事である事が多い。しかし、至近距離からのレーザーや近接武器による攻撃を完全に防ぐほどの強度はない。
「やめてください!すぐに出ますから!」
『もうおせぇんだよ!このコアブロック内のやつとはおさらばだ!』
そう言いながら引き金を引こうとする宙賊の機体。しかし、レーザーガンをもつ腕の関節部に青い閃光が通過した直後、爆炎とともにその腕が吹き飛ばされた。
『奇襲か!?警戒班なにやってんだ!』
『す、すみません!索敵範囲に現れた直後の狙撃だったため、知らせる間もありませんでした』
『こっちの索敵レーダーの範囲を知り尽くしたかのような動きだな。そのアークスの到達は何秒後だ?』
『も、もうそこに!』
『ああ?嘘だろ!?』
『は、早すぎんだろ!』
混乱する宙賊達が視線を向けた先には、青い粒子を纏う白銀の機体が見下ろすようにして待機していたのだった。
◇
「さて、どうするかな」
襲われている宇宙船一隻、襲っているアークス10機。どちらにつくのが正しいのか回線を傍受しながら様子を伺っていると、コアブロックを破壊しようとする機体がいたので思わずその腕を撃ち抜いてしまった。
まぁ、あのまま放っておいたらコアブロック内の人が死んでいたかもしれないので後悔はない。あれ?でも、ここが死後の世界だとしたら死ぬ事はないのか……まぁいいか。
『白銀のアークスに搭乗されている方。私の名前はエレノア・クエーサー・アース。アース星系の星王の娘です。我々はいま宙賊の襲撃を受けています。何卒、ご助力いただけないでしょうか?』
「アース星系……おお、忠実な設定だ」
アース星系という名前はゲーム内で聞いた事がある。
アークスオペレーションはただの対戦ゲームではなく、様々な星系を飛び回る冒険要素や気に入った星系に留まって生活もできる自由度の高いゲームだった。その中でも人気だった星系が『アース星系』と呼ばれるところだった筈だ。
ただ、俺は対戦ガチ勢だったのでそこらへんの設定はあまり詳しくない。エレノア・クエーサー・アースという名前は、聞いた事がないな。
『お願いします!助けられる範囲のコアブロックの回収だけでも構いません!報酬も惜しみません!どうか、どうか……』
「あ、ごめんね。少し考え事をしてたんだ。大丈夫、その依頼受けるよ。ここにいる宙賊を全員倒せばいいのか?」
『は、はい!』
「了解」
考え事をしていたせいでお姫様を不安にさせていたようだ。申し訳ない事をしたな。
とりあえず、今回はお姫様側について宙賊を制圧することにしよう。リアルな感覚に慣れるためのいい機会だ。
『全員倒す、だと?』
『なめてんのかオラァ!』
「あ、オープン回線だった」
お姫様からの依頼は個人回線だったが、俺からの返答はオープン回線でしていたようで宙賊にも丸聞こえだったらしい。
まぁいいか。どうせならこのままのオープン回線でお話ししながら戦おう。
「A級アークス1機にB級アークス9機、装備は近距離から遠距離まで様々。中々豪華な編成だな」
『びびってんのか?ああ?』
「いや、いい練習相手になりそうだなって」
『舐めやがって!』
『ぶっ殺す!』
『木っ端微塵にしてやらぁ!』
安い挑発に乗って手前にいた3機が突っ込んできた。近距離1機に中距離2機の編成、3機ともB級アークスだ。
他の宙賊は様子を伺っているようで、まだ手を出すつもりはないらしい。
「舐めてるのはどっちだよ……」
真っ先に突っ込んできた近距離機体の斬撃をギリギリで躱し、レーザーブレードでバラバラに解体。もちろん、コアブロックは無傷で放置だ。
『何だこいつ!?』
『くっ、この野郎!』
「焦ってエイム乱れすぎだろ」
一瞬にしてバラバラになった仲間の機体を目にして焦ったのか、残った2機は適当にレーザーガンを適当に乱射している。
距離は近いが狙いが甘いので躱すのは簡単だ。世界ランカーの『ナガイモ』さんが行うメンタリズム超長距離狙撃に比べるとあまりにも幼稚すぎる。
『な、何でこの距離で当たらねぇんだよ!ぐあっ!!』
「はい2機め〜」
『クソが!来るなっ、来るなぁあああ!ぐああっ!』
「はい3機め〜」
弾避けて近づいてレーザーブレード。弾避けて近づいてレーザーブレード。何のテクニックも必要なく、あっという間に他の2機も片付いた。
全然練習にならないな。
『お前らビビんじゃねぇぞ!こっちには俺のA級アークスがいるんだ!敵は1機、囲んで蜂の巣にすりゃ終わりだ!』
『そ、そうっすよね。俺達は王族の騎士も倒せたんだ!負けるはずがねぇ!』
『蜂の巣にしてやんぜ!』
リーダーらしき男の掛け声で宙賊達の士気が上がったようだ。
たしかに、集団戦において士気が下がるのは一番良くない。やってる事はクズだけどリーダーとしては優秀っぽいな。
「残りはB級の遠距離アークスと近距離アークスがそれぞれ3機ずつと、A級の中距離アークスが1機か」
アークスのランクはE〜Sまでの6段階で分かれており、S級に近いほど性能が高い。同じ技量のパイロットがランクの違う機体を使えば、ほぼ間違いなくランクの高い機体が勝つ。
でも、数の優位は重要だ。
B級アークス2機はA級アークス1機に匹敵する戦力と言われているので、単純にアークスのランクが1つ上がると機体の性能は倍になると言われている。つまり、宙賊達のアークスはS級アークスを超える戦力ということになるのだ。
「まぁ、マキナはS級アークスなんだけどね」
その上、マキナは世界大会の決勝戦用に調整したガチ構築済みだ。S級アークス2機が相手でも負けない自信がある。
「あ、どうせならあいつらの武器でも試させてもらおうかな。ゲームじゃ見たことない装備もあるみたいだし」
こちらへ武器を構える5機を前に、俺はレーザーブレードをそっとしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます