異世界人研究

彼岸花

異世界人研究

「……面白い」


 パソコンの画面に映る情報を眺めていると、私の口からぽつりと声が漏れ出た。

 自分の声が切っ掛けで、ふと、意識の向き先が脳内から現実へと戻るのを感じる。やや俯き気味だった顔を上げてみれば部屋の中は真っ暗で、自分のパソコンのモニターの明るさだけがこの部屋を照らしていた。壁に掛けてあるはずの時計は暗くて見えないが……この『施設』の消灯時間が午後十一時。部屋の電気が消えているという事は、間違いなくその時間は過ぎているだろう。

 どうやら仕事……あの生物の研究に夢中なあまり、時間を忘れていたようだ。


「またやってしまったな……これを知られたらアイツに怒られるかも」


「はーい、怒ってますよー」


 無意識に独りごちたところ、背後からそんな声が掛けられた。

 直後、ほっぺたに冷たい感触が走る。驚いて思わず椅子から跳び上がりつつ、後ろを振り返れば……見慣れた顔が。

 青く澄んだ瞳、白味掛かった肌の色、長く伸びた金髪……どれもこの国の人間の一般的な特徴と異なる、けれども魅力的な風体をした人物。

 私の幼馴染であるエリザベートだ。名前からして如何にも外国人風で、実際両親の国籍は海外だが、エリザベート自身は生まれも育ちもこの国。外国語なんてこれっぽっちも話せない、見掛け倒し外国人である。

 幼馴染だけあって私との付き合いも大分長く、互いに三十路となった同じ職場に勤めているため今でも親交がある。まぁ、私が研究員なのに対し、エリザベートは事務員なのだが。しかもエリザベートが此処で働けているのは私のコネのお陰だったり。私は私でエリザベートに部屋を掃除してもらったり、今日のように深夜まで残業した時に付き添ってもらったり、色々世話を受けている。

 持ちつ持たれつの関係という奴だ。下手なカップルよりもちゃんと互いを支え合ってる自信がある……恋人でもないのにこういう関係は、逆に不健全かも知れないが。

 ま、それはそれとして。


「……すまないエリー。また夢中になって時間を忘れていた」


「はいはい、何時もの事よね。ほら、どうせご飯も食べてないんでしょ。このゼリーでもお腹に入れときなさいよ、セナ」


 私が謝れば、エリーはその手に持っていたゼリー飲料を手渡す。一袋で一食分の栄養素とかいうのが謳い文句の、忙しい人向けの食品だ。

 言われた通りに、私はそのゼリーを飲んだ。物を流し込まれてようやく胃も空腹を感じ始めたのか、ちょっと気持ち悪くなる。自業自得なので仕方ないと、我慢しながらゼリー飲料の袋を握り潰した。


「しっかし、そんなに面白いの? 今やってる、異世界人の研究って」


 かくして私が今夜の食事を済ませたところで、エリーはそんな質問を投げ掛けてくる。

 異世界人。

 ほんの半年前まで、それは漫画やアニメの中だけの、所謂フィクションの存在だった。だが半年前にが出現。容姿は少々奇異だったものの大まかには私達人間と酷似しており、最初は変質者と判断されて警察に保護されたが、なんやかんやあって……いや、これ話すとほんと長くなるんだよな。政治だとか国際社会だとか人権団体だとかが絡んできて……兎にも角にも異世界人だと、国が公式に認定したのがここ一月ほどの話だ。

 異世界人の言葉は私達が用いるどの国の言葉とも違うので、どうしてこの世界に来たのかは未だ分からない。ただ当人も混乱している様子だったので、事故や災害のような現象に巻き込まれた、というのが有力な説である。

 なんにせよ貴重な異世界人。放置する訳にもいかず、また異世界そのものを知るためにも、この一月で積極的な研究が行われるようになった。言語学者が異世界人の言葉を解析し、物理学者が身体の成分から異世界の法則を理解しようとし、そして私達生物学者が異世界人の生態を解き明かす。何時か異世界そのものと接触した時、この世界の人類が優位に立つ、或いは遅れを取らないために。

 ただ、これはあくまでも研究目的。私個人の話をすれば、純粋に異世界の『生命』に興味がある。それこそ、うっかり研究施設の消灯時間を忘れてしまうぐらい。

 だから私はこくりと、エリーの問いに迷わず頷いた。


「ああ、とても面白いよ」


「ふぅーん。でも異世界人なんて言っても、結局は人間じゃん。大して違いなんてないんじゃない?」


「エリー。その発言は世界中の生物学者の怒りを通り越して失笑を買うよ。生物の進化はランダムの繰り返しと淘汰で起きる。世界が違えば物理法則も歴史も違う筈だ。ならその進化の道筋も我々とは違う筈であり、外観は酷似していてもその本質的な部分では」


「で、要するに何か違うの?」


 ……………これだけ話しても興味のなさを隠しもしないのだから、本当にエリーは大したもんだ。

 いや、しかし実際問題、世間一般の異世界人への関心もこんなものかも知れない。を研究してなんになるのか、と思ってる可能性もある。世間が興味を失えば、私達の研究は政治的に『無駄』なものとして切り捨てられる恐れがあるだろう。無駄なものを続けろという言葉に、耳を傾けてくれる人間は果たしてどれだけいるのやら。

 一般人が興味を持たないと小馬鹿にするのは、自分の首を締めるようなものだ。むしろ何が違うのかと訊いてくれるだけありがたいと思うべきだろう。研究者は誠意を持って、その質問に答えねばなるまい。

 こほん、と咳払いした後、私は手許にある自分のパソコンを操作しながら、異世界人についてエリーに説明する事とした。


「まず、外見上の特徴がかなり違う」


「顔立ちとか? 確かにニュースで見たあの顔は、なんかゴツかったわよねー。原始人みたいな感じ」


「ナチュラルな差別発言はよしたまえ……実際我々の平均的な顔よりもゴツいが。頬骨が我々よりも出ていて、顔全体の輪郭が角ばって見えるのが原因だろう。それと異世界人は私達この世界の人間と比べ、身長がかなり高い。具体的には七パーセントほど」


「……それ、かなりなの?」


「かなりだぞ。実際の数値にすると十三センチほど高い事になるからな」


 更に身体の筋肉量も、この世界の人間と比べてかなり高かった。異世界人の正確な年齢は分かっていないが、骨や皮膚年齢から二十代と予想されていて、同年代のこの世界の人間と比べ十パーセントほど筋肉が多い。逆に体脂肪率は我々の半分ほど。かなり引き締まった身体だという印象を受ける。

 勿論身体付きは個体差の影響が大きいものだ。この世界にだって、極めて稀ではあるが身長二メートルを超えるような人間もいるし、原人と見紛うほどゴツい顔立ちの者も、体脂肪率数パーセントの筋肉ダルマもいなくはない。特に筋肉量は生活習慣でいくらでも変動するものだ。

 だが、それならそれで推察出来る事もある。


「特筆すべきは筋肉量の多さだ。筋肉というのは使えば使うほど発達するものであるし、使わなければ退化するもの。つまり、筋肉を多く使う生活を送っていたと想定される」


「使わないと退化するって、なんで断言出来るの?」


「筋肉は他の細胞よりエネルギー消費が大きいからだ。例え使っていない時でも、な。筋肉が多ければ多いほどエネルギーを消費するから、飢えやすくなる。環境に見合わない筋肉は、むしろ生きる上で邪魔なんだ」


 生物進化の原則は適者生存だ。弱肉強食……強いものが生き残るのではない。

 同じ事ではないか、と思う者もいるかも知れないが、それは全く違う。強い = 適者というのは人間の思い上がりだ。強ければ強いほど基礎代謝は多くなり、食べ物がたくさん必要という弱点が生じる。

 食べ物が確保出来る環境ならば、確かに強い方が適者だろう。強さがあればライバルや天敵を蹴散らす事が出来る。しかし生物が乏しい環境ならば、貧弱な身体の方がエネルギー消費が少なくて有利。弱かったらライバルや天敵に勝てない? その心配は無用だ。そいつらは、とっくに飢え死にしているのだから。

 つまり過酷な環境では、弱い方が『強い』。弱者が、強者を淘汰するのである。筋肉があるものは、筋肉が有利になる環境で生きてきた筈なのだ。


「筋肉質な身体を持つ異世界人の生活は、筋肉を多く使うものだったと予想出来る。また食べ物となる生物量は、私達の世界よりも多いかも知れない。ドラゴンみたいな巨大怪獣もいるかもな」


「へぇー。やっぱ漫画みたいに、剣でドラゴン退治とかしてたのかしら」


「いや、確保時に着ていた服がナイロン製だったから、少なくとも石油ないしそれに類するものの加工技術はある。恐らく科学力は我々の文明と大差ない。ドラゴン退治は猟銃でやってるんじゃないかな?」


「えぇ……いきなり夢が壊れた感じ」


 本当の事を伝えたら、何故かエリーはがっくりと肩を落とす。成程、どうやら世間一般では異世界人は剣を振り回しながらドラゴンを退治するものらしい。

 あまりがっかりさせ過ぎると、興味を失ってしまう可能性がある。ここらでちゃんと、興味深い話をしておいた方が良いだろう。


「じゃあ、次の話だ。我々は異世界人の身体について色々調べたが、一つ、驚くべき特徴を発見している」


「ん? 何々? もしかして魔法が使えるとか?」


「残念ながらそういうものではなかったな。答えはね……生殖器が見付からなかった事だよ」


 私が答えを教えると、エリーはキョトンとした表情を浮かべる。次いでその眉間を微かに顰め、首を僅かながら傾げた。


「生殖器がないって、どゆ事?」


「言葉通りの意味さ。少なくとも我々この世界の人類に認識出来る形の生殖器は発見出来なかった。異世界人に繁殖能力はない」


「え、ん? いや、さっぱり分かんないんだけど」


 生殖器がない人間というのを、いまいち想像出来ないのか。エリーはますます困惑してしまう。

 勿論、これは比喩などではない。私達生物学者が様々な角度から調べ、その上で至った結論だ。


「具体的に話そう。異世界人の下半身に、特徴的な肉質の突起物があるのを確認している。我々この世界の人類にはない特徴だ。それが生殖器かも知れないと思い調べたのだが、どうにも違うらしい」


「んー? 出っ張ってるのなら、産卵管とかじゃないの? 卵生人間みたいな?」


「意外と発想が自由だな……まぁ、そういう可能性も考えた。君の言うように卵生とも限らないからね。しかしCTスキャンなどで体内を見たが、卵や卵巣の存在は確認出来ていない。勿論我々哺乳動物のような卵子もだ」


「……じゃあどうやって繁殖すんのよ」


「さてね。現時点で我々にとって一番の謎だよ」


 調べていて分かったのは、その突起が排泄器官である事ぐらいだ。老廃物である尿が出る事は確認されている。何故排尿器官が、そんな出っ張ってる必要があるかは謎だが。

 ただ、ただの排泄器官ではない、という事も分かっている。

 何故なら排尿だけでなく、大量の細菌を放出する能力もあるからだ。得られた細菌は培養等を試みたが、ほぼ全てが七十ニ時間以内に死滅している。どうやら人体の外では、長期生存が出来ないタイプの細菌らしい。非常に長い鞭毛を持ち、細菌としてはかなり活発に動くのが特徴だ。

 細菌が体内でどのような働きをしているかは不明だが、活発さから考えるに影響は大きなものだろう。

 それに、この細菌こそが繁殖能力を失った原因かも知れない。


「うーん、でも繁殖能力のない生き物なんて信じられないなぁ。見逃してるだけじゃない?」


「可能性は否定出来ないね。しかし繁殖能力のない生物は意外と多いぞ。真社会性生物における労働階級の個体とかな。或いは障害や、生殖能力を失うタイプの感染症を患ったという可能性もある」


「感染症?」


「さっき下半身の突起物から細菌が放出されるって話したろ? もしかしたらその細菌が生殖器を変化させて、感染を広めるために人体を作り変えたのかも知れない」


 ある種の寄生虫は、宿主の繁殖能力を失わせるという事が知られている。繁殖には多くのエネルギーを使うもの。そのエネルギーを使事は、宿主から栄養をもらう寄生虫にはメリットがあるからだ。

 異世界人の身体から出ている細菌も、似たような生態を持っている可能性はある。異世界がどんな環境であれ、より多くの子孫を残せる形質が生き残るという進化論の原則までは曲げられまい……神のような存在が間引いていれば話は別だが。

 それを伝えたところ、エリーはドン引きした顔を見せた。


「……流石に子供を産めなくなるのはなぁ」


「ま、そう簡単に感染するものではないと思うがね。人間の身体にある免疫はそのためのものだ。そもそも大抵の病原体や寄生虫は進化の中で宿主に適応しているから、それ以外の生物には上手く感染出来ないものだし」


 逆に、もし感染出来たら、免疫がない事もあってパンデミックを起こしかねない訳だけど。

 だから異世界人は研究室の一番奥、レベルⅣの防護室に監禁状態だ。異世界人が研究室に来るまでの場所は徹底的に消毒し、接触した人々は半年間の隔離を施している。人権的に如何なものかと思わなくもないが、異世界の細菌をばら撒かれたら、最悪この世界が滅亡しかねない。冗談抜きに人類滅亡で済めばマシな方で、微生物レベルで生態系が覆される可能性もあるのだ。そして個々の微生物で安全性が確認出来ても、野生化した時の動きは予測出来ない。生命とは環境に合わせて変化するものなのだから。

 大変申し訳ないが、異世界人は一生閉じ込めておくしかない。勿論異世界に帰還出来るようになったら、すぐに帰すべきだと私個人は思うが。


「それと、これは外見からは分からない事だが……異世界人の遺伝情報には一部奇妙な点がある」


「奇妙な点?」


「染色体のうち一本が、酷く劣化しているんだ。ペアになっているもう一方の染色体と比べ、塩基対の数が三分の一以下しかない。つまり一部の遺伝情報が劣勢……今では潜性と学校で教えているが……それが発現しやすい。遺伝病を生じやすい訳だ」


「あ、そうなんだ。なんか可哀想、なのかな?」


「ま、向こうからしたらそれが普通だから、同情するのも変な話だとは思うがね」


 そう言いつつ、私は考えを巡らせてみる。

 『サンプル』が一つだけなので、もしかすると遺伝情報の欠落は、今回現れた異世界人だけの特徴かも知れない。

 しかし遺伝情報が三分の一以下で、なんの問題もなく生きているというのはどうにも異様だ。繁殖能力がないのが『遺伝的障害』という可能性もあるが、普通ならば生存も怪しいところだろう。

 進化の中で、段々と片方の染色体が劣化していったと考えるのが自然だ。しかし片側だけ劣化していくとは、一体どんな進化をしたらそうなるのか。普通に考えたら、遺伝病の発現を抑えるような仕組みがありそうなものだが……


「いや、真社会性の労働個体なら別にいらないか。むしろそうやって階級が分かれている可能性も……」


「あー、また考え込んでる。異世界人について説明してくれるって言ってたのに」


 うっかり考え込んでいたら、エリーがへそを曲げてしまった。

 流石にこれは私が悪い。「すまない」と謝ったが、エリーはまだまだ機嫌が悪そうだ。改めてちゃんと説明しよう……かと思ったが、機嫌を損ねた原因を続けるというのも中々気が乗らない。あと、同じミスを繰り返さない自信がない。


「そういえば、君は家に帰らなくて良かったのか? 子供の夕飯作りもあるだろうに」


 なのでついつい、話を逸らしてしまったり。

 エリーはまだ不機嫌そうに眉を顰めていたが、私の切り出した話に乗る。


「子供ったって、もう一番上の子は十五よ? 自炊ぐらい出来るわよ」


「今時そういう子は少数派だと思うがね。しかし、もうあの子も十五か」


「私が高校生の時に出来た子だしねー。偶にはうちに来ない? 喜ぶと思うわよ」


「この研究が一区切り付いた頃にね」


 どうとでも受け取れる答えを返しながら、エリーの子供について想いを巡らせる。

 エリーが最初の子を妊娠したのが、高校卒業前だったか。「若いうちに一人は欲しかった」なんて言うものだから、私含めて周りが呆れていたのを今でも覚えている。しかもそれからポンポンと二人も産んで、今じゃ三人の子持ちだ。

 全く、婚姻関係のパートナーもいないのによくもそう産んだものである。まぁ、本人も家族も幸せそうだし、国の援助も手厚いから問題は特になさそうだがね。

 そもそも、独り身で数人の子持ちなど珍しいものでもないし。


「しかしあの時は驚いたものだよ。普通学生は排卵抑制剤を飲んでおくものだからな。稀に忘れてうっかり妊娠をする者もいるが」


「ふふ、家庭は良いわよー。つーかアンタも今のうちに一人ぐらい産んだら? 高齢出産は大変って聞くわよ」


「子供にそこまで関心はないからね。君が私の分まで産んでくれたし」


「あはは、成程ねー。ちなみに四人目も予定中よ。来年ぐらいに産みたいわねー」


「おおぅ……まだ産むのか」


 子供に興味がない身としては、こうもポンポン産んでいく気持ちはよく分からない。とはいえ無理をしてないなら、それを止める理由なんてないのだが。

 ……話を逸したら、仕事への意欲も薄れてきた。すると身体の疲れがどっと押し寄せてくる。思えば明日も仕事なのだ。論文の締め切りが近いなら兎も角、日常業務で徹夜して寝不足は、ちょっと社会人としてアレだろう。


「……さぁて、流石にそろそろ寝ようかな」


「そうしなさいな。明日も研究は出来るんだし」


「終電は逃してるだろうから、仮眠室で寝るか。シャワーは……面倒だし良いかな」


「良くないわよ。ほら、ちゃんと身体は洗いなさい」


 楽しようとしてもエリーは許してくれず。

 どうやら眠るのはもう少し後になりそうだと、ぼんやりしてきた頭で思うのだった。
























「……………はぁ」


 部屋の中で『俺』はため息を吐く。

 どうも、異世界人です。

 出身は地球の日本。俺から見たらこの世界が異世界な訳だが、向こうからすれば俺は異世界人なので、とりあえずそう自称しておく。俺の言葉全然通じないけど。

 俺がこの異世界に来た理由は、正直分からない。寝て起きたら知らない世界だったからな。警察っぽい組織に保護されて、色んな人がやってきて、研究者みたいなのも来て……今の家である病室染みたこの部屋に来るまで、中々苦労をしたもんだ。

 異世界転移したばかりの頃……もう半年前ぐらいの話になるのかね……は勿論戸惑ったさ。俺だって会社勤めで、その日は普通に出勤日だったからな。最初に仕事の心配をする辺り典型的な社畜だが、実際そうだったから仕方ない。

 そして次に、喜んだ。

 何故かって? 警察やらなんやらと出会ううちに、気付いたんだ。

 って。

 予想は当たっていた。この世界にもテレビやネットがあって、ドラマもアニメも映画もニュースも漫画も見たが、全て女しかいなかった。ブスな女も綺麗な女もいるが、男は一人もいない。テレビを見ても町を歩いているのは女ばかり。戦争してるのも政争してるのも女だけ。他の国の映像でも全く同じだ。

 女しかいない世界。人並みにスケベな男なら、多分一度は想像した事があるんじゃないだろうか。そういうシチュエーションの漫画も少なくないし、男の浪漫とも言える。

 漫画的なお約束で言えば、世界で唯一、もしくは貴重な男だからと、女達にモテモテになるもんだ。顔とか性格は関係ない。男というだけで価値があり、モテる。

 漫画と現実をごっちゃにする気はない。だけど現実に女だけの世界に来たのだ。きっと女にモテて、やりたい放題……と思っていた。

 そうはならなかった。

 理由は簡単。この世界は正確に言うと女しかいない世界ではなく――――男がいなかった世界なのだから。

 どうやらこの世界では、雄という性別が誕生しなかったらしい。人間も動物もみんな年頃になると妊娠して、勝手に子供を産むそうだ。所謂、単為生殖、という奴だな。

 だからこの世界の女はセックスを知らない。恋愛はするらしいがあくまでも女同士。男という見た事もないような『珍獣』に恋する奴は、世界に一人ぐらいはいるかもだが、兎に角普通じゃない。だから俺がモテる事もない。

 そうなるともう、後は地獄だ。連中は俺の事を人間として扱ってくれるが、男として扱ってはくれない。性の概念がないから服をひん剥いて調べる事の何が問題か分からないし、ポルノの類もない(そりゃそうだ。セックスなしで妊娠するなら他者に欲情する必要がない)から想像でしか欲求の始末が出来ない。そして言葉が通じないから止めてほしいと頼む事も出来ない。なんとか一人で『処理』した後のゴミは、防護服姿で片付けられる有り様。そりゃ綺麗じゃないだろうけど、そこまでされるとこっちも落ち込む。

 男である事に誇りがあった訳じゃない。だけど俺という人間は、俺が思う以上に男である事に拘っていたらしい。そして自分を認識するには、自分を認識してくれる相手がいて始めて成り立つ。女だけの世界では、男はにしかなれないんだ。

 もう帰りたい。元の世界に、男がいる世界に。それで帰ったら……


「かーちゃんの味噌汁が飲みたいよ……」


 頭に浮かんだ女は、綺麗でも若くも優しくもない、だけど一番身近な人だった。

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