2.空白
ひま姉の恋心を失ってから数日、足取りが軽い。
やることなすことあることないこと、なんだか全て現実味がない。世界に色をつけるための絵の具を全部没収されてしまった。
なんとか枠線に沿って歩けてはいる。けれど軽い足取りは、今にも空白へ踏み外しそうだ。
・・・・・・
リビングの扉をノックする直前、そういえば面接なんて人生で初めてだな、と思った。
確かこういう場では、ノックする回数が決まってた気がする。何回だったか思い出そうとしてみたけど、二礼二拍手一礼とか関係のない知識が出しゃばってきて中々思い出せない。
「……どうした。やっぱりやめておくか」
背後に立つ鋳門さんが俺の顔をじろりと睨む。
「今入るから」
適当に二回ノックした。
「二回のノックはトイレノックと言って、他の場面で使うのは失礼にあたる。減点だな」
嫌なスタートを切ってしまった所に、扉の向こうから声が返ってくる。
「どうぞ」
「失礼します」
「採用!」
扉を開けた瞬間、リビングのソファでくつろいでいた女性が俺に向かって親指を立てた。
振り返って背後の鋳門さんと目を合わせる。
「採用だって」
鋳門さんはため息をついた。
「
「えー? 鋳門君と同じ『潜夢者』ってだけで採用確定でしょ……ね!」
和田村と呼ばれたその女性は、爛々とした目で俺を見た。赤いフレームの眼鏡に黒髪のショートカットをしている。
この人が鋳門さんの雇い主……みたいな人らしい。鋳門さんとそう歳は変わらなさそうだが、鋳門さんとは違って明るい雰囲気の人だ。
「いやー、助かるよ! いっつも鋳門君一人で大変そうだったからさー、これからは久瀬君……だよね? 君が色々サポートしてあげてね」
「あ……はい!」
和田村さんはそれから俺の後ろを見て、鋳門さんの肩をがしっと掴んだ。
「さぁっ! 採用と決まったら二階で後輩に色々教えてあげなよ、鋳門君」
「私は……」
鋳門さんが何か言いたげな顔で俺と和田村さんの顔を見る。そのあと何も言わないままため息だけついて、踵を返してリビングを出ていった。
「ついてこい」
「あ……ええとじゃあ、失礼します」
「先輩後輩、仲良くね~」
そんな言葉を受けながら、失礼のないように丁寧にリビングの扉を閉めた。
「入れ」
鋳門さんの言う通りに二階の一室へ入ると、その部屋では無数の本棚が所狭しと占拠していた。本棚は天井の高さまであり、その全てにぎっちりと隙間なく漫画や小説が並んでいる。
「すご……」
「和田村さんは漫画家だ。ここは和田村さんの書斎……私はここで毎日本を読んでいる」
「へぇー、本好きなんですか?」
「食事みたいなものだ」
「そんなに。三度の飯よりってこと?」
「……いや、お前の思っている意味じゃない」
鋳門さんが無造作に一冊を手に取った。
「この前言った通り……夢の中に干渉する時、私達は記憶を消費する。しかし、ただ毎日を過ごしていても使える記憶は思うようには増えない。だから私は本で情報を脳に蓄え、それをエネルギーにしている」
これでも、足りないがな。
と、鋳門さんは付け加えた。
「なるほど……」
これが鋳門さんの言っていた『訓練』か。
俺も丁度でっかい記憶を消費してしまったばっかりだ。鋳門さんの真似をして本を手に取ろうとした……けど、その手を止められてしまった。
「……何」
「私は、お前がこのボランティアを続けることに反対だ」
「なんで。最初に手伝えって言ったの鋳門さんでしょ」
「あれは切り取りを優先しただけに過ぎない。むしろ聞くが、お前はどうして私の手伝いを続ける?」
「それは……」
咄嗟に聞かれて、言葉が詰まる。
「その……困ってる人を助けるのは当たり前……だから?」
「……本気でそう思っているのか?」
何も言えなかった。今の答えは多分、他の誰かのものだったから。
「分からないなら私が代わりに答えてやる。お前は、誰かを助けることでそれを拠り所にしようとしているんだ。今までお前自身を定義していた巨大な恋心……それを失った穴をどうにかして埋めようとしているだけなんだ」
鋳門さんが上から俺を諭す。なんだか分かったようなことを言われて、少なからずイラッときた。
「鋳門さんに何が分かるんだよ」
「分かるよ、私がそうだったから」
部屋の二つの呼吸が、少しだけ止まった。
「え……」
「私は、二年前より以前の記憶がない。原因は分からないが……おそらく夢絡みで何かあったのだろう」
鋳門さんが俺の手首から手のひらを離し、見つめた。
「気付いたら私は自分の部屋に一人きりで……私が何者だったのか、説明してくれるような家族も友人も居なかった。覚えていたのは自分が潜夢者であることと、その力で人を助けてきたということだけ……それしかなかった」
俺は、自然と本棚から手を離していた。
「お、俺はそんな……」
「悪いことは言わない、自己犠牲なんかやめろ……友達と遊べ、居ないなら作れ。些細なものでもいいから好きなものを増やせ。少しずつでも、もっとマシな生きる理由を見つけるんだ……絶対に、私のように空虚な人生を送ってはいけない」
・・・・・・
「鋳門君はさ、私の命の恩人なんだ」
俺は二階から降りて、和田村さんと話をしていた。
「彼が記憶を失って、目覚めてから……最初にしたことは人助けだった。読者のと繋がっていた私の夢を切り離してくれたの。それで知り合って……記憶喪失で行くとこもないって言うから私の家で養ってあげてるんだけど……彼、お仕事があるとそれまでのことほとんど忘れちゃうんだ。たまに外へ連れだしたりしてもさ、それを最後に覚えてるのはいつも私だけ。彼はその思い出を人助けに使ってしまうから……」
俺は、さっきの鋳門さんの言葉を思い出していた。
「彼が二年前から新たにできた思い出は……きっとゼロ。それって、生きてるって言えるのかな。私、見てられない……けど私が彼にできることはなんにもない。私じゃ彼を理解してあげられない」
和田村さんは、ソファの上で膝を抱えてうずくまった。
「本当はさ……私も、一人の大人として君のことを止めるべきなんだろうね。でも……久瀬君、私は君が鋳門君のお友達になってくれたらと思ってる」
・・・・・・
「俺は、友達が少なかったんだな」
「どうしたんだい、藪から棒に」
学校の昼休み、お弁当を食べながら後ろの席の友人に話しかける。
「いや、最近『友達』というものについて考える機会があったんだけどさ……思い浮かぶのがお前しかいなかった」
ひま姉の友達ともちょくちょく話さないでもないが、頻度で言えば御園が一番だった。
「重いね」
「……俺達、友達……だよな?」
「だから重いよ。まぁ、昼休みに決まって一緒に昼ご飯を食べる間柄を友達だと言うなら……そうなんじゃないかな」
御園が若干呆れながらも、まんざらでもなさそうに笑った。一方通行ではなかったようだ。気まずい思いをしなくて済んだ。
「しかし……なんで俺は友達が少ないんだろう」
「それは、ずーっとひま姉とやらの尻を追いかけてたからだろう。寝ても覚めてもひま姉ひま姉、常人なら付き合いきれないだろうさ」
「それもそうか……」
恋心を忘れてしまった今となっては自覚が難しいが、確かにそんな以前の俺はそんな感じだった。鋳門さんも俺のひま姉への想いはかなり気持ち悪い所まで突っ込んでたと言っていた。
「クラスで浮くぐらい、人生の大半の時間をかけても悲恋に終わるんだったら……最初から出会わなければよかったのにね」
「いや、それは違う」
何故か、口をついて出たのは否定の言葉だった。もうひま姉のことはただの幼馴染としか思ってないのに。
「君なら、そう答えると思った」
御園がしてやったりというような顔で微笑む。
「……なぁ、なんで俺達って友達なんだっけ」
「まぁ、一言で言うなら……お互いに何か同じものを感じたから、かな」
「同じもの……か」
「実は僕も君以外に友達がいないしね」
わざとらしく御園は肩をすくめた。
「だから……何を悩んでいるのか知らないけれど、席替えしても、クラス替えがあっても、きっと僕は君との昼食を断らないよ」
その言葉を聞いた時、足にぐるりと鎖をつけられたような気分になった。きっと、こんな鎖が増えれば増えるほど、人は思いきり走れなくなるんだろう。
そうして、自分の居場所を踏み外さなくなるんだろう。そうして人生を歩いて行くんだろう。
・・・・・・
書斎の扉を開くと、あの時言った通りに鋳門さんはそこに居た。
「おすすめの本とかある? できれば漫画」
鋳門さんが持っていた本を閉じ、俺へ向き直る。
「久瀬……お前どうしてここに、自己犠牲などやめろと……」
「大丈夫だよ。俺が鋳門さんの人助けを手伝うのは、そんな後ろ向きな理由じゃないから」
「じゃあなんだと言うんだ」
「重しを増やすため」
今歩いてるここが、現実だと思い出すため。
「は……?」
「だからさ、鋳門さんの言う通り……もっと友達を作ろうと思うんだよね。そんで友達になるには一緒にご飯食べたり……一緒にボランティアしたりするのがいいかなって」
「……友達を、作れとは言ったが……私よりもっと適した奴が学校にいくらでも居るだろう」
「まぁ一人は居たけど……重いって言われちゃったから。それに多ければ多いほどいいし、とにかく他にも友達作ろうと思って」
「私より歳が近くて、話が合う奴が学校にいくらでも居るだろう」
鋳門さんが嚙んで含めるように俺へ話す。けど俺の意思は固い。
「歳の差なんて関係ないでしょ。それに鋳門さんより話が合う奴なんかほとんどいないと思うよ。だって俺達には、俺達にしかない『同じもの』があるからさ……鋳門さんは、俺以外の潜夢者の知り合いって居る?」
「こんな能力など、捨てて生きろと私は言っているんだ……! 私は絶対に認めないからな」
鷹のような目をさらに鋭くして鋳門さんが俺を睨んだ。
「うーん……認めないって言われてもなぁ。鋳門さんが納得するかどうかなんて関係なくない?」
「何……?」
「俺もう夢ん中での鋳門さんの気配、覚えたもん。これから毎晩鋳門さんに付きまとうよ。そうすれば絶対一人でボランティアできないでしょ」
「そんな無理矢理な……」
呆れた声が書斎に漂う。
「……私と友達になる、という建前ではなかったのか」
「建前じゃないって……ほら、俺にとっては一緒に昼ご飯食べる人が友達だからさ」
俺は鋳門さんが持っている本を指差した。
「それ、次は俺の番ね」
・・・・・・
「おーい! 鋳門さーん!」
夜、夢の中。
鋳門さんの気配を追い、誰かさんの水たまりに潜った先で鋳門さんの姿を見つける。鋳門さんはこちらの声に振り返り、『本当に来たのか』とでも言いたげな呆れ顔をしていた。
「本当に来たのか……」
「言われた」
そこで鋳門さんが何か構えを取って……やめた。
「……何?」
「私に付きまとえば切りかかる、と脅せばお前を追い返せるかと思ったが……不毛そうだ。やめておく」
どうやらまだまだ俺が人助けのお手伝いをすることには納得していないようだけど……脅しても無意味であることが予測できる程度に冷静でいてくれてよかった。
「まぁ……本気で俺を切るわけないって分かるし」
「……どうしてそう思う?」
「要するに鋳門さんは人助けしたいんでしょ? そのために俺のこと切ってちゃ本末転倒じゃん」
そう言うと、鋳門さんは自虐的に笑った。
「それを言うなら、この人助け自体が本末転倒だがな」
自分のために、自分を削る。存在理由と存在証明を天秤にかける。ともすればそんな虚しいことを、俺達は今からする。
鋳門さんの笑みは自虐に留まらず、再三俺に現実を突きつける最後通告であり、この人なりの脅しなのかしれない。
「いいよ……それでも、俺は鋳門さんに付き合う」
多分、友達ってそういうもんだから。
「ふん……」
鋳門さんは俺の言葉を聞いても、クールに鼻を鳴らすだけだった。
「で? ここが次の現場?」
「いや、違うな。気配で分かるだろう」
確かに、第六感を研ぎ澄ましても感じる気配は一種類だ。この人の夢は他の誰とも繋がっていない。
「じゃあなんでこの人の夢の中に来たの?」
「ここはハズレだったというだけだ。繋がっている夢は手当たり次第に探すしかないからな……」
確かに……水たまりのその先の気配がどうなっているか、水たまりに潜ってみるまで分からない。鋳門さんやひま姉が居る水たまりが区別できるのは多分、二人の気配を事前に覚えていたからだろう。
「というわけだ。ここからはそこら中の夢を漁るために手分けするぞ」
「いや鋳門さんに付いていくけど。先に見つけられて勝手に作業されたらまずいし」
俺がそう返すと、ちっ、と短い舌打ちが返ってきた。
俺を巻き込まないようにするのも鋳門さんなりの人助けの一環なんだろうけど……俺のことは既に一度助けているのだから、二連続で助けようなんてわがままは諦めてほしい。
・・・・・・
そうして何十、何百の水たまりへ出たり入ったりを繰り返している内に、俺と鋳門さんは『そこ』に辿り着いた。
夢の上空からゲームセンターと港が合体した所に降り立つ。
「…………鋳門さん、この夢……」
「ああ……たったの一晩で見つかるとは、早かったな」
潜った瞬間から、おぼろげながらに知らない二種類の気配を感じる。あの時と似た様相だ。
「この夢は……他の夢と繋がっている」
鋳門さんのお墨付きだ。
「よーし……じゃあ、やりますか」
ひま姉の夢の中で鋳門さんがしていたように、剣を作り出そうとした……けれど、横の鋳門さんにチョップを喰らった。
「な……まだ抵抗する気ですか」
「違う。いや、お前を認めたわけではないが……今のチョップは違う。切り取り線を引く前にやることがある」
「やること?」
「この夢の主に会うことだ。そうして気配をしっかりと覚えてからの方が切り取り線をつけるべき場所がスムーズに分かる」
「なるほど……」
そういえばひま姉の夢の時も、松沢の姿を確認したとか言ってたな。
「第六感を使えば、それぞれの夢の中心に濃い気配があると分かるだろう。それがこの繋がった夢の主だ……私はこっちの主を確認する。お前はあっちの主を確認しろ」
「了解!」
そこで俺は鋳門さんに背を向けて、指示された方向へ飛び立つため翼を生やそうとした……けれど、うしろの鋳門さんにチョップを喰らった。
「……徒歩で行け、徒歩で。今から翼など生やして消耗すればかえって非効率だ」
「ああ……ごめん。気が
「まったく、私に付きまとうと息巻いていたくせに……ちぐはぐな奴だな」
どうやら俺の素直さが不気味らしい。
「だってここで鋳門さんが俺をまいたら、この夢の人達を見捨てることになるだろ? そんなことしないって分かってるし、万が一そうなっても気配がなくなればすぐ分かるし……それに」
辺りを見回す。誰かと誰かの夢が混ざった混沌の場所。俺達が切り落とさなければいけない場所であり、大小様々な思い出が転がっている場所。
「急がなきゃ。少しでも多くこれを残せるように」
「……ああ、そうだな」
そうして今度こそ俺達はそこで別れて、二人の夢の主へ会いに行った。
・・・・・・
「プレミアム百均君だ」
こちら側の夢の中心で、こんにゃくでできたジャングルジムに絡まった人間に出会った。
「いや、そんな名前で呼ばれる心当たりはないけど……」
頓珍漢な名前で俺を呼んだその人間は、俺と同じくらいの歳の女子だった。高めのポニーテールで、なんか眠そうな眼をしている女子だ。夢の中でも眠そうなのはどういうことだろう。
そして周りの夢と同じ……かつ、それよりも濃い気配を出していた。俺が進んだ側の夢の主だ。早速、この女子の気配を覚えよう。
「よしっ」
そう思ってじっと見つめていると頭の隅に既視感が訪れた。この女子、どこかで見たことあるような……。
「久瀬?」
すると女子は正しい名前で俺を呼んだ。
「なんで……俺の名前知ってるってことは、どっかで会った?」
「会ったというか……クラスメイトでしょ」
「ああー……」
そういえばクラスの端にこんな女子が居た気がする。
「ここに居るってことは、久瀬もおでん四天王……?」
無視した。
「えっと……君、なんて名前だっけ」
「
真偽は怪しいが、とにかくこの場はこの女子を鶴崎さんと呼ぶことにした。
「鶴崎さん、体の調子はどう?」
「うーん……頭のグミが魚の骨になってる……?」
なんであれ具合が悪そうだ。やはり誰かと夢が繋がったせいで悪影響が出ているのだろう。
「大丈夫……もうすぐ俺達がどうにかするから」
そうやって会話を交わす内、もうかなり鶴崎さんの気配がくっきりと分かるようになっていた。そろそろ向こうの鋳門さんも夢の主と接触し、その気配を覚えたところだろうか。
そういえば、向こうの夢の主はどんな人なんだろう。鶴崎さんと……愛し合っている人。
「鶴崎さんの好きな人ってどんな人?」
「んー……別に」
「……別に? なぁ、鶴崎さ……」
その瞬間、体が浮きあがった。
もう朝? まだ鶴崎さんの夢に入ってそんなに経ってないのに……ここにたどり着くまでに時間を使い過ぎたか。
背中が夢の水面に触れる。
「……はっ」
体を起こして目を開けば、そこはなんの変哲もない俺の部屋だった。
どうしたものかと考えていたら、スマホに通話がかかってきた。鋳門さんの番号だ。
『……私だ。夢の主が起きてしまったみたいだな。主次第だが……次の作業は夜になるだろう』
「そっか……」
もどかしいが、夜までは普通に生活を送るしかないみたいだ。
『それから、私が進んだ側の夢に、お前の高校のものと同じ制服を見かけた。夢の主もお前と歳が近そうだった……背が高く、目尻が垂れている男だ』
「……俺の方も、俺と同じクラスの女子だった」
『丁度いい、学校でその二人を見張っておけ。もしも夜を待たずに二人が眠ったら私に知らせてお前もすぐに寝るんだ。そこから作業再開としよう』
「了解」
そんな言葉を最後に通話は切れた。
そしてなるべく早く鶴崎さん達を確認するため、急いで支度を済ませて、学校へ向かった。
・・・・・・
「やぁ、今日は早いね。久瀬」
教室に付くと、友人の御園がいつもの席に座っていた。
「ああ、まぁ……早起きできたから」
そんな会話をしながら教室を見回して鶴崎を探す。しかし、結局お目当ての鶴崎は、俺よりも遅く、教室の外から現れた。夢で見た通りのポニーテールが揺れている。
「……ん」
俺を
とはいえ、こっちには話しかける理由がある。
小声で御園に質問する。
「なぁ、今入ってきた女子……名前、鶴崎さんで合ってる?」
「ん? 合ってるけど……どうして?」
「ちょっと挨拶してくる」
席を立ち、鶴崎さんの前に立つ。
「おはよう、鶴崎さん」
「……え?」
鶴崎さんは呆然としている。まぁ全然仲良くない奴にいきなり話しかけられたらこうなるのも当たり前だろう。俺は早速本題を切り出した。
「今眠い? どう?」
「……なんで?」
「……いつも夜何時に寝てる?」
「は……?」
元々ジトっとした目が、更にジト目になって俺を見据える。
まったく質問に答えてもらえない。その時、俺は初めて自分のコミュ力のなさを知った。だから友達少ないのか。
鶴崎さんが俺を
「もしかして……幼馴染にフラれたから、次は私ってこと?」
「いやそういうわけじゃ……え、何で俺がひま姉好きだったの知ってんの?」
「朝から放課後まで付きまとってたら……さすがに分かるよ」
「それもそうか……」
一度失った記憶は省みるのが難しい。ひま姉に付きまとっていた事実自体は他の人から聞いて知っている。だが、うっっっすらとしか思い出せないのでどこか現実感がない。
そんな風に自分の気持ち悪さについて考えていると、別の人間が会話に加わってきた。
「どうしたの、ふみ。珍しい人と話してるね」
鶴崎さんの下の名前かもしくはあだ名を呼びながら現れたその人は、俺より頭一つ分でかい、タレ目の男子だった。十中八九、鋳門さんが言っていた男だろう。
そして鶴崎さんが俺を指差す。
「こいつ、私に気があるみたい」
なんとなしにそう言い放った。
「えっ……それは……困るよ、久瀬君」
困られてしまった。
「じゃあ……俺はこれで。さっきのは忘れて」
そしてすごすご退散するはめになった。
元の席に戻って一息つく。なんだか朝から疲れた。
「ふぅ……」
「今の……どういうつもりだったんだい?」
御園が話しかけてきた。
「うん、まぁ……な。まぁまぁまぁ」
まぁまぁ言って誤魔化した。
そう誤魔化したあと、ふと気付く。今誤魔化す必要あったか? 正直に夢での出来事を話しても問題ないのでは……。
だが俺はこの夢に潜る能力を他の誰にも、親にだって言ったことがない。なんで隠してるんだろう、俺……どうせ言っても信じてもらえないからか。
そんな俺の誤魔化しを訝しんで、御園が覗き込んでくる。
「……どういうつもりだったとしても、彼氏持ちにアタックするのはあんまりよくないんじゃない?」
「鶴崎さん、やっぱりあの背の高い男子と……?」
「
二人共そういえばクラスに居た気がする、ぐらいの認識だった俺には気付きようもないことだった。
「俺はなんというか……本当の本当に、ズレた奴なんだな」
とにかく二人は付き合ってる……らしい。やはりあの二人の夢が繋がってしまったということで間違いないだろう。
色々ぐだぐだとしてしまったが、あの二人をちゃんと見張ろう。あまりじろじろ眺めていてはあらぬ誤解を受けそうだが、既に誤解されているので気にせず見張れるのがせめてもの救いか。
・・・・・・
昼休みまで、二人は眠らなかった。数学も英語も、有力視されていた国語の授業も眠らなかった。
こうしている間にも症状は悪化しているのだと思うと、焦る。作業したいからさっさと眠って欲しい。ただ見張ることしかできないのがじれったい。
……いや、見張ることしかできないわけではないか。これこそ正直に事情を話して眠ってもらうようにお願いすれば……ダメだ。やっぱり信じてもらえず今以上にこじれた関係になる気がする。
じゃあもう二人共ブン殴って気絶させようか。人助けのためならそれも許されてくる気がする……いやさすがにダメだな。結局見張ってるしかなさそうだ。
そういえばひま姉の時は二人共昼休みを待たずに保健室で眠ってたよな……あの時は頭痛が悪化したせいで気絶したんだった。じゃあ今、鶴崎さんと奥山君がぴんぴんしてるのはなんでだろう。
そんなことを考えていたら、丁度ひま姉が教室に顔を出した。
「かなくーん……居た」
教室の扉に三つ編みが揺れる。俺は席を立って扉に向かった。
「どうしたのひま姉……なんか用?」
「えっ……用っていうか、その……今日の朝、かな君先に学校に行っちゃってたから、何かあったのかなって」
「あ」
言われて思い出す。俺はひま姉と毎日一緒に登下校しているのだ。にも関わらず、今日は急ぐあまりひま姉を無視してしまった。
「あー……ごめん。忘れてた」
「忘れてた……? 本当に、忘れてただけ?」
ひま姉が真剣な表情で更に俺を問い詰める。
「……どういうこと?」
「かな君……私のこと避けてない? 私が、松沢君と付き合いだしてから……」
「いや、別にそんなこと」
「あるよ。今日も私のこと忘れちゃうし、なんかあんまり話してくれなくなったし……二人で同じ夢見ることも、なくなっちゃったし」
そう言われて俺はようやく理解した、あるいは思い出した。
俺が能力を誰にも言わなかった理由。それは多分、ひま姉に運命じゃないことがバレることが怖かったからだ。
くだらないけど、大事なことだったんだろう。今の俺には、やっぱりくだらないとしか思えないけど。
だからいくら真剣な表情をされても、それには応えられない。
「……今までがおかしかったんだよ。別にひま姉のこと嫌いになったわけじゃないけど……毎日べたべたしなくたっていいでしょ。ただの幼馴染なんだし」
「そんな……なんでそんなこと言うの? 今までみたいに仲良くしようよ……」
きっと、俺の努力は完全に無駄ではなかったということだろう。ひま姉はかなり俺のことが好きみたいだ。常軌を逸した付き合いを続けようとするくらいには。
でもその『好き』は、どこまで行っても幼馴染の枠を超えない。これだけは、はっきりと思い出せる。
「松沢君と付き合うことになったけど、別に遠慮しなくてもいいんだよ? もっと私とお喋りしたり遊んだりしたり……さ」
「そんなこと、言われても……」
俺はもうひま姉のこと、ただの幼馴染としか思えないんだ。
その時、うしろから手を引っ張られる。振り向くと、御園が俺を見つめていた。
「御園……?」
「……久瀬、学食に行こう」
そのまま御園が俺の腕を引っ張って廊下へ出る。
「あっ、ちょっと……」
背中でひま姉が呼び止める声を聞く。けど御園はそれを無視して、俺をずんずん引っ張っていく。
「……なぁ、御園」
「……なんだい」
「俺、お弁当あるんだけど」
「知ってるよ、毎日一緒に食べてるんだから」
階段の踊り場で、もうひま姉が見えないのを確認して御園が立ち止まった。
「だってあんまりだろう……君の想いに気付いてないからって、あんな態度……」
御園の言葉を聞いて、ひま姉のことを言っているんだと気付くのに少しかかった。
俺は正直なんとも思わなかったけど、俺がまだひま姉のことが好きだとしたら、ひま姉の言動は失恋の傷をほじくり返してるように見えるか。
「いや……俺はそこまで……」
御園の顔を見る。そこで俺はぎょっとした。御園はその瞳に涙すら浮かべていたのだ。
「……なんで、泣くんだよ」
「君が泣かないからだろう」
俺の驚いた顔を見て、御園は瞳をぬぐった。
「ごめん……変なところ見せちゃったね。君のこと重いと言っておきながら、僕のほうがよっぽどだ」
そう言って御園はわざとらしくはにかんだ。
「……ありがとな」
理解できない。
御園が俺のために泣いてくれたことは……嬉しい。けど、泣くほどのことだったと心の底から思えない。あの涙の価値を、本当に理解できたわけじゃない。
ちゃんと全部覚えていれば、俺が俺のままだったら。ちゃんと心からありがとうって言えたかもしれない。その前にひま姉の言葉にちゃんと傷付いて、真剣にこれからの話ができたかもしれない。
大きく開いた穴は、重しが増えても塞がらない。それどころか益々大きくなって、俺の人生から色を吸い取ってどこかへやる。
理解できない。でも、ひま姉も御園も鶴崎さんも奥山君も、それの価値を理解している。多分、理解できない俺が間違ってるんだろう。
正しいことがしたい。
鋳門さんが言っていたことはこういうことかと、一人考える。
・・・・・・
正しいことがしたい。俺はそのために鶴崎さんの下校をストーキングしていた。
ひま姉のケースを考えれば、今この下校中に急に倒れ込んでもおかしくないからだ。
電柱の影から、一人で道を歩く鶴崎さんの背中を眺める。今の所こちらに気付く気配はない。
「もうさっさとぶっ倒れてくれないかなぁ……」
「……君は何がしたいんだ、久瀬君」
うしろから声をかけられた。振り返ると、鶴崎さんの彼氏であるらしい奥山君が俺を見下ろしている。その表情には怯えと怒りが混ざっていた。
「……やぁ、こんな所で会うとは奇遇だね」
「君がふみを付け回してるからだろう! や、やっぱり好きなんだな……? ふみのことが」
どうやら奥山君は今朝の勘違いを未だに続けているらしい、どころかたった今確信まで得たようだ。忘れてって言ったのに。
ちらりと鶴崎さんの方を確認してみると、まだこちらには気付いていないようだ。どうにかこのまま収めて見張りを再開したいところだが……。
「君が幼馴染さんに、そっけなかったのも……ふみに、切り替えたからなんだろう」
「違うよ」
「わ、分かるぞ、ふみは可愛いからな……」
「違います」
「けど、ふみは渡さないぞ……!」
「違うったら」
奥山君は聞く耳を持ってくれないどころか、慣れない所作で俺に対して拳まで構えた。しかし、その姿からはどうもなよっとした印象を受ける。喋り方もちょっと拙かったし、多分こんな風に凄んだりするのも得意じゃないんだろう。
それでも、こうして俺の前に立ってる。
「奥山君は……本当に鶴崎さんのことが好きなんだな」
「は……?」
奥山君は、正しい。
「なぁ、誰かに恋するって、どういうことなんだ? どんな気分なんだ? 教えてくれよ」
「な、に……を……?」
俺の問いかけに答える前に、奥山君がいきなりフラつきだした。 そして頭を押さえたかと思うと、そのままアスファルトの上に倒れた。
「……!?」
慌てて鶴崎さんの方も確認すると、やはり彼女もシンクロするようにその場に倒れ込んでいた。さっき考えてた通り、頭痛によって気絶したのだ。
どうする! まずは鋳門さんに連絡だ。次は救急車……いや、あんまり意味ないし、そんなもん通りすがりの誰かが呼ぶだろう。今俺がすべきことは、すぐに寝て二人の夢を切り離すことだ!
「よしっ!」
その場で奥山君と添い寝する。
アスファルトが痛くて寝れなかった。
「くっ……」
アスファルトが無理なら……そこらへんの家のベッドを借りるか? いや、そんな無茶なお願い通すより自宅か、学校の保健室の方が早いか……。しかしそれではタイムロスになる。
切り離す作業が遅れれば遅れるほど、二人が失う記憶は大きくなる。一刻も早く二人の夢に潜らなきゃいけないのに! 焦りで熱が入り、拳がわなわなと震えた。
震える握り拳と目が合った。
次の瞬間、俺はそれを振り抜いた。自分に振るう拳のなんと気軽なことか!
◇◇◇◇◇◇
携帯が振動した。手に取り確認してみると、久瀬からのメッセージが受信されている。
その内容は『寝た』という二文字だけだった。おそろしく簡潔だったが、それが何を意味するかを瞬時に理解した。以前の久瀬の幼馴染のように、夢の繋がりが進行し、頭痛によって昨日の二人が気絶したのだろう。
「……よし」
読書を中断し、和田村さんの居るリビングに足を運ぶ。姿を現した私に、ソファの和田村さんが振り返る。
「鋳門君、どうしたの?」
「久瀬から連絡が来ました。対象の二人が睡眠に入ったようなので……」
「……早いね。もう、次のお仕事、か……」
和田村さんが一瞬だけ顔を俯かせる。そして私の前に立ちあがり、肩を掴んでこう言った。
「……じゃあ、またおまじないかけてあげる」
口づけをされた。
「……ん」
行為を終えた彼女の瞳が、揺れる。
「もう何回目だろうね……こんな理由で、キスするの」
「……すみません、私が……」
「あ、いや! 責めてるわけじゃなくて……お薬ってさ、繰り返し使ってたら、どんどん効果がなくなっていくでしょ?」
私の肩から、彼女の手が離れる。
「私のおまじないは、いつまで使えるんだろうね?」
ああ、私は最低だ。
この愛に何も返せやしないのに、返せないと知りながら、それに甘えている。犠牲にしている。
彼女が傷付けば傷付くほど、私は効率よく他人を助けることができるから。
「……寝室を、お借りします」
そして私は逃げるように潜った夢の先で、口づけを剣に変えた。
・・・・・・
「……いよいしょおっ!」
剣を振るい、地面に最後の切り取り線を付けた。これで鶴崎さんの夢と混ざった夢を切り離す準備ができた。
次は奥山君側だけど……そう考えたところで、ようやく鋳門さんが剣を持って夢の中に潜ってきた。着地点になる中央へ足を運ぶ。
「おーい鋳門さん!」
「……先に来ていたか。寝つきがいいんだな」
「あぁ……まぁね」
顎をさする。気絶できなかったらまずいので思いっ切りやってしまったけど、怪我の具合はどんなもんだろう……起きた時のことは起きた時に考えよう。
「それよりさっさと切り離そう。俺も奥山君……そっちの男子側手伝うから」
「待て、お前の担当はそっちの女子側だろう」
「こっちは鋳門さんが来る前に終わらせちゃったよ」
「……なんだと?」
鋳門さんが額に手のひらを当てて気配を探る。おそらく俺の言ったことが本当かどうか確認しているんだろう。
「……確かに、二つの境界にお前と同じ気配の痕跡を感じる……お前、何をした? どうすればこんなに早く……」
不可解そうな視線が俺の顔に向けられる。
「え? 何って、普通に、鋳門さんの真似してやっただけだけど……」
ありのままの事実を話しても、鋳門さんは神妙な顔をしていた。
「……? いや、とにかく既に半分終わっているならありがたい。私はここから見て右から回る。お前は左から頼む」
「了解!」
一人で奥山君側の夢に切り取り線を引いている道中、それは見つかった。
「……なんだこのでっかい毛布」
口ではそう言いながら、俺はそれに対して強い既視感を覚えていた。
無論、身長の三倍ほどあろうかという毛布を見たことがあるわけではないが……これと同じ仕組みのものを見たことがある。
丸まった毛布の端をめくってみる。そこにはやはり一つの宇宙が広がっていて、奥山君から見た鶴崎さん……つまり星が幾重にも浮かんでいて、プラネタリウムのようになっている。
これは、奥山君の恋心だ。
こんなことしている暇はないと分かっていながら、その毛布の端っこで自分の全身をくるんでみる。毛布の裏側の星空は、太陽がなくても真昼と同じ温かさをしていた。
満点の星空が、いくつもの二人の思い出を形作る。二人を繋ぐ糸が星座になって、一つ一つ、全身全霊で輝いている。ああ、綺麗だ。
こんな綺麗なもの、なくしちゃったのか、俺は。
虚しくなって、毛布から這い出る。
気配を辿ってみると、この毛布は境界の内側にあった。混ざってしまった地点と一緒に切り落とさなくて済みそうだ。
そこで気付いた。
こんな毛布、鶴崎さんの夢にはなかったぞ……?
急いで鋳門さんの所へ走る。
「鋳門さん!」
「……どうした? 何があった」
「あったっていうか、なかった。鶴崎さんの夢に切り取り線引いてる途中、恋心を見かけなかったんだ」
「……だから、どうした」
鋳門さんの鋭い眼が、俺を捉える。
「え、いや、だから……俺あっちに戻って確認してみる」
「放っておけ」
低く冷たい声が俺の耳を掠める。
「でも、もし切り取り線の外側にあったらどうするんだよ!」
「逆に聞くが、外側にあったらどうするんだ? 安全な場所へ動かすのか? 幼馴染の時のように……できるのか? そんな記憶が、エネルギーが、今のお前に残っているのか?」
ザシュッと、地面を切りつける鋭い音が俺と鋳門さんの間に響く。鋳門さんは作業を止めず、片手間に俺と話している。
「いや……全部は無理でも、せめて一部だけ切り取って……」
「そんな余裕はない。お前がこの先どれだけ私を手伝うつもりか知らないが……誰かの夢に潜る度にそんな世話を焼いていれば、すぐに私のようになるぞ」
その鋭い瞳の奥には、空虚が映っていた。鋳門さんの心からにじみ出たものか、あるいは俺自身のものを鏡のように映しているのか。
「……それでも! あんな綺麗なものなくしちゃダメだ!」
鋳門さんに背を向け、鶴崎さんの夢へ走り出す。『これさえ覚えてれば自分でいられる』……そんな記憶を忘れてしまった人間は、何者でもなくなってしまう。
これ以上、そんな奴を増やしてたまるか。
・・・・・・
最初に確認したのは、鶴崎さんの夢の内側だった。切り取り線の側になかっただけで、奥の安全な場所にあるのなら何も問題はないからだ。
だが、内側にはなかった。次に俺は外側の気配を探った。
だが、外側にもなかった。そこで、まさか、という考えがよぎる。
夢の中を駆け回って、念入りに気配を探る。けど、どれだけ場所を変えても奥山君に関する夢の気配は感じない。
じれったくなって、鋳門さんに止められていた翼を解禁して、上空から夢を確認する。それでもやっぱり、あの大きな毛布は奥山君の夢にしかなかった。
最後の確認のため、高度を下げて夢の主である鶴崎さん本人の前に降り立つ。鶴崎さんは人間大の岩に寝そべっていた。
「……久瀬? その翼……何?」
「鶴崎さん……鶴崎さんの好きな人って誰?」
「…………」
鶴崎さんは俺の質問には答えず、逃げるように寝返りをうった。
確認のために、何度も同じ質問を繰り返す。けれど鶴崎さんはずっと俺に背を向けたままで、帰って来た答えは無言かわけの分からないものだけだった。
「……おい、非効率だから切り離しに関係ないものは作るなと言っただろう」
奥山君側の作業を終えたのか、鋳門さんも鶴崎さん側の夢に現れた。
「それで、もう目当ての記憶は動かせたのか? 終わったのなら、もう切り離すが」
「ありませんでした」
「……?」
鋳門さんが俺の顔を覗き込む。
「端から端まで動いて、最後には空から確認したけど……この夢の中に、恋はなかった。鶴崎さんに、好きな人なんていないんだ」
「……馬鹿な。愛し合っていない者同士の夢が繋がるなど……」
「疑うなら鋳門さんだって探してみればいい。でも、ないものはないんだ」
鶴崎さんは奥山君のことをなんとも思っていない。そう考えれば、多くのことに納得が行く。
鶴崎さんが何も答えないのも、俺に言い寄られても平気そうにしていたのも、二人が一緒に下校していなかったのも、夢の繋がりの進行が遅かったのも。全部、二人が愛し合っていないからだったのだ。
「そう……か……」
俺が嘘をつく理由などないと思ったのか、鋳門さんが言葉を飲み込む。そして寂しそうに、憐れむように毛布があった方角へ視線を向けた。
多分、鋳門さんみたいな反応が正しい……というか普通なんだろう。けど俺は、明らかになった事実に対して酷く安心していた。
俺だけじゃなかった。
愛し合う素晴らしさなんて知らなくても、忘れてしまっても、人は普通に生きていけるんだ。鶴崎さんが示してくれたその事実は、俺に勇気を与えてくれた。
鶴崎さんの元から離れ、切り取り線の側へ歩き出す。
「ほら、鋳門さん。さっさと切っちゃおう」
「ああ……そうだな」
◇◇◇◇◇◇
「じゃ、切っちゃおう」
切り取り線のそばで、横の久瀬が剣を構える。私も同じように構えた。
「タイミングを合わせろよ。切り離しは完全に同時に行わなければ成功しない……『サン、ニイ、イチ』の『チ』で行くぞ。『イチ』の『チ』だ」
「了解」
久瀬が頷く。私はそれを確認して、カウントダウンを始めた。
「サン」
剣先にエネルギーを集中させ、切り取り線へ狙いを定める。
「ニイ」
多量のエネルギーを使用したため、体に数本のヒビが入る。
「イチ!」
そのまま剣を振り抜いた。
放たれたエネルギーが切り取り線の通りに迸り、夢を三つに分かつ。そしてどちらのものでもなくなった、混ざった地点は地鳴りと共に虚空の海に飲み込まれていく。
「終わっ、た……?」
「ああ、切り離しが不完全だった場合は再生するはずだが……混ざった地点が崩れていく。成功だ」
虚空の引力に捉われて、崩れ行く夢だったものを眺める。露出している切断面からぼろぼろと崩れ行くそれを。
その時、向こうの切断面に何かが埋まっているのを見つけた。
「鋳門さん?」
夢の中から出ようとしている久瀬を尻目に、切り立った崖に這いつくばって埋まっているものを観察する。あそこから強い気配を感じる。そしてちらりと星が輝くのが見えた。
あれは……あれは、毛布じゃないか?
久瀬が違和感に気付き、辺りを見渡し始める。
「なんだ? 夢の中の色が、薄くなってく……ひま姉の時みたいに……」
間違いない。あれはこの夢を支えていた、恋心だ。存在していなかったのではない、地中深くに埋まっていたのだ。
次の瞬間、私は向こう岸に身を投げていた。
「……鋳門さん!」
空中で身を動かし、剣を両逆手で構える。
「くっ……おおおっ!」
そして毛布が埋まっている箇所の近くに飛びつき、剣を突き立て固定した。
片腕で突き立てた剣にぶらさがり、体を支えながら、もう片方の腕を露出している毛布に伸ばして掴む。だがやはり、びくともしない。
そこで自由にしている腕からもう一本の剣を生み出し、毛布を切りつける。そしてできた切れ端で剣をくるみ、元の夢へ投げる。
「……はぁっ!」
投げたそれは大きな放物線を描き、崖を越える。おそらく安全な場所へ落下したことだろう。いずれもう一度土に沈み、あの夢にささやかな色彩を取り戻させるはずだ。
あとは、私が無事に戻るだけだ。
そう思い翼を生やそうとした瞬間、体のヒビが増え、そして深くなった。
「……!」
加えて無視できない強い頭痛がする。ここまでに、エネルギーを使い過ぎたか……!
こうなると最早、新しく何かを創造するどころではない。自分の体を繋ぎとめるだけで精一杯だ。
そして、それすらもいずれ限界が訪れるだろう。虚空の海が発する引力は既に私を捉えている。剣を掴む腕が、引力に抗えなくなっていく。ギシギシと音を立て、ヒビを広げていく。
私に残された選択肢は二つ。今すぐ剣から手を離して海に落ちるか、体がバラバラになるのを待つかだ。
……私は、何がしたかったんだ?
ヒビだらけの腕を見上げ、痛みによって混濁した頭で考える。
巻き込まれる思い出など放っておけと、一々救い出していてはキリがないと……そう言ったのは私自身ではないか。
それでも、誰かが想い合う気持ちを、無下になるのが見ていられなかった……? そんな偽善は矛盾している。私には真っ先に応えるべき想いがあったのだから。けれど、ついぞその想いに応えることはできなかった……人助けの使命は、私の全てだったから。
以前の私が最後に遺した、これだけは忘れまいとした使命。私が私であることを証明する唯一の記憶。それを手放すことだけはできなかった。
……そうか。私は手放したかったのか。
腕に入る力が、緩む。
この黒い虚空に飲まれた時、私はどうなるのだろう。私の記憶が形作っているこの体が完全に失われた時……きっと私は今度こそ全てを忘れるのだろう。使命という名の呪いから解き放たれて。
私は自由になるのだ。
瞳を閉じてイメージする。ただ、手のひらを広げて何にも抗わず落下する。それだけでその儀式は完了する。何も難しいことはない……どころか、私がどれだけこの剣に縋ろうとその瞬間は必ずやってくる、既に目前まで迫っている。
だというのに、私はそれでも剣から手を離せないでいた。
「鋳門さぁーんっ!!!!」
上から声が聞こえた次の瞬間、私の体は空中に攫われていた。見上げると剣を掴んでいた腕は、久瀬に掴まれている。
「久瀬……!」
「翼生やしといてよかったぁっ!」
そのまま久瀬は背中から生やした翼を大きく羽ばたかせ、私を崖の上まで救い出そうとする。
だが、高度が上がらない。
……あの毛布に気付くのが遅すぎた。虚空の海に近付きすぎた。私達の体は強い引力に捉われ、並みの力では抜け出せない。
そして久瀬の翼はエネルギーの消耗に加え引力に抗う代償として、羽ばたく度に羽がぼろぼろと抜け落ちていく。このままでは二人で海に落ちることになるだろう。
「久瀬……私を捨てろ。これは私のミスだ、お前には関係ない……」
「いっやっだ……!」
引力に引きつった声が聞こえる。
「次は、俺の番だ……!」
そこでついに翼はずたずたになって消失した。久瀬の体ががくんと落ちる。
「久瀬!」
「足りないなら……増やす!」
落下の最中、久瀬の背中が輝きだし、熱を放ち始める。
「う……お……おおおっ!」
六枚の翼。久瀬の叫び声とともに、それは具現した。その代償に久瀬の体にもヒビが入り、そこから淡い光を漏らし、見上げる私からは天使のような様相をしていた。
それを境目に久瀬の体は舞い上がり、今度こそ崖の上へ向かい始めた……が、羽ばたきの度に翼が損耗していくのは変わらない。更に多数のヒビによって結合しきれなくなった、久瀬の体の破片がぱらぱらと落ちていく。これほど消耗すれば頭痛も尋常ではないはずだ。
「久瀬、お前……」
「大丈夫だ……ここに、あんたを……助けに来たって、ことは、まだ……覚えてる」
久瀬は途切れ途切れにそう言いながら、私の腕を更に強く握った。
そして六枚の翼が限界を迎え、完全に消失したのと同時に私達の体は崖の上に出た。そして飛行していた勢いのまま、どどっと地面の上へ放り出される。
地面に転がったまま、ヒビだらけの腕を見下ろす。私が息を整えるのに連動し、ヒビは少しずつ修復されていった。
ああ、私はこれからも呪いを抱えて生きていくのだ。そんな安堵に似た諦観が私の全身を包み込んだ。
「鋳門、さん」
隣に大の字で寝転んでいる久瀬が、荒い息で私に喋りかける。
「鋳門さんのしてきたことは、本末転倒なんかじゃないよ。きっと鋳門さんが守ってきたものが、今度は鋳門さんを守るから。和田村さんが一人目で、俺が二人目」
「……そうか」
体を起こし、崖の縁に立って谷底の黒い海を眺める。
既に切り離した大地のほとんどが飲み込まれていて、毛布やその周辺に突き立てた剣がボロボロと崩れていくのが見える。久瀬の助けがなければ、今頃私も同じように消え去っていただろう。
あの剣は、私にとってのなんだったのか? 今ではもう思い出せないが、あの剣が私の呪いを繋いでくれたことは、覚えている。
◇◇◇◇◇◇
「あ、起きた」
目覚めると、ベッドの隣に和田村さんが座っていた。サイドテーブルには彼女が用意してくれたのか、スポーツドリンク、お茶、りんごジュース、ミネラルウォーターが並んだ自動販売機のような盆が置かれていた。
「好きなの飲んでいいよ。鋳門君、夢で頑張ったあとはいっつも喉渇いてるもんね」
「……ありがとうございます」
体を起こしながら、飲み物を手に取る。
「それから、もう夕方だしお腹も空いてるよね。ご飯の用意できてるし……先に汗流したいなら、お風呂も沸いてるから。どうする? ご飯かお風呂か……」
そこで和田村さんは何かに気付き、はっとして口を押えた。それをおそるおそる戻すと、こう言った。
「……それとも、わ、た……」
「お風呂をいただきます」
「あ、そう……」
和田村さんは顔を赤らめた。それを見て、充足感と罪悪感が胸の内に湧き起こる。
「和田村さん……私は、人助けを続けます。繋がって害しあう夢を、切り離す。そのために必要ならどんな記憶だって使う。あなたとの思い出だって……」
彼女の瞳を、じっと見つめる。
「それでも、これからずっと、私におまじないをかけてくれますか」
私の問いかけに答える前に、彼女はベッドに乗り出して私を抱きしめた。
「うん……もちろん。だって私が愛したのは、他人に一生懸命になれるあなただから」
その言葉を聞いた時、足にぐるりと鎖をつけられたような気分になった。そう言われては、ますます人助けをやめられない。彼女の言葉は、私をここに縛り付ける呪いをより一層強くした。
ああ、私はこれからも呪いを抱えて生きていくのだ。そんな諦観に似た安堵が私の全身を包み込んだ。
☆・・・・・
「あ、起きた」
目覚めると、ベッドの隣にふみが座っていた。
「ここは……?」
「病院。私も帰る途中で倒れてここに運ばれて、さっきまでとなりの部屋で寝てたんだけどださ……」
「えっ……大丈夫なの?」
「検査上はね。それより、あんたもすぐ近くで気絶してたんだってね……私のこと付け回してたの?」
元々ジトっとした目が、更にジト目になって俺を見据える。
「それは、その……正確にはふみを付け回してた人を付け回してたというか……」
「ふーん……まぁいいや。じゃあ私帰るから」
「えっ、帰るの?」
俺はまだ検査が残っているはずなのに……。
「うん、あんたも大体大丈夫そうって分かったし……何?」
「いや……」
自分でもこういうことを考えるのはどうかと思うけど、恋人だったらもう少し心配してくれてもいいんじゃないか。俺はとてもふみが心配なのに。
「ふみ……本当に俺のこと好き?」
「……言わない」
「言ってよ」
「しつこい」
おかしい。ふみは愛情表現の希薄な女の子だけど……いつもなら二回言えば絶対に好きって言ってくれるのに。
「もしかして……本当に俺に飽きちゃった?」
「……は?」
「だ、だって……好きって、言ってくれない、から……!」
俺がぼろぼろ泣きだすと、ふみは頭をかいて俺の手を握った。
「ん……まぁ、好きは好きだよ」
「……本当に?」
ふみが俺の涙を見つめながら言葉を続ける。
「あぁ……あんたの入れ込みようを見ると、大きさはあんまり釣り合ってない……かもしれない、けど。あんたのこと、好きってことは変わらないから。このまま一緒に居れば、ちょっとずつ同じ大きさになっていく……と思う」
俺はそれを聞いて、より一層涙が溢れて止まらなかった
「ふみ……ふみぃ……!」
「あーもー暑苦しい」
満更でもない笑顔でふみはそう言った。
ふと、感謝の気持ちが胸に溢れた。
おそらく俺を愛してくれたふみへの感謝だろう。ありがとう!
・・・・・・
「あ、起きた」
目覚めると、ベッドの隣に御園が座っていた。そのままぐるりと見回すとここが病室であることが分かる。窓の外に目を向けると、夕日が沈むか沈まないかといった頃合いだった。道の端でぶっ倒れてから二時間くらいか。
「御園、お前……お見舞い早くない?」
「うん、まぁ……ね。まぁまぁまぁ」
まぁまぁ言って誤魔化された。
御園の顔をじっと見る。
「…………何?」
「あ、いや……ちゃんと覚えてるなと思って、お前のこと。俺のために、泣いてくれたこと」
翼を生やした時は無我夢中で、どの記憶を使うか選んでる暇なんてなかったけど……ちゃんと大事な記憶は残ってるみたいだ。
それはとりもなおさず、自分の空虚さもしっかりと覚えているということだが。
「泣き顔なんて覚えてて欲しいものでもないけど……そんなに酷いのかい、その怪我」
「うん、まぁ……な。まぁまぁまぁ」
まぁまぁ言って誤魔化した。
そこで病室のドアが開く音がした。視線を動かすと、ドアから鷹のような鋭い目つきがこちらを覗いていた。
「鋳門さん」
振り返った御園と鋳門さんの視線がばっちり合う。
「あ、こっちが友達の御園であっちは……バイトの先輩? の鋳門さん」
「……どうも」
「こちらこそ、どうも」
二人が無言で数秒見つめ合う。たまらず鋳門さんが口を開いた。
「……何か?」
「……いえ。それじゃあ容体も確認できたし、僕はここいらで失礼しようかな」
御園が鞄を持って立ち上がる。そのまま鋳門さんに一礼してから部屋を出ていった。
こうして病室には俺と鋳門さんの二人きりになった。
「お前の友人……やけに見舞いが早いな」
「鋳門さんこそ」
「私は頭痛薬を貰いに来たんだが……」
「あー……」
鋳門さんの頭を抑える仕草を見ると、やにわに俺の頭も痛みだした。お互い夢の中で消耗しすぎたのが響いているようだ。
「受付で、三人の高校生が頭痛で集団気絶を起こしたと聞いてな」
しかめた顔を少し緩めながら、鋳門さんが俺を見つめた。
「……礼を言わせてくれ。お前がいなければ、私は今頃……」
「いいよ……そもそも、俺のせいで鋳門さんがああなったんだし」
「……久瀬」
俺は鋳門さんの眼がまっすぐ見れずに、反対へ寝返りを打った。
「俺は、最低だ……切り離した方に、毛布が埋まってるって分かった時……俺も鋳門さんと一緒に飛び降りるべきだったのに、足が動かなかった。鶴崎さんも恋心を持ってたって知った時……裏切られたような、気分になったんだ」
勝手に俺と同じだと、空虚な人間だと思い込んで、仲間だと思って自分が安心するための材料にした。
「俺が、そんな馬鹿なこと思ったせいで……!」
「……毛布が地下に埋まっていたのを見落したのは私も同じだ。お前のせいじゃない」
「でも……」
「いいからこっちを向け」
鋳門さんが俺の顔を掴んで、無理矢理に視線を合わせた。
「お前……その顔の怪我はどうした。そもそもなんで病院に居るんだ」
「これは……アスファルトじゃうまく寝れなくて、早く寝なきゃって思って……自分でぶん殴ったから……」
俺がそう説明すると、鋳門さんは口に手をやった。
「ふふっ……」
「……」
「……んんっ」
そうして咳払いするまでの数瞬、確かに笑っていた。そういえば鋳門さんの笑った顔を見るのは初めてかもしれない。
「お前は……人助けに向いてるよ」
「え」
今朝までずーっと認めてくれなかったのに。
「『困ってる人を助けるのは当たり前』……か。そうか、お前は本気でそう言っていたんだな」
・・・・・・
病院での検査を終え、家に帰る途中の道でひま姉を見つけた。
そこで俺はひま姉との下校をすっぽかしてしまったことに気付いた。これで今日、行きと帰りのルーティーンをすっぽかしたことになる。
どうして気付けなかったのか……あるいは気付けなかったのではなく、気付かなかったのかもしれない。ひま姉と一緒に居ると、自分の穴を突きつけられるようだから。
さてどう声をかけたものかと悩んでいると、それどころではないことに気付いた。なんか泥だらけだったのだ。
「……ひま姉」
「あっ、かな君。今帰り? 遅いね」
「そっちこそ、こんな時間に……なんで泥だらけ?」
「あそこの田んぼでね、結婚指輪落としたって人が居て……探すの手伝ってたらいつの間にか」
いつの間にか、でまみれられるものだろうか。
「ただの探し物なら、ひま姉がそこまでしなくても……」
「え? でもだって、困ってる人を助けるのは当たり前でしょ」
得意気な顔で、ひま姉はにっこり笑った。
また、俺は俺の穴を見た。そしてそれは、同時に俺に穴の形を理解させた。
「……そっか」
心臓を手のひらで撫でる。
そうか。これは、ひま姉のだったのか。
ひま姉のことは忘れても、ひま姉が教えてくれたことは覚えてるんだ。九年という時間、小学一年生が高校一年生になるまでの時間。俺はそれを全身全霊で思い出した。
こんなに深く根を張って、複雑な形をした穴が、他のもので埋まるはずがなかった。
代わりなんてないんだ。
「……ひま姉」
「何?」
「今日は、いっぱい約束破ってごめん……でもやっぱり、俺とひま姉はこれぐらいが正しいんだよ。ただの幼馴染なんだから、一生一緒には居られない」
俺の言葉を聞いて、ひま姉が悲しい顔をする。夕闇の中、泥に隠れているはずのそれは、何故か俺には手に取るように分かった。
「そんな……」
「だから、間違ってるのは多分、別れ方……」
意を決する間もなく、その言葉はするりと喉から出た。
「俺さ、ひま姉のことが好きだったんだ」
「へぇー……………………ぇん?」
次のひま姉の表情は分からなかった。代わりに体の動きがこれでもかと言うほどパニックを主張している。ほんとのほんとに気付いてなかったんだな。
「へ、あぁその……それ、は……うん? 過去形?」
「うん。色々あって忘れちゃったから……」
心臓から手を離した。
「いつか、思い出すよ。ひま姉を好きだったこと」
小指を差し出した。
「ちゃんと思い出して、ちゃんとフラれたら、ちゃんと別れられるはずだから……それまで、待っててくれる?」
ひま姉は数秒ぽかんと口を開けて固まったあと、涙を流し始めた。
「……なんで、泣くんだよ」
「申し訳なさとか、寂しさとか、いろいろぉ……っ」
その涙をぬぐわないまま、ひま姉は俺に向き直って小指をかけた。
「……ん」
そして俺はひま姉と小指を交換した。
きっと、思い出してみせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます