最終話 それから二人は

 運命の夜から一夜明け。


 未だに『運命の夜』が何の事かわからないが、知らない裏路地に迷いこんだあの夜に。


 俺の中で、確かに何かが変わった。


           ◇


 土日を利用して自分磨きってのをやってみた。


 美容院に行き、ボサボサ頭とゲジゲジ眉毛を整える。

 ついでにちょっとだけ髪を染めてみた。

 うっすらハゲてるのはどうにもならん。スカルプシャンプーと育毛剤で頑張ってみるさ。


「はい、フィニッシュでーす。いかがでしょうかあ?」


 ちょっと『っぽい』美容院のお兄さんが、俺の肩に手を置いて仕上がりの感想を訊いてきた。


 いや、まあ、いかがもなにも。


「ばっちりです。ありがとうございます」


 としか言えんわな。


 だがしかし、これは。

 鏡に映っているのは、コギレイにこざっぱりした若者だ。


 ふむ。これが俺か。

 なんか、どこかで見たような気がするのは、何処にでもいるようなありふれた顔立ちだからかな?

 

 長年使った通勤用のだっさいコートは捨て、こじゃれたコートを買ってみた。

 どうせすぐにヨレヨレになるんだがな。

 ネクタイと靴も新しいのを買った。

 安物だけど。

 

           ◇


 とある日。

 俺は美人上司を食事に誘うという無謀な賭けに打って出た。

 自爆覚悟の特攻にざわついたのは何人かの同僚どもだ。


「骨は拾ってやるからなっ」


「その度胸をもっと仕事に活かせよなー」


「フラれるに千円、いや、二千円」


 なんて好き勝手言いやがって。

 賭博はダメだぞ。


 美人上司を食事に誘うなんて、なんで俺がこんなコトを?

 そうしろと囁くのですよ。

 俺の中のもう一人の俺が。



「あの、ツカハラさん」


「はい、何でしょうか?」


「急な申し出なんですけど……今晩、何かご予定はありますか?」


「え……いえ、特には……」


「あの、一緒にお食事でもいかがでしょうか?」


「えっ?」


「実は、ご相談したいコトがあるんです」


「あ……相談事ですか? ええ、良いですよ」


 相談事なんて口実だ。

 だが、ツカハラさんはにっこり微笑んでOKしてくれた。


「あっ、ありがとうございますっ。それじゃあ、また後でっ」


 マジですか。

 ツカハラさんが、この俺とお食事をっ?

 冷血と恐れられる美人上司が、この俺とお食事をっっ!

 

 この喜びは是非ともアイツに知らせなければ!

 俺は小走りでトイレにかけこみ、スマホを取り出してから固まった。



 ……アイツって誰だ?

 誰に連絡しようってんだ?



 なんだか、心にモヤがかかってるみたいな不思議なカンジだ。


 スマホの真っ黒な画面に、俺の顔が映ってる。

 なんだよ、もっと嬉しそうな顔しろよ。

 あの美人上司と食事を出来るんだぞ?



 結局、心のモヤは晴れるコトはなかった。


 ツカハラさんと何を話したか覚えてないくらいに舞い上がってた。

 ダメダメだった。



「あの、今日はお付き合い頂いて、ありがとうございました」


「……何処か上の空でしたよ、クラタさん。

 あの……今日は、上司として誘ってくれたんですよね? 

 だったら、今度は……別の形で誘って頂けたら嬉しく思います」


「え……あっ、はいっ」


「じゃあ、おやすみなさい」

 


 俺の中で、何かが動き始めてる。

 予感めいた漠然とした何か。

 

 それは何かはわからない。


 きっと、あの夜がターニングポイントだったのだろう。


           ◇


 web上にいくつかある小説投稿サイトのひとつに、ダメ元で俺の小説を投稿してみた。


 数週間後、驚愕の知らせが俺のスマホに届いた。

 俺の他愛もない小説が。

 小さな賞を受賞したのだ。


 小躍りしたくなるくらいに嬉しかった。

 実際にしたよ、小躍りを。


 年齢を重ねるにつれて『諦めが肝心』という、都合のいい言い訳が頭をよぎるものだが。

 続けてて良かったと思う。


 ただ、受賞といっても10人もいたら、ありがたみが薄れるってもんだ。

 


 いつも、頭の中で声がしてた。


 ――諦めたら終わりだけど、諦めなければ終わりじゃないんだよ?


 考え方によっては、呪い文句のような魔法の言葉だが。


 これって……誰の言葉だったかな?


           ◇


 運営から連絡がきた。

 

 なんと、俺が書いた小説のイラストを描きたいと、イラストレーター本人から申し出があったと言う。


 web限定でイラストがつく事になり、後日、絵師と打ち合わせをするから来てくれ、と。


 こんな小さなサイトの、賞金も出ないような小さな賞の作者と会いたいなんて、奇特なヤツもいたもんだ。


 イラストレーター名は『ふにぷにおもち』?


 けっこうな神絵師さんじゃないか!?


 しかし、変わった名前だな。

 トモミは、なんでこんな名前にしたのかな。


 ……ん?


 トモミ?


 って誰だっけ?




 打ち合わせは編集部でする事になった。

 SNSだけでも良さそうだがな。


「絵師さんがね、どうしても会いたいとおっしゃいましてね。なかなか無いコトですよ、こんなコトはね」


「はあ。そういうものなんですか」


「しかも現役のJKですよ、じぇいけいっ! 羨ましいですようっ」


 何か勘違いしてないか、この編集さんは。



 このドアの向こうにweb神絵師のJKが。


 なんだか緊張するな。



 コンコンとノックして扉を開けると、黒いセーラー服のJKがソファーから立ち上がって俺に向き直った。


 一瞬の沈黙。見つめ合い固まる二人。


 最初に声を出したのは俺だった。



「……初めまして。クラタトモヒサと言います」


 ――この娘って、初めましてじゃないような……何処かで会ったコトあったかな?



「こんにちわ。タカノトモミ……です」


 ――あれ? あれっ? 

 やっぱり……私、このオジサンの事、知ってる……?



           ◇



「あの、今回は私の小説にイラストを描いて頂けるという事で」


「なんでかはわかんないんですけどー、オジサンが書いた小説のタイトルがスゴく気になったんですよー」


 オジサンて言うな。

 オジサンだけど。


 ふむふむ。タイトルに惹かれたと。

 なかなか目のつけどころが良いじゃないですかJKよ。


「中身はそんなでもなかったですけどね」


 おい、失礼だなJKよ。

 それって、作者に言っちゃいけないセリフ第1位だぞ。


 あとな。

 なんでそんなニコニコ笑顔なんだ?


「オジサン、イケメンじゃないですねっ♪」


 それくらいわかってますって、JKよ。

 いちいち言わんでよろしいですよ。


「トモミさんはカワイイですね」


「えー?

 そんなに私とデートしたいんですかあ?

 しょーがないなあ。じゃあ、連絡先交換しましょうかっ♪」


 あのな。

 会話のキャッチボールって知ってるか?

 デートしたいだなんて、ひと言も言ってないだろ。強引な娘だなあ。



「オジサンて、サラリーマンですよね?

 小説を書く時間ってなかなか無いんじゃないですか?」


「まあ、そうですね。でもね、諦めたら終わりじゃないですか。諦めなかったから、こうしてまた会えたんだし」


「また……? って、なんです? 私たちって、やっぱり何処かで会ってます?」



 やっぱり、ってコトは、やっぱりそうなのか……?


 俺達は、以前。

 何処かで、誰にも理解されないような出会いを……



「その話は、またの機会にしましょうかっ。

 えっとっ。オジサンは、この作品にはどんなイラストが良いと思いますかっ♪」


「そうですね……それじゃあ――」



 通勤中や仕事帰りに寄ったファミレスで書いた小説だ。

 時間はかかったが、最後まで書き上げて良かった。本当に。



 俺の体験談がちょいちょい挟んである、その作品のタイトルは……




『ちょっとそこの君。JKのweb神絵師と身体が入れ替わる冴えないおっさんの話でも読んでみないか? 』




                  了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちょっとそこのキミ。web神絵師のJKと身体が入れ替わる冴えないおっさんの話でも読んでみないか? 雪の谷 @yukinotani

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ