第10話 運命の日

 あっという間に時は過ぎ。


 運命のその日がやってきた。

 俺とタカノトモミが死ぬ日だ。


 何かに誘われるように、ふらふらと制服のままベランダへと足を運ぶ。


 俺はここから突き落とされる?


 そんな風には思えない。

 この身体の、タカノトモミの胸の高さくらいの柵だってある。


 アシスタントの娘とも仲良く話してるし、この数日間でいさかい事なんてひとつもなかった。


 トモミのアシ子に対する態度がちょっと冷たい、と感じなくもなかったが。



 締め切りはプレッシャーに感じてるみたいだが、自殺したくなるような心理状態でもない。



 本当に死ぬのか?


 本当に?


 その瞬間は突然やってきた。


 ベランダでぼーっとしていた時だった。


 アシスタントの娘が背後から駆け寄ってきて。

 

 叫ぶでも無く、恨みを込めた風でもなく。


 学校に行く俺を、トモミを『いってらっしゃい』と、見送るのと同じトーンで。


 でも、少し悲しげに。


「死んでよ」


 この一言と共に、俺を突き落とした。



 筈だった。



 俺は知っている。


 この身体が死ぬという事を。

 下を歩くおっさんに直撃して死んでしまうという事を。


 意識的にだったか無意識だったかはわからないが、突き落とされる直前。


 俺は咄嗟にしゃがみこんだ。


 身体が勝手に動いたと言ってもいい。


 そして。



 アシスタントの娘が落ちた。




「……?」


 静かな夜だ。


 見上げれば星空。


 都会の夜空にしてはキレイな星空だ。


 星なんて久しぶりに見たような気がする。



 俺は……生きてる。


 はっ! そうだ!

 おっさんはっ、俺の身体はどうなった!?


 ベランダから下を覗き見ると、血まみれで倒れるアシスタントの娘の横に、しりもちをついてるおっさんの俺がいる。



 え……? 動いてる?



 生きてる!

 なんという事だ、生きてやがるよ、俺の身体!


 あの身体の中身は『タカノトモミ』のハズだよな……



 生きてさえいればきっと良いことがあるとは言うが。


 これは、良かった……のか?


 思わぬ形で、俺は。


 俺とタカノトモミは。


 生き延びてしまった。


           ◇


 webで活躍するJKが絡んだショッキングな事件だったが、未成年という事で実名報道はされなかった。


 それでもネット上では軽く炎上したみたいだが、そんなものはあっという間に鎮火した。


 誹謗中傷にあたる発言は犯罪である、との認識が広まりつつあった事が、ネットでの炎上鎮火に繋がったのだ。



 殺人事件では無く事故として処理されたのは、俺が仕掛けておいた隠しカメラの映像が証拠として採用されたから。


 なぜこんな所にカメラを設置していたのかとか、この日だけここに設置した理由はとか、下らない事も訊かれたが。


 アシスタントの娘の「死んでよ」の一言。


 はっきりと聞き取れるその一言が証拠となり、俺は無罪放免となった。


 まあ当然だろう。

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