第8話 トモミとしての1日

 思わぬ形で俺は『ふにぷにおもち』こと『タカノトモミ』の人生を、落ちて死ぬまでの三日間を追体験する事となった。



 タカノトモミが住んでいるのは高層マンションの一室。

 一人暮らしなのか……若いのに大したものだ。


 普通に学校に通う女子高生。しかしてその実態は売れっ子神絵師。


 web小説かよ。


 親からの出資もいくらかはあるかも知れんが、自分の稼ぎでここの家賃を支払ってアシスタントまで雇ってるとすると。


 JKなのに一体どれだけ稼いでるんだ?


 イラストレーターの収入相場なんてのはわからんが、暮らしぶりを見る限り『ふにぷにおもち』は、少なくともコンビニでアルバイトするよりは稼いでいたみたいだ。

 いや、もっとだな。


 凄いJKもいたものだ。

 10年後20年後にはどれくらい稼いでいたんだろうな。

 


 俺はデジタルイラストなんて描いた事はない。

 興味すら無い。


 だがその美麗さに惹かれてはいた。

 アナログでは不可能と思えるような効果エフェクトもデジタルなら容易い。


 俺にも絵の才能があればと思った事もあるが……子供の頃の色えんぴつでのお絵描きが関の山だ。


 しがないサラリーマンだった自分の人生が惨めに思えて仕方がないよ。


           ◇


 水曜の朝。


 学校へ行くのにも、何をするにもこの身体が勝手に動いてくれる。


 自動運転の車なんてまだ乗った事は無いが、それに似た感覚だと思う。


 自分の意思で動けないワケでは無いが『死ぬまでの三日間』の追体験をしているのだから、当然と言えば当然か?


 

「じゃあ、これ、お弁当。気をつけてね♪」


「行ってきます」



 同居のアシスタントの娘に見送られ学校に行く。

 アシスタントの娘は、時々泊まり込みしてるみたいだな。

 弁当まで作ってくれるなんて、よく気の利くカワイイ娘だ。


 こんな娘が彼女に欲しかった。

 


 マンションを出て徒歩5分。バスに乗る。

 満員電車に比べれば遥かに快適だ。



 授業を受け、休み時間に友達と他愛もないお喋りをし、帰りにコンビニで買い物をする。


 地味だな。


 ……JKってこんな感じなのか?


 水曜だからか?


 カラオケとかゲーセンとか行かずにまっすぐ帰宅。

 至って普通。地味だ。


 タカノトモミがまっすぐ帰宅する理由はすぐにわかった。



「おかえりなさいっ、トモミさん」



 アシスタントの娘が笑顔で出迎えてくれた。

 良い。こんな娘が彼女に欲しかった。


 笑顔で『ただいま』と言うのかと思いきや。

 俺の口から、タカノトモミから出た言葉は。


「先に仕事するねー。その後で夕食。軽めのでいいからっ」


 素っ気ない返事。

 着替えもせずに机に向かいパソコンの電源をオンにする。


 デジタルイラストの時間だ。


 デカいタブレットを目の前に、これはどうしたものかと思っていたが、これまた手が勝手に動いてくれる。


 自動追体験て面白いもんだ。


 デジタルなんて初めてにもかかわらず、スラスラとあっという間に完成してしまった。


 描くスピードも仕上げのスピードもこれぞプロ! 早いし上手い。

 ぐうの音も出ないとはこの事だ。


 ただ、出来たからと言っても直ぐにアップロードしたりはしないようだ。


 作品は一度寝かせておくのが良いらしい。

 出来た直後は良いと思っても、後で見直すと直したい箇所がひと目でわかるようだ。


 なるほどねえ。

 三十路のオジサンには見るもの全てが新鮮で驚く事ばかりですよ。


 俺の小説もすぐに投稿するのではなく、少し寝かせた方が良いのかも。



 タカノトモミはデジタルのみではなく、紙にも描く。

 アナログイラストってヤツだ。


 デジタルは補正が効くからイラスト描くなんて簡単なんだろうとか思っていたが、それは間違いだと気づかされた。


 上手いヤツは紙に描いても上手いんだ。

 この身体、タカノトモミがそうだからな。

 

 自分で描いておきながら、他人の目線で見ているという不思議な感覚。



 他の出来上がったデジタル作品を何度も確認してからアップロード。


 俺もパソコンは持ってはいたが、使うのはスマホばかり。


『パソコンは 使わなければ ただの産廃』


 なんて川柳があったが、なるほど、よく言ったものだ。


 俺の小説も、もっとパソコンを活用していたら違う結果が出たりしたんだろうか?

 なんて思ってみたりして。


 アシスタントの子との会話の内容なんて、アナログの俺には理解不可能だ。


 初めて口にする言語の多い事。

 喋ってるのは俺だが、俺自身は理解していないという不思議な感覚。


 ピクセルがどうとか、ブラシがどうとか、彩度がどうとか、背景は前のやつのコピペでイイけど、しっかりボカシかけておいてね、とか。


 デジタルペンとか左手デバイスとか初めて触った。

 初めて触るにもかかわらずサクサクと作業が進むのは、自動追体験なればこそ。


 紙媒体しか知識の無いオジサンは、ここが近未来に思えて仕方がない。



 描きあげる枚数こそ多くは無いが、作業に集中する時間は長い。


 気付けば深夜2時を過ぎている。

 まだ寝ないのか? 

 オジサンの俺の身体はとっくに泥のように眠ってるだろうに。

 

 18歳にしてこれだけの仕事をこなす女の子が実在するとはな。

 神絵師と呼ばれるに相応しい才能だよ、本当に。


 コンテストに落選してばかりのオジサンは、ただただ驚くばかりですよ。


 俺にブチ当たって死んだ時、締め切りがどうとか言っていたのはソーシャルゲームのカードイラストの事だった。


 そこまでメジャーなゲームではないにせよ、凄いコトだ。感嘆せずにはいられない。


 落ちて死ぬまでには仕上げたい所だが。


 俺にはどうにも出来ない。


 このJKの生前最後の作品になるのにな。


 ところで……勉強はしないのか?

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