第56話


 全て分かりきっていたはずだった。永遠に生きることが出来る人はいないし、少なからず人の死を伝えられたことがある。曽祖母が亡くなったことを母さんから聞いたときに初めて自分に関わりがあった人が死ぬことの経験をした。


 遊びに行くといつも俺のためにお菓子を準備してくれていたし、俺の話を聞いてくれた曽祖母。


 いなくなったことを知って涙を流した。それを見た母さんは俺のことを優しく包み込んでから、一緒に泣いた。


 涙の粒が頬を伝うたびに曽祖母との思い出が蘇っていく。それでも、涙はいつしか落ち着いていくものだった。涙を流し消費したエネルギーを求めてお腹が鳴ってしまう。その音を聞いた母さんはクスッと笑いご飯の準備をしてくれた。


 それ以降、曽祖母を思い出して泣くことはなかった。悲しみに打ちひしがれたのはたったの数時間。人の死を聞いても小学生の頃はお腹が減るとそちらに意識が行ってしまうのだった。


 ベッドの中に引きこもる生活が数日続いていた。学校にも行くことはせずに、自分の部屋とトイレを行き来することしかしていない。たった数日で自分の体がやつれていくのを感じながらも食事は喉を通らないでいた。


「秋博……。さっき光希君が様子を見に来てくれていたよ。お菓子を持ってきてくれたからここに置いておくからね。あと、お母さんに出来ることがあったら声を掛けてね」

  

 母さんは俺が引きこもることについて深くは問い詰めないでくれていた。聞かれても説明をすることは難しい精神状態だったからありがたい。何も言わずに仕事の合間には声を掛け部屋の前にご飯を置いていってくれる。俺が窶れるだけで済んでいるのはそのおかげだ。


 苦しさはいつか時間が経つことで和らいでいくと思っていた。でも、苦しさは深く心を蝕み心を鋭い何かで刺されたような痛みすら感じる。


 結局、最後に描いた絵の感想を聞くことは出来なかったし、約束を守ることが出来たのかもよく分からない。自分の絵を好きでいてくれた人の最後の願いだったのに……。


 後悔に後悔を重ねる時間は永遠かと思うほど続いている。もっと早く想いを伝えることが出来ていたなら、より多くの時間を一緒に過ごすことが出来ていたはずだった。あと一日早く絵が完成していたなら、ちゃんと絵を見て貰うことが出来たはず。


 自分の過ちの数だけ涙が溢れる。どうがんばっても止まらないから、止めようとすることは諦めた。もう枕は俺の過ちに埋め尽くされようとしていた。


 当たり前のことかもしれないが人はどれだけのことがあっても生きていくために栄養を必要とする。だから、しかるべきタイミングになると空腹を立てる音が静寂に響く。


 まるで、ゾンビのようにふらっと立ち上がり光希が届けてくれたというお菓子を取りに行く。ドアを開けるとドアノブにぶら下げられたビニール袋がある。中にはスナック菓子とチョココロネが入れられていて、それを手に取って再び部屋の中に閉じこもった。


「なんたこれ?」


 ビニール袋の中から一枚の紙切れが現れて久しぶりに自分の声を聞いた。

『あと3日』


 謎のメッセージに首を傾げてしまうが気にしないで栄養だけを摂取することにする。


 光希にも夏花のことは伝わっているようで、学校を休んだその日にはゆっくり休めとメッセージが飛んできた。


 既読の文字は付いてしまったが、返信を打つ余裕はあるはずがなかった。無視していることに少しだけ後ろめたさを覚えながらも光希のことだから理解してくれていると思っている。


『学校に来られなくなったら、俺が差し入れを持って遊びに行くから安心してくれ』


 光希に昔、言われたことを思い出す。学校にも行くことが出ないほど落ち込むことなんてありはしないと思っていたが、全て光希の言っていたことは現実になってしまっている。


 とりあえず腹に食べ物を突っ込んでまた、ベッドの中に塞ぎ込んだ。光希からのメッセージについては考えることは辞めた。


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