第48話

 静かな一週間は流れるように過ぎ去っていく。夏花に出会ってから大きな変化を遂げたらしい俺だが、それは夏花に対して変わっただけであって、他のクラスメイトとこれまで以上に仲良くするつもりは全くない。だから、学校での生活にはたいして変わったことはなく静かという表現が一番しっくりくるものになっていた。


 そんな平日を終わらせるとやっと夏花に会える日が訪れる。朝一番の面会時間に間に合うように家を飛び出して、慣れた足取りでバスに乗り込む。病院に向かっているとは思えないほどの軽快さで夏花の元へ急ぐ。


 病院という空間は清潔すぎてなんだか居心地が悪いと思ってしまっていたこともあったが、今となってはこの雰囲気にも少し慣れてきたように感じる。すれ違う看護師の人も俺が歩いているのを見つけると笑顔で挨拶を告げて、早く夏花に会いに行くようにと急かしてくる。それほどまでに、この病院に存在していることが定着してきているらしい。


 病室に訪れるといつもの様に静かに空を眺める夏花の姿があった。窓の外は今日も雲一つ無い晴天。それを見つめる夏花の表情はとても退屈そうなものだ。自分が外に出歩くことが出来ないのに、天気が良くてもいいことなんて一つも無いとでも言いたげな表情のようにも窺えた。


 静かに部屋に入ったから、俺が来たことには気が付いていないのだろう。夏花のお母さんが言っていたように今の夏花はとても辛そうなものだった。


「調子はどう?」


 夏花に気が付かれるより少し早く声を掛ける。夏花は凄く驚いた表情と共に精一杯の明るい声が返してくれる。


「病院にいるんだから、元気なわけがないでしょ」


 クスリと笑みを零して夏花は返事をしてくれた。病院に入院している夏花に聞くのは間違っていたかもしれないが、どんな話題を振ることが正しいのか分からなかったからこんな言葉しか出てこなかったんだ。


「ごめん……」


 謝ることしかできない俺に夏花は吹き出す。


「秋博は冗談が通じないなぁ。病院に入院しているから、今はとても元気いっぱいだよ。明日には学校に行っても良いかなって思えるぐらいには元気だよ。そんな心配しないで」


 俺が入ってくるまでは辛そうな表情だったが、今は明るいものに変わっている。夏花のお母さんが言っていたことは間違いではないみたいだ。その表情が見ることが出来るだけで今日ここに来ることが出来て本当に良かったと思う。


 それから俺達は数時間くだらない会話を楽しんだ。学校で起きたちょっとした事件とか、また光希が深冬先生に絡みに行き教室内の気温が急激に低下したことなどを話すと夏花はお腹を抱えて笑ってくれた。


 そうしているともうそろそろ帰り支度をしなければいけない頃合いになっていたので、俺はゆっくりと立ち上がる。


「秋博。ちょっといいかな?」


 俺が帰る準備を始めた頃に夏花は静かに名前を呼んだ。


「どうかした?」

「秋博にお願いしたいことがあるの」


 お願いという単語にどこか懐かしい感覚を覚えた。過去にも夏花にお願い事をされたことがあったはず、叶えてあげることが出来ることなら何だって聞いてあげたい。夏花を見つめて用件を聞く。


「秋博にはいわないでおこうと思っていたんだけどね。私はもうすぐ死んじゃうんだって……」


 お願いを聞いたはずなんだけれど、全く予想もしていなかった言葉が投げかけられた。そんなことは俺だって理解している。それでも夏花が笑顔でいられるように決して悲しい顔は出来ない。


「そんなことを言うなよ。俺はまだ夏花としたいことがいっぱいあるんだ」


 小学校の頃は話をすることでも精一杯だった。でも今はもう違う。俺と夏花は互いに互いを必要としている。だから、もっと夏花と様々な景色が見たいと心の底から願っている。


 俺の言葉にゆっくりと目を瞑って、首を横に振る。それは言葉を否定するもの。弱気な夏花の声にどうしようもない悔しさが込み上げてくる。



「今の私は秋博が思っているよりも症状が重いみたい。本当は秋博には弱い姿は見せたくなかったんだけれど、私はわがままを言いたくなっちゃったんだ。だからさ。私と一緒に屋上に来てくれないかな?」


 夏花はやっぱり強がっていてらしい。笑顔で過ごすことは並大抵の精神力では無かっただろう。


「屋上に行くのは良いけれど、夏花の体調は大丈夫なのか?お医者さんの許可とかはいらないの」

「大丈夫だよ。もう許可を取っているから安心して、最後まで私はやりたいようにやるって決めているからね!」


 夏花はニカッと笑みを零しながら自慢げな態度を見せる。その顔を見ているとなんだか俺まで笑ってしまった。


 夏花の体調が余計に悪くなってしまっては困ってしまうが医者にも許可をもらっているのなら問題は無いだろう。夏花の準備が出来るのを持ってから二人揃って病室を出て行く。


 以前よりも明らかに歩く歩調もゆっくりで元気がないことを物語っている。万が一にも何か起きたときにすぐにでも反応出来るように夏花の横に並んでゆっくりと屋上に向かって歩く。


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