第46話


 次の土曜日。俺は朝早くに目覚まし時計に起こされて、気合いを入れて準備を始める。朝食は母さんはが居ないから一人で済ませた。


 テレビに流れる天気予報のキャスターは笑顔で今日一日は晴天であることを伝えている。今日なら、チャリで病院に向かっても問題ないだろうけれど、母さんに言われたとおりにバスを使って病院へ向かうことにする。


 病院はいつものように人で溢れかえっている。受付に居る人達を傍目に俺は夏花の元に向かうことにした。病院の廊下を歩くのは数日ぶりだが、やはり慣れることはない。


 夏花の入院している病室の前で一度深呼吸をする。別に緊張しているわけではないが、夏花の様態が分からないから気になって仕方が無かった。ノックをして返事を待つ。


「誰ですか?」


 声はいつも通りの凜とした声だった。その声は普段の夏花と同じもので病院に入院していることが不思議なくらいだ。


「俺だよ。学校が休みだから、お見舞いに来たんだけれど……。大丈夫?」

「秋博!? 来てくれたんだね。ありがとう! もちろん、入って良いよ」


 許可をもらったので遠慮することなく部屋に入っていく。


 扉の先には、ベッドの上に座っている夏花の姿があった。この間は表情を見ることが出来なかったが今はカーテンが閉まっていないので、いつもと同じ笑顔を伺うことが出来た。


「久しぶり。秋博! わざわざ来てくれてありがとう。そこの椅子に座って」


 夏花が近くにおいてある椅子を指さして進めてくれる。それに頷いて椅子に腰を下ろしながら、夏花に言葉を返す。


「お礼なんて言わないでよ。俺は夏花に会いたかったから来たんだよ。むしろ、こちらがお礼を言いたいぐらいだよ」

「そう言ってくれると嬉しいな。病院じゃ、スマホは使えないし、話し相手もいなくてさ……。とっても退屈なんだよね。スマホがあれば秋博とも連絡を取ることが出来て、退屈をしないんだろうけれどなぁ……」


 深くため息を吐き出して、手持ち無沙汰を両手で表現している。確かに病院の中ではスマホの使用を禁じられているから、本を読むことか、お金を払ってテレビを見ることぐらいしか退屈をしのぐ方法は存在しない。


 病院は体調が悪い人が入院をするのだから、退屈をしのぐことなんて考慮されているはずがない。


「確かにスマホが使えればね。もっとお話ができるんだけど。でも、画面越しに話をするより、こうやって直接話が出来る方が俺としては嬉しいよ」


 少し前であれば、こんな言葉を言うことは出来なかったけれど、今はもう自分の思いをしっかりと伝えた後だ。思っていることを伝えることに何一つ躊躇はなかった。


 俺の言葉に夏花は満面の笑みを見せてくれる。夏花の体調が悪いのか分からない。これまでと同じように笑顔を向けてくれて普通に話もすることが出来る。顔色もすこぶる良い様子なので、入院していることが不思議になってくる。


「秋博も嬉しいことを言ってくれるね。なんだか前とは別人みたいだね」


 光希にも変わったと言われる今日この頃だけれど、俺としても少し意識しているからだろう。自分の思いは言葉に出さないと伝わらない。夏花には包み隠さずに関わりたいと強く思う。また、小学校の時みたいな失敗はもうしたくないから。


「夏花に隠し事とか秘密を持つとか、そういうことはもうやめようと思っているからね。夏花も俺に何かを秘密にするのはやめてくれよ。小学校の時みたいに何も知らないっていうのが一番恐いんだ」

「分かったよ。だから、そんなに悲しそうな顔をしないでよ。秋博が悲しい顔をしていたら、私まで悲しくなったから」


 自分の表情がどのようなものだったのかが全く分からないでいた。自分でも分からない間に俺の表情は悲しそうなものになっていたらしい。


 お見舞いに来ておいて、相手に心配を掛けるなんて、俺は何をしているのだろうか……。内心で自分のことを責め立てる。


「ごめん。そんなに悲しい顔をしていたかな?」

「うん。それはそれは深刻そうな顔をしていたよ。私には、秋博が言葉に出さなくても分かっちゃうんだからね。私に隠し事は出来ないから、覚悟しておいてね」


 クスクスと笑みを零す夏花に両手を挙げて降参の意思を見せてみる。夏花の笑みに釣られるように俺も笑ってしまう。病院にいるというのに俺と夏花の間には穏やかな時間が流れて、ゆったりと二人だけの空間で会話が続けられた。


 他愛もないありふれた会話が出来ることがこんなにも嬉しいことだなんて、少し前だったら考えもしなかっただろう。そんな時間はあっという間に過ぎ去っていく。一時間ぐらい会話に明け暮れていると良い時間になってきたようで、夏花の元に昼食が運ばれてくる。俺としてもご飯を食べなくてはいけないので、今日のところは別れを告げて病室を後にすることにした。


 帰り際に小さく手を振り「また来てね」と言ってくれた。その顔を見ていると離れたくないという気持ちが沸いてくる。


 また来週お見舞いに来ることを伝えると更に嬉しそうな表情を見せてくれた。


 帰るタイミングを見計らったかのように夏花のお母さんが俺の前に現れた。


「秋博君。来てくれていたのね。ありがとう。良かったら、お昼ご飯をご馳走させてくれないかしら?ちょっとお話をしておきたいこともあるから」


 お話をしたいことと言うのが何のことなのかが気になって、このまま遠慮をして帰ることは出来なかった。丁度聞いてみたいこともあったから、その提案を受け入れてついて行くことにした。


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