第38話
クラスメイト全員の活躍によって俺たちのクラスは比較的穏便に文化祭の準備を終了して、無事に文化祭当日を迎えることができた。
文化祭にはぴったりな晴天の天気模様の中。いつもと同じ時間に登校した俺は朝一番から教室の喧騒に驚かされる。普段であれば絶対に他の生徒はいないはずの時間にも関わらず、大半の生徒はもう教室に集まっていたからだ。
その中にはもちろん、このクラスをまとめてこの文化祭の準備を続けてきた七森さんの姿もある。今は最終準備のために少し忙しそうである。
教室内には色とりどりに花で装飾が施されていて、お客さんが使う丸いテーブルが複数と椅子が準備されている。
ここまで来てから気がついたことだが、今日はこの教室を使って出し物をするのだから、こんなにも早く学校に来ても俺のいる場所はないのだった。
特に与えられている役割もないし、一人でゆっくりできそうな場所に向かうため教室をあとにした。
ゆっくりできる場所なんてこの学校には一箇所しかない。ポケットから取り出した鍵を使って重たい扉に力を込める。
鈍い音を上げて開かれた扉の向こうからは、いつもと同じように生ぬるい風が通り抜けていく。無人のはずの屋上には、俺よりも先に同じ考えのもとここに訪れている人物がいた。
「おはよう。秋博」
扉の方を確認することもなく光希は俺に挨拶をしてくる。
ここにくるのは光希か俺ぐらいしかいないから、ドアが開く音がしたらどちらかが来たと判断することができるのだ。
硬いアスファルトに寝っ転がっている光希の横で俺も同じように空を見上げる。
「いつも同じ空を見ているけどさ。この景色の見え方も少しは変わってきたか?」
光希はぼそっと俺に問いかけをしてくる。その声はとても穏やかで優しいものだったが正直意味が理解できなかった。
「別に言うほど変わらないと思うけれど、なんとなく見上げているだけだから、深い意味とかはないし」
「そうかい……。俺はそうは思わないけどな」
空を見ることはたしかに多い。だからと言って見える景色が変わったかと言われればそこまでではないと思う。
「秋博は気がついていないだけだ。見え方や景色は絶対に変わっている。お前だって、去年ここの空を見上げた回数を振り返ったら、今のお前がいかに変化をしたか理解できるんじゃないか?」
光希をそう言いながら体を起こしている。俺はそれを脇目に自分の去年のことを振り返っていた。
「去年は確か……。2回ぐらいだったかな」
曖昧な記憶を振り返っても、思い出せるのは二回だけだ。学校案内の一回ともう一回は光希に呼び出されたときだった気がする。
「そうだよ。秋博は去年1年通して、悩みとかを抱えてここの空を見上げたことはなかったはずだ。それなのに、今年に入ってから秋博は自分からここに来た回数は何度目だ?」
「3回目だな」
振り返るまでもない。七森さんが転校してきてからここに訪れる頻度はグッと増えた。その答えを聞いた光希は小さく微笑む。
「ここに来て俺と話をするたびにお前は年相応の悩みを抱えている。なんにも興味を持っていなかった秋博の大きな変化だ。青春の短い時を謳歌している証拠だからな。きっと去年までの秋博と今の秋博じゃ、見える世界は見違えるように変わっているはずだ」
立ち上がった光希は屋上の入口に向かって歩きだしている。その後を追うように俺もまた立ち上がると、光希は思い出したかのように俺の方へ振り返った。
「久々に秋博の描いた絵を見たよ。とっても良かった。お前の絵はシンプルだけれど、人間味が溢れているから、俺も好きなんだよ」
「そうかい。まぁ、ありがと」
自分の絵を褒めてもらえるというのは悪い気はしない。少し恥ずかしい気持ちもあるがさとられないようにお礼だけ言っておいた。
「七森さんが困っていたから絵を描いたんだろう?」
「ああ、そうだよ。ていうか、光希が言ったんだろう。『なんか問題が起きたら秋博が手を差し伸べてあげろよ』ってさ。まさか、クラスで問題が起こることを知っていたのか?」
光希の周りを見る力が強すぎて未来予知ができるのかもしれないというのが、一番有力な考えだった。俺は至って平然に光希に訪ねたものの、なぜか光希は吹き出して笑い出す。
「ははっ!俺にそんな未来予知みたいな力があったらさ。もっと有効的に活用してるよ!秋博はあんまりこういうイベントに積極的じゃなかったから知らないだけだ。一見は順調そうに見えてもどこかで歯車は少しずつズレていくんだよ。それは確実にだ。絶対に狂わない計画なんて存在していない。だから、俺は忠告をしておいただけ」
たしかに俺は文化祭に真面目に取り組んだのは今回が初めてだ。去年までも問題が起きていることは知っていたけど、興味がなかったから放っておいた。
今年は七森さんが進めているから大丈夫だと思っていた。俺と光希はやはりレベルが違ったらしい。
「歯車がズレるね」
光希の行った言葉の一部を切り取って復唱していた。どうにも心に引っかかった表現だったからだ。今の俺の状態は比較的に順調と言えた。
それでもあまりそのことは気にしないで、少しずつ賑わい出す校内に向けて足を進めた。
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