第35話

 誰も邪魔をしてくることのない自分の部屋で、ベッドの上に寝っ転がりひたすらに考える。ポスターのデザインなんて請け負ったのはいいものの、よく考えたらそんな知識はないし、得意なわけでもない。だから、こうして寝っ転がってデザインの案を頭の中で考えていた。


「どうするかな……」


 かれこれ小一時間はこうして過ごしているが、碌な案は生まれてこない。気を抜いたらそのまま睡魔に飲み込まれて、寝落ちして明日を迎えてしまいそうだ。


 偉そうに請け負っておいて、何もできていないで学校に行ったら、格好が付かない。そんな最悪を避けるために、俺はベッドから起き上がり机に向かうことにした。


 アイディアが全く思い浮かばないときに絵を描くなんて経験はこれまでにしたことはない。昔はお願いされたものや自分が描きたいと思うものがないときは描いていないからだ。


 自分が昔どんな絵を描いていたのか、あまり思い出すことができない。それを思い出すために昔に封印したスケッチブックを引っ張り出していた。


 少しホコリを被っているものの。あのときのまま、スケッチブックは眠り続けていた。ほとんどの絵は書いたあとすぐに七森さんにプレゼントしていたから、あんまり残ってはいないけれど、少しだけスケッチブックの中に残っている。


「景色の絵ばっかり描いているな。俺は」


 人物は一人も写っていない景色の絵ばかりが続いている。だが、よく見ると絵の中には共通点が存在している。それは、花だ。


 どんな景色の絵にも必ず一輪の花が咲いている。それはきっとあの頃の自分が七森さんのために絵を描き続けようとした証拠だろう。正直に言うと花には詳しいわけではない。


 七森さんがお願いしてくれて、描いた花たちの名前も覚えてはいないけれど、今もまだその花たちの様子は頭の中に鮮明に映し出すことができる。


 どうやら難しく考えすぎていたようだ。完璧な人間ではない。できないことはどう頑張ってもできない。だから、いくら考えたって描けないものは描けないのだ。


 だから、描けるものを全力で描くことにする。


 夜の10時過ぎに俺はそんな考えに行き着いて、スケッチブックを開いてペンを手にとった。


 果たしてどれだけの時間が経過したのだろうかと、時計にちらっと目を向けると針はもう2時を指していた。あまりにも集中していたものだから、日を跨いでいたことには全く気がついてはいなかった。


 時計を確認したのは、描いていた絵が完成の目処が立ったためだ。これ以上続けてしまうと翌日の活動に支障が出そうなので、ベッドに倒れ込むようにして眠りについた。



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