第32話

 6月になると学校中が雰囲気を変え始める。その理由は、夏休み前に行われる文化祭が原因だ。普段は部活に明け暮れている生徒達までもが、文化祭の時だけはそちらを優先する。バスケ部員に関しては別の話だが……。


 それが理由でクラス内も少し浮き足立っているような感じがある。俺は去年もあまり関わっていないから、正直今年も適当に流しておこうと思ったのだが、どうやらそれは許されないようだった。


「榊原君!文化祭だよ!文化祭!」


 隣の席の七森さんはいつにも増して明るい声で文化祭をアピールしてくる。


「そうだね。文化祭だ。まぁ、あと一か月も先のことなんだけれど」


 一か月間、クラス内はずっとハイテンションな状態で様々な思惑が行き交い十人十色の思い出を残すのが文化祭だ。ただ、俺は平常通りのテンションで運行しているため、それでさえ普段からテンションの差があるのに余計その差が広がってしまう。


「たった一か月しかないんだよ?これから、クラス内で話し合って何するかを考えて、全部自分たちで準備をする。そう考えたら、一分一秒も無駄には出来ないと思わない?」


 去年の文化祭の出し物は、クラス内カースト上位の人達がお化け屋敷を異常なほど押してきて、その人達に逆らうことは出来ない俺達は特に反論することなく。お化け屋敷に決定された。


 まぁ、そこからが地獄だ。上位カーストメンバーは碌に手伝いもせずに、頑張って衣装や小道具・大道具を作った生徒にいちゃもんばかり付けて、去って行く。


 それでも、挫けないで必要な道具を作りきった係の人達には本当に尊敬しかわいてこないよ。俺はとくに話し合いにも参加せずに傍観していただけだから、あまり、嫌な思いもしていないけれど、やっぱり見ていて楽しいものではない。


 今年も去年と同じように傍観に徹する予定でいたが、七森さんがこの調子では裏方で働くことにはなるだろうと覚悟を始めた。


「文化祭に気合いを入れて準備をするなら、一か月の準備期間じゃ足りないだろうな。でも、このクラスが何をやるかはまだ決まっていないんだから、適当な展示とかにしておけば、準備も楽で時間も言うほど掛からないから大丈夫だと思うけど」

 

 大きなことを企画するから手間が掛かる。立案者にやる気があるなら、それでも問題は無い。しっかり統率を取ってクラスで一致団結して、大きな企画を成し遂げるなんて素晴らしい学校生活の思い出になるだろう。


 ただ、クラス内をまとめることが出来ないなら話は別だ。身の丈に合った簡単な企画を立案することが最善策と言える。


 そんな俺の意見を聞いていた七森さんは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。また、俺は変なことを言ってしまっただろうか。


「もしかして榊原君さ。クラス内のメッセージグループに入っていないの?」


 七森さんは自分のスマートフォンを触りながら問いかけてくる。クラス内のメッセージグループがあることは知っていた。だけど、入る必要が無いと思っていたから、光希にも誘われたが断ってきた。


「うん。別に入らなくても良いかなって思って、断ってきたよ。別に誘われていないわけじゃないよ……」

「そっか、それじゃあ知らないよね」


 俺の言い訳には特に触れないで頷いた七森さんはスマートフォンの画面を突きつけてくる。そこに映っていたのは土日にかけて忙しなくやりとりを繰り返してきた履歴だ。それを目で追うとそれに合わせて画面を下へとスワイプしていってくれる。


 内容は文化祭のクラス展示をどうするのかという議論だ。光希と七森さんが中心に会話が展開されていて、それに興味を持った他のクラスメイトが意見を挙げるという形で賑わっていたようだ。


 そして、このメッセージグループではもう内容が確定しているらしい。


「喫茶店?」

「そうだよ。私が提案したんだけれどね。私さ、引っ越しした後。お父さんのお店を手伝っていたんだ。そこで得た知識を活かせないかなって思って」

「お店の手伝いって喫茶店でも始めたの?」

「違うよ。お父さんのお店はお花屋さん」


 俺はハッと驚かされた。七森さんはあの時に言っていた夢をすでに叶えていたようだった。俺はあの頃の夢に一つも届いていないというのに、本当に七森さんには適わないことを痛感させられる。


「お花の知識だけは誰にも負けない自信があるよ。折角だからその知識を生かしたことをしてみたいと思ってね。お花をテーマにした喫茶店を提案したんだ。良かったら、榊原君も手伝ってくれないかな?」


 昔の俺だったらノータイムでこのお願いを断っていたと思う。自分から苦労する道を選ぶなんてあり得ないから。みんなで何かを成し遂げることに一つも魅力を感じることができなかったから。でも、今の俺は違っていた。


 不安そうな表情で訴えかけてくる七森さんを見てしまったからだ。その表情を見てしまっては断るなんて選択肢を選べるはずがなかった。


「俺にできることがあるなら声を掛けてくれ。あまり得意なことはないけれど、雑用ぐらいなら出来るはずだから」


 クラスメイトには役割が与えられているらしかった。それぞれの得意なことを考慮して光希と七森さんが分担を作ったみたいで、それが理由で今日のクラス内はいつもより少し騒がしくなっている。


 自分だけ知らなかったことは凄く悲しかったが、グループに参加していなかった自分が原因なので、どうしようもない。


 それにしても、流石は光希と七森さんだなと思う。このクラスは綺麗にまとまっているように見える。普通だったら、少しの対立が現れたり、やる気のない俺みたいな奴が現れたりすると思うのだが、そのような人は一人もいなかった。


「ところでさ、よくこのクラスをまとめ上げてるな」


 どんな力が加われば、ここまで穏便に物事が決まるのかが気になった俺は何気なくその方法を聞いてみることにした。


「私はあまり何もしていないよ。大原君がみんなの得意な役割が行き届くようにセッティングして、ひとりひとりにお願いしに行ってくれていたみたい。言ってくれれば、私も手伝ったんだけどなぁ」


 なんとなく想像は出来ていたが、やはり、光希の力が大きいらしかった。学校内のカースト上位に頭を下げられたら、断ることも出来ないだろうな。まぁ、光希であればカーストとか関係なしに人を動かしてしまうだろうけれどね。


 あいつはそういう人を動かす力が凄く強いし、普段から人懐っこい性格をしているから。


「へぇ、光希らしいな。でも、あいつはバスケ部の方は大丈夫なのかな」


 鬼顧問がついているバスケ部員には文化祭の準備期間は存在しないと聞いたことがある。それなのに、文化祭の準備に参加するのはもう正気の沙汰ではない。


「大原君は裏方しかやらないから後は私が頑張る番だよ。とは言っても、もうある程度、内容が決まっているから問題が起きない限り大丈夫だと思うけれど」


 クラス内の役割分担は完璧と言っても問題は無いだろうから。


 そう考えると俺に出番はもう無いような気がしてきたが、まぁ、それは一旦置いておくことにしよう。クラス内もいつもより活気に溢れているのだから、それに水を差すことはするべきではない。


「もしも、俺にできることがあれば言って、出来るかぎりの手伝いはするから」


 そう言って俺達はこの話を終えたが、自分の一言が後にどんな影響を及ぼすのかなんて、この時は全く気にしていなかった。



  


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