第31話


 一緒に登校したときは、普通に話をすることは出来たがやはり、メッセージに返信が無かったのはどうしても頭の片隅で引っ掛かっていた。


 こんな時は、人生経験が圧倒的に俺よりも豊富な奴に聞いてみるしか無い。できることなら、教えたくはないが何せこんなことを話すことが出来る相手は一人しかいない。


 その相手は校内でも人気者なのに、いつも一人で昼食を食べている。教室の自席で食べていることもあれば、空いている教室を勝手に使って一人の時間を過ごしている。


 俺は購買で自分の昼食になるチョココロネとコーヒー牛乳を購入して、相談相手がいる場所を目指す。


 普段人が居ない場所は、屋上と理科準備室だ。その理由は鍵が掛かっているからだ。普通の生徒であれば先生に声を掛けなければ入ることは出来ない。七森さんを案内したときにも、深冬先生に事情を説明して鍵を貸して貰ったのだ。


 俺が今向かっているのは、鍵の掛かった場所の一つである屋上だ。


 屋上の扉の前で足を止めて、ポケットに手を突っ込む。手に当たる金属の感触がありそれを引っ張り出す。


 光希は何故だか知らないが屋上の合鍵を持っていたのだ。それも一つだけではなく二つ持っていて一つを俺に預けてくれている。


 何故鍵を持っているのかは深く言及していない。


 扉の鍵を力強く開けると生ぬるい風が駆け抜ける。誰もいない空間のはずなのに屋上の堅い床で寝っ転がっている人がやはり居る。


「ゆっくりしているところに失礼するよ」


 寝っ転がっている光希の横に腰を下ろす。俺が現れたことに気が付くと、すぐに光希は起き上がる。


「どうした?自分から俺のところに来るなんて珍しいな。明日は雨が降るかもしれないな。やめてくれよ。明日も練習があるんだ。雨が降ったら辛いんだからな……」


 大きくため息をつく光希。嫌み節をいってはいるものの、ちゃんと話を聞こうとしてくれている。



「別に俺の行動じゃ、天気は変わらないだろう。それに雨が降ったら練習中止になるんじゃないか?」

「ないない。雨ごときであの鬼顧問の練習が中止になると思うか?」


 苦笑いを浮かべている光希だ。バスケ部の顧問が鬼ということを忘れてしまっていた。光希だからこそ、ヘラヘラとして教室内で過ごしているが、他のバスケ部員は死んだ目をして授業を受けている生徒もいる。


「そうだったな。忘れてた。でも、明日は晴れみたいだから安心して過ごしてくれ」

「ああ、そうか。ところで、今日は何の用があってここに来たんだ?俺と雑談しに来たわけじゃないだろう」


 そうやって用件を促してくる光希の横で俺はおもむろにチョココロネに口を付ける。


「っん。相談というか何というか。光希はよくメッセージアプリを使うだろ?」


 光希は俺とは正反対の世界に住んでいる住人だ。メッセージアプリの友達の数なんて俺とは比べものにならないくらいに多いだろう。


「なんだよ突然。まぁ少なくはないよ。クラスのグループとかバスケ部のグループとかにも入っているから。秋博も急にクラスのグループに入りたくなったのか? それなら俺が招待を送るぞ」


 光希は何か勘違いをして懐からスマートフォンを取り出していたから、慌ててそれを止める。



「別に俺がグループに入りたいとか言うと思うか?今更クラスのグループに入ったところで辛いだけだよ」


 どうせ、俺絵の陰口とかも言っているだろうから、自分から悪口を聞きに行く必要も無いし、誰かと話題を合わせる必要性が見つからない。


「まぁ……。それは分かっているけどよ。だったら、なんで俺にいきなりそんなことを聞いて来たんだよ」


 俺がグループに入りたいなんて言うはずがないことを分かっていたのだろう。光希は小さくため息を吐いた。


「それが……」


 俺が昨日の夕方からよるに掛けての出来事を掻い摘んで説明する。


 チョココロネを食べ終わる頃には説明の方も終了した。最後に一緒に買ってきたコーヒー牛乳を口に含む。


「へぇー」


 俺の話を一通り聞くと、光希はもの凄く嬉しそうな顔をして相づちを打っている。


「あの秋博が自分から動き出すとか。マジで、明日には世界が終わってもおかしくないな」

「うるさいな。昨日のことなんだから、終わるとしたら今日世界が終わっているだろう。まだ終わっていないんだから、俺の行動は関係ないよ」


 俺の行動一つで天気が悪くなったり、世界の終わりを疑われたりと、俺にどれだけの影響力を感じているのだろうか。


 光希に対して抗議を申し立てるがあんまり聞いていないようだ。


「で?俺に相談したいことってあれか。返事が来なくて不安なんだけれど、どうしたら良いのってことだろ?」


 ちょっと俺を小馬鹿にしたような感じで真似をしているが、言っていることは間違ってはいないので、無駄に反応をしないで、肯定を表す頷きをする。


「なんかさ、以外だよな。中学で誰にも興味を持つこともなく過ごしてきた秋博がそこまで積極的に動いて、相手の様子を伺って悩んでいるんだから。俺の知っている秋博はクラスメイトはどうでもいい。人への気遣いとか考えるのは面倒くさい。そういう感じだったからさ」


 昨日少し説教してきて、少し変わったら意外と言われる。中々難しいものだと思う。


 自分でさえ、何故こんなに必死になってしまっているのか、分かっているわけではないが、昨日光希に言われた言葉が俺の背中を強く押してくれているような気がする。


『悔いを残さないようにしないと、奇跡は二回も訪れないからな』


 俺と七森さんの再会は奇跡だ。人によっては大げさだと思う人も居るかもしれないが、俺はあの時のように隣に座ることが出来ているのは、紛れもない奇跡であって、光希の言うとおり、この奇跡を逃してしまうと、もう俺の番は回ってこないと心のどこかで理解している。


「俺だって、分からないよ」

「俺としてはさ、変わってくれることは嬉しいし、良いことだと思うぞ。だから、どっちでも良いけどさ。お前がうじうじして行動を起こせないなんてことはやめろよ。秋博は思ったことがすぐ言葉に出るところもあるが、俺から言わせて貰うとそれだって凄く良いところだと思うから」


 ため息をついている光希は俺にそんな助言をしてくる。そしてそれに付け加える。


「一個だけ助言をすると、お前が思っているような心配は無いから、安心してこれまで通り過ごしてくれていいと思うぞ。だって今朝は普通に話をして過ごすことが出来たんだから、問題は無いよ。強いていうなら、そのメッセージが来たときに本当のことをいえば良かったと思う」


 アドバイスはしっかりとしてくれているのだけれど、最後の言葉には少しとげがあった。言われなくてもあの時に曖昧な返事をしなければ良かったことぐらいは分かってはいる。


 俺の悩みは光希からするとそこまで重く考える必要のあるものではなかったらしい、それが分かっただけでも良かったということにしよう。


 スマートフォンを取り出して時間を確認すると、もうじき昼休みも終わろうとしていた。


 心地よい空気が流れる屋上に別れを告げるのは名残惜しいが、深冬先生に叱られることを考えるとその気持ちもどこかへ吹き飛んで行ってしまう。


 光希にお礼だけ告げて、その場から立ち上がり、屋上を後にしようとドアノブに手を掛けたとき、後ろから声が響いてきた。


「なんかあればいつでも言えよ。早朝でも深夜でも相談には乗ってやる。それぐらいしか出来ないけどな」


 最後にそんなことを言ってくれる光希はやはりどこまでも優しい奴だと思う。友達なんて必要性を感じていなかった時期もあるが、こいつだけは友達でいてくれて本当に良かったと思う。俺が女子だったら間違いなく惚れているね。


「ああ、ありがとう。俺は教室に戻るけれど、光希も遅れないようにしろよ」


 照れくさくなりながらもお礼を告げて屋上を後にした。光希にも遅れないようにとは声を掛けたがあいつはきっと遅れてやって来るのだろう。そうして、深冬先生に咎められるのは俺のクラスでは恒例行事のようなものだ。


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