第30話

  

 休みというのは時間の流れが変化するようなしようにでもなっているのだろうか。全人類がきっと一度はそんなことを思うことがあるはずだ。


 俺もその輪から外れることなく、休みが明けてしまったという現実をつき付けられながら、いつものように人の気配も感じられない通学路を歩いている。


 空の色は満点の青。それに反比例するように、俺の気分はどんよりとした曇り模様だ。可能ならば、学校を休んでやろうかと思ってしまうぐらいの気分だった。休むことは母さんが許してくれないけれど……。


 なにも、嫌いな教科があるだとか、クラス内にいることが辛いとか、そんなたいそうな理由ではない。


「やっぱり、俺がなんか悪いことを言ったのかな?」


 一度立ち止まってスマートフォンの画面を確認して、ぽつりと呟く。


 立ち上げたメッセージアプリの記録は俺の文で止まってしまっている。既読マークは付いているから、見ていないととうことはないと思うのだが……。


「あーーー。行きたくないっ!」


 その場にしゃがんで頭を抱える。オマケに大きな声まで上げる。ここはどうせ俺ぐらいしか歩いていないのだから、多少子供っぽいことをしていても、バレることはないはずだ。


 高校二年生になってメッセージに返信が無いから学校を休みたがっているなんてバレたら、俺の学校での存在を綺麗さっぱり抹消されてしまう。それなら、まだ良い方で最悪の場合は全校生徒に知れ渡り、周りの奴等は陰で俺のことを冷笑するのだろう。


 光希はいつも通り直接俺のことをいじくり倒してくるだろうけれど。


 もういっそのことこのまま学校をサボってしまおうか。そんな悪いことをしゃがみこんだまま考えていると、天罰を食らった。やっぱり、悪いことを考えるのは良くないことなんだな。


「榊原君?そんなところで何をしているの?具合でも悪いの!?ど、どうしよう……。あ、きゅ、救急車を呼ぶね!」


 そう一人しかいないと思っていたのに、何故か一番会いたくない人が何故か目の前に立っていたのだから、天罰と言っても遜色はないだろう。


 慌てた様子の七森さんは今にも救急車を呼ぼうとスマートフォンを手に取っていた。俺は慌てふためきながら、その行動を止める。


「待って!何でも無いから、救急車は呼ばなくていいから!」


 俺の声で七森さんはスマートフォンから手を離した。ひとまずは危機は去ったようだけど、ここからが本当の試練だ。


「榊原君。大丈夫ならいいんだけれど、こんなところでうずくまって何をしていたの?」


 やはり聞くことはそれだよな。俺はいつまでも醜態をさらしているわけにも行かないので立ち上がり、普段通りに振る舞う努力を始める。


「ちょっと、今日の授業のことを思い出すと胃が痛くなって……」


 メッセージに返信が無くて落ち込んでいましたなんて言うことは出来ない。それっぽい理由を並べて誤魔化すことを試みる。


「そうなの?榊原君も胃が痛くなるようなことがあるんだね。いつも自分の意志を貫いているから勉強ぐらいで胃が痛くなるなんて意外」


 確かに自分で誤魔化すために出したことなのに、七森さんの指摘に心の中で深く頷いてしまっている自分がいた。


 勉強ぐらいで胃が痛くなるなんて自分でも無いと思う。最悪勉強で多少後れを取ったところで人は死んだりしない。だから、授業を不安に感じることなんてあり得ないことだ。


「お、俺だって、そういうことだってあるさ……」

「そうなんだね。分からないことがあったら私に聞いて、数学で助けて貰う分のお返しはするからね」


 そんな風に満面に笑みを浮かべている七森さんは俺が無事だと言うことを理解したからか、学校の方へ向かって歩き出す。


 俺も学校を休むという選択肢がなくなってしまったので歩き出すことにした。


 通学路で出会ったと言うことは向かう先は一緒ということだ。つまり俺は今、七森さんと一緒に登校している。まるで、夢のようなシチュエーションだと思うが、頭の中はメッセージアプリの件でいっぱいだった。


 七森さんは全く気にしていない様子で、週末にテレビでやっていたバラエティー番組の話をしている。おすすめされたから、とりあえず、流してはおいたが魅力をいまいち理解出来なかった。


「やっぱりさ、ドッキリの番組って面白いよね」


 チラリとこちらを伺いながら、七森さんは尋ねてくる。


「見ている分には良いけどな。もしも、自分にも降りかかったらと思うとさ。どうにも素直に楽しめないな」


 七森さんがおすすめしてくれたのはドッキリの番組だった。芸能人達がリアリティーのある話を真に受けてしまう姿はドッキリと知っていて見ている視聴者側からすると面白いかもしれないが、どうにも俺は楽しめなかった。特に余命を宣告されるドッキリは見ていても一切笑うことが出来なかった。


「確かにね。まさか自分がドッキリを受けたらなんて考えたら、素直に楽しめないかもしれないね」


 七森さんは小さく笑っている。普通の会話であれば、面白かったか聞かれたら、話を合わせるために頷くべきなんだろうと思うが、光希と話をしているときのように遠慮しないで思ったことを言葉に出してしまう。


 それでも七森さんはそこまで嫌な顔をしていなかったので、内心ホッと一息ついていた。


 そんな話をしているとあっという間に学校に到着していた。俺が学校に来るのは大抵一番乗りだが、今日は同着だった。俺達はまだ誰も来ていない教室に向かって、それぞれ自分の席に座るのだった。


 ところで、なんで七森さんはこんなに早くから学校に登校しているのだろうか。一つの疑問が生まれてチラリと隣の様子を伺うが、真剣な趣きで数学の問題を解いているようだったので、声は掛けないで、鞄から数学のノートを取り出して勉強を始めることにした。


 早朝の教室は静かで、会話は存在しないが、ペンの走る二つの音だけが木霊していた。


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