第26話

「秋博~!昨日はどうだった?あの後」


 翌日。いつも通り教科書を捲っていた朝に、嫌にテンションが高い光希に声を掛けられる。鬱陶しいと無視を決め込むことが出来たなら、どれほど楽だっただろうか。でも、無視を続けるとより派手に高いテンションと声で俺の言葉を引き出そうとしてくる。


 そんなことをされたら、クラスメイトが興味を持ち始めるだろうから、できる限り穏便に済ませたいのが本音だ。


「なんにもなかったよ。別に……」

「本当か?秋博が誰かと一緒に下校するとか前代未聞なことが起きておいて、その後には、何も起こらないとかありえないだろう。連絡先の交換ぐらいはしたよな……?」


 光希は朝からどんな話題を求めているのだろうか? 自分から聞いておいて回答を聞いた途端、何かを不安に感じたのか。頭を掻きながら訪ねてくる。


「そういえばしてないな」

「してないのかよ! お前、折角一緒に下校したってのに……。何をしてんだよ」


 光希に聞かれるまで連絡先を交換するという概念が頭にはなかった。俺が持っているスマートフォンという名のゲーム機にオマケ程度にインストールされているメッセージアプリはほぼ機能していない。母親と光希しか登録されていないことが主な原因。


 普段使用することはないから、存在していることすら忘れていた。


「何してたって、何もしてないけれど」 

「そういうことじゃないだろう」


 もうお手上げというように両手を挙げて、光希は自分の席にだらりと腰を下ろす。昨日のことを思い出しても、別に特段光希が喜んで聞きそうな話題は存在していない。


「ただ、きちんと話は出来たかな」


 俺が唯一提供出来る話をしてあげたのに、チラリとこっちを振り返っていた光希は項垂れていた。


「お前さ。そんなことで喜んで、付き合い始めたら、心臓が爆発して死ぬんじゃないか?」

「はぁ? 何だよ急に、そんなに喜んでいないだろう。それに付き合うとか……」


 光希の反応にイラッとした俺は思いっきり言い返していた。その声を聞いて再び顔を上げたけれど、俺の顔を見て吹き出して笑う。


「はは!お前、そんなに真っ赤なトマトみたいな顔でさ、さっきのことを真顔で言われたら、俺じゃなくても笑うから、俺は正常だよ」

「うるさいよ。仕方ないだろう碌に人と話すことが無いんだから。女子と普通に話すのなんて、何年ぶりだと思っているんだよ」


 言い訳を聞くと光希は呆れた様な表情を浮かべている。どうせ、嫌みでも考えているんだろう。幸いまだ隣の七森さんは登校してきていない。来るまでにはこの話題を切り上げなければいけない。


「夏花ちゃんだろ? あの頃みたいに呼べば良いじゃんか。呼び方を変えたら、色々変わるかもしれないぞ? 」

「無理だな」

「じゃ、自分から連絡先を聞くのは? 」

「無理だな」

「デートに誘え! 」


 大きく首を横に振る。先程から光希があげる提案は難しいものばかりだ。大体、何故こんなに必死になって色々と提案してくるのかも、分からない。


 ハイパーリア充の光希には全て簡単なことかもしれないけれど、俺にとっては難題ばかりだった。質問に答えるだけでも、ドキドキだというのに。というか、最後の提案なんて適当すぎるだろう。


「秋博。折角再会出来たんだからさ。もっと、大切にした方が良いよ。また、あの時みたいに突然いなくなるみたいなことがあったら、どうするんだ? 小学生の頃とは違って、もう人との接し方も多少は理解してるんだろう? ちゃんと悔いを残さないようにしないと、奇跡は二回も訪れないからな」


 今の光希はどうやら大人モードになっているようだ。ふざけ倒している時とは声の色が違う。そうして、このモードの時に適当なことを言うと必ず怒られてしまう。


「俺はまだ分からない。自分がどうしたいのか。あの頃の約束を守れなかった俺が平然とした顔で七森さんと話をしていて良いのか。分からないんだよ……」


 一つの約束を果たすことが出来なかったことは、俺の心に罪として深く焼き付いている。それに今の俺には唯一の接点であった絵もない。


「俺は七森夏花じゃないから、正しいことは分からないけどさ、少なくとも秋博よりは分かることがある。嫌っているなら、自分から話したり、罰ゲームとか言って一緒に帰ることを提案したりはしない。秋博だって、興味の無いやつに話し掛けたりはしないだろう。だから、向こうさんも何かしらの思いがあって、接してくれているんじゃないか?それにさ……」

「なんだよ?」


 一瞬の間があってそれが嫌に不気味でたまらなかった。


「秋博は好きなんだろう? あの頃からずっとさ」


 俺は思わず開いていた教科書を勢いよく閉じていた。


「……。たぶん」


 嘘を並べたところで簡単に見破られてどやされるのが良いところだ。確かに光希が言っているように俺の好意はあの頃と変わってはいない。だが、それを伝えられるかと言えば、それも不可能だ。


 勉強をする気は無くなってしまったので、閉じたついでに教科書は一旦机の中にしまっておく。その間も光希の大人モードの説教は終わることはない。


「昔の約束をお前だけが引きずっているなら、さっさと謝って仲直りしたら良い」


 光希の言っていることは間違いではない。でも、それが出来るならこんなずるずると過去のことを引きずったりはしない。


「今は無理だよ。そのことを引っ張り出して謝ったりしたら……」

「思い出して本当に嫌われる。だろ? 」


 俺の言葉を最後まで聞くことはしないで、続けようとした言葉を光希によって告げられる。相手の心を読み取る能力でも持っているのかと疑いたくなる精度で言葉をコピーしていた。


「ああ、今はきっとあの頃の約束は覚えてはいないはずだ。あえて話題に出して、思い出した瞬間に幻滅されたら、マジで俺学校来られなくなるからな」

「まぁ、学校に来られなくなったら、俺が差し入れを持って遊びに行くから安心してくれ。とりあえず、秋博の考えは分かったよ。そういう考え方もあるだろうから、これ以上無茶な提案はしないよ。ただ、いずれ、面と向かって謝った方が良いと思うぞ。お前の後ろめたい気持ちなんてすぐ感づかれるから」


 最後に俺に対して助言を残すと大人モードは終了して、いつも通りのおどけたような空気を放ち始めるのだった。


 そうして、まもなくして深冬先生がやって来て、七森さんの欠席をクラスに伝えた。



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