第21話

 時間はあっという間に流れていき、テスト当日を迎えた。教室内の空気はピリピリとして張り詰めている。中にはもうテストに対して諦めている生徒すらいるぐらいだ。


 だが、俺が話をする二人は余裕な空気を醸し出している。ちなみに、俺もどちらかと言えば余裕があるグループだ。数学はもちろんだが、それ以外の教科に関しても、最低でも平均点を取れるように勉強はしている。そうともなれば、テスト期間は何も恐いものではない。むしろ早く帰ることが出来る分、得をしているような気さえしてくる。


「みんな。今日からテスト期間だけれど、しっかり準備は出来ている?」


 深冬先生のいつも通りの凜とした鋭い声で問いかけがひとつ。俺は余裕綽々で頷いていると、隣の席から声を掛けられる。


「秋博君は余裕な表情だね。100点は確定かな?」


 七森さんには悪いけれど、俺はこの勝負で負けるつもりはまったくない。深冬先生のテスト対策は万全だし、正直に言えば、次のテスト範囲までもう対策済みだ。だから俺には死角はない。どこからでも掛かってこいという感じだ。


「七森さんには、申し訳ないがこの勝負、俺が負けることはない。あっても引き分けだ」


 俺が自信満々で勝利・引き分け宣言をしていると、七森さんはクスッと笑って反論をしてくる


「そうかな?テストって何が起こるか分からない物。私は勝つことを諦めていないよ。負けた時の約束は覚えてる?」


 どうやら七森さんも本気でこの勝負に挑もうとしているらしい。その瞳からは負けるという雰囲気は一切感じられない。この学校に来てから初めてのテストだというのに、本当に凄い自信だと思う。


「覚えているよ。勝ったら負けた方に一つお願いをする。ただしあまり刺激が強すぎるのはNGだろ」


 俺が約束の内容を正確に答えたことに満足そうに頷く。


「ということで、お互いテスト頑張ろうね」


 小さくガッツポーズをしている姿は、俺にとって十分に刺激的な仕草であった。そんなことはお構いなしで、七森さんは前に向き直っている。


 退屈なテスト前の深冬先生の話を話半分で聞いていると突然、深冬先生は俺に対してご指名で忠告をしてきた。


「一つだけ、榊原君に言っておきます。今回のテストは絶対に満点は取らせませんから」


 1年間に4回行われる定期考査で数学のみ全て満点をキープしてきたことで、深冬先生の闘志に火が付いてしまったのだろうか。なんだか、含みのある笑みを浮かべている。


「今回の数学のテストは最終問題だけレベルを異常に高く設定しました」


 深冬先生の秘策はレベルの底をあげる物だったらしい。俺はそれぐらいなら想定内だから、小さく息を吐いて、一安心をしていた。



 周りの生徒は絶望の雰囲気を醸し出している。中には俺に対して恨み節をいっている生徒もいるようだ。実際俺が原因で一問とは言えレベルが上がってしまったのだから何も言い返すことは出来ない。


「安心してください。最終問題はみんなにとっては、ラッキー問題になる可能性もあります」


 教室を取り巻く空気を払拭するために深冬先生は詳細を説明し始める。


 数学において、ラッキーで正解出来る問題など存在はしないと俺は思っている。一つ一つ正しい手順を踏んで計算をしていけば間違いを犯すことなんてありはしないからだ。


 だから、深冬先生の言っている意味が分からなかった。ラッキー問題というなら普通は簡単な問題を意味するはずだ。


「最終問題の配点は一点。レベルは測定不能。一つだけ言うと、この問題を作った後に私は校長に呼び出されました。『なんだ、この問題は……?』と校長も苦戦するほどの問題です。なので、四択問題としました。運が良ければ、誰でも当たる可能性があります。ラッキー問題ですね」

「マジかよ……」


 準備は万端だったとはいえ、ここまで言われると少し心配になってくる。校長に呼び出されるような問題とはどんな物だよ。しかもよりによって、点数で勝負をしているときに限って、こんなイレギュラーが起きるのだろうか……。


「秋博君、分からなくなってきたね。四択問題なら、私にも勝ちの目が生まれてきた」


 七森さんはこうなることを知っていたのだろうか?全く驚いた様子もなく受け入れていた。


「確かに、少し分からなくなってきたな。でも、四択問題でも、計算して回答すれば、運には左右されない。数学の問題であれば、俺は間違えないはずだ。多分」


 今までに無いことに少し動揺してしまったが、計算して答えを導くことが出来るのだから、四択問題は運では無い。全く分からない人でも、適当に選んで回答出来ると考えれば、ある意味ラッキー問題なのかもしれない。


 そんな深冬先生の説明をテスト前のホームルームで教えられた。その話が終わると、空気が完全にテストモードに切り替わる。


 机の上にテスト用紙が配られて裏返されていて、これをひっくり返した瞬間に戦いが始まる。数学のテストでこんなにも緊張感を持ったのはいつ以来だろうか?こんなことを考えている時点で深冬先生の術中にハマってしまっているような気がする。


 そして戦いの合図を告げるチャイムが校内に鳴り響く。その音に合わせて、先生はテスト開始の言葉を言い放つ。


 一斉に紙を捲る音がなる。この学校にいる全校生徒の戦いの火蓋は下ろされた。



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