第20話
「秋博ー!来週テストだー。数学だけで良いから助けてくれ!」
今日も朝から賑やかなやつに絡まれる。いつも通りの時間に教室にやってきた光希は開口一番に救助依頼を出してきた。俺は数学のノートを眺めていたのだけれど、それを一度閉じて、机の横に掛けてある鞄から一冊のノートを取り出す。
「これだよ。これ!おれはこれを求めていたんだよ。俺はもうこのノートがなければ生きていけねぇ!」
俺から引っ手繰る勢いでノートを取ると抱きしめるようにしている。そういう仕草をこいつがやったところで誰にも需要はないだろう……。
「おいおい。別にこれを作るのは良いけど、大学受験とかは俺は教えられないからな?分かってると思うけれど……」
光希にはなんだかんだ言ってお世話になっているから、テスト対策を手伝うぐらい苦ではない。ただ、来年も同じクラスで居られる確証はないし、大学受験に関していえば、俺では教えることが出来ない。俺自身も勉強しないといけないしな。
「まぁ、そんなこと言うなって、まだ今年は始まったばかりだ。そういう憂鬱になる話はなし!秋博は数学以外は大丈夫か?数学以外なら、俺に聞いてくれよ!」
「まぁ、俺は大丈夫だ。当たり障りのない点数を取れるように勉強するから」
「そうか!とりあえず、ノートはサンキューな!」
光希は席に着いてノートを開いて、早速勉強を始めたようだ。数学以外は学年上位に食い込んでいる光希はやはり凄まじい集中力を持っているようで、周りの生徒が挨拶をしても返事をすることはない。
一見無視をしているから、相手の機嫌を損ねる行為に見えるが、普段の明るい人柄が功を奏して、周りの生徒は真剣な光希の姿を見て、喜びながら去っていく。
確かに、あいつが真剣な表情をしているところなんて、なかなか見ることが出来ないから。俺が光希の真似をしたら間違いなく教室から俺の存在が抹消されるだろう。今もあってないような物だけれど……。
「秋博君は勉強が得意なの?」
最近になってから、声を掛けてくれる人が増えた。光希ほど話はしていないが、隣の席に座っている七森さんは時々こうやって当たり障りのない質問をしてくる。
「うーん……。別に得意ってことも無いけれど、それぐらいしかやることがないから、続けていたらそれなりに出来るようになった。七森さんには適わないよ」
俺としては、未だに過去の約束を守れなかったことを謝ることが出来ていなくて、非常にモヤモヤした気持ちを抱えている。七森さんはもう覚えていないのだろう。
「そんなこと無いと思うよ?私は転校してきたばかりで先生達の癖を知らないし、もしかしたら、私が通っていた学校よりレベルが高いかもしれないでしょ?」
七森さんに限って、この学校のテストで苦戦するとは思えないけれど、俺は七森さんが転校した後、どういう生活をしていたかを知らないから、これ以上返す言葉はなかった。
「秋博君!一つお願いがあるんだけれど」
少し大きめの声で名前を呼ばれて、ビックリした俺は七森さんの方に顔を向ける。マジで何があったのか理解が追いつかない。
「な、なんだ?傾向と対策を知りたいとか?」
今このタイミングで俺に頼むことなんて、そのくらいしかない。傾向と対策は結構入念に調べているから自信がある。教えることも拒否するつもりもないけれど、七森さんのお願いは俺の予想を上回っていく。
「違うよ。私とテストの点数で勝負をしようよ」
七森さんのお願いをすぐに理解することができなかった。なにせ人付き合いが壊滅的に少ない俺はテストというのは自分との戦いだと思っていたからだ。
それに冷静に考えて、テストの点数で勝負をしてしまったら、勝ち目は殆ど存在しないだろう。数学だけは学年トップだけれど、それ以外の教科は平均点辺りをキープしているのだから。
「テストの点数で勝負して、どうするんだ?そもそも、俺は数学以外は平均点だ。相手にならないというか。勝敗はもう出ているようなもんだよ」
どうにか勝負をなしにしようと言葉を並べるが、何か良いルールが無いかを考えているようで七森さんは納得いっていない様子だ。
何も思いつかないでうやむやにしたい。心の中で強く願っていると、前方から七森さんへの助言が飛んできた。
「数学だけで良いだろ。秋博は去年の数学のテストを平均100点で乗り越えているはずだ。七森さんが100点を取っても引き分けだ」
おいおい、勉強に集中して周りの声が聞こえない設定はどこに行ったんだよ。全力で俺達の会話を聞いているし、余計な助言はしっかりとしてくる。もう本当にこいつにはいつも困らせられる。
光希の助言をしっかりと聞いていた七森さんは嬉しそうに手を叩き、光希の案を採用しだした。
「じゃあ、科目は数学だけで勝負しましょ。そして勝ったら負けた方の言うこと何でも聞くということにしよう!そっちの方がやる気が出るでしょ」
七森さんの言葉に俺はおもわず唾を飲み込む。
「マジで言っているのか?今何でもって言ったけれど」
やっと自分が言った言葉の意味を理解したのか、俺の指摘に七森さんは突然顔を赤くして首を振った。
「だ、ダメ!エッチなお願いはダメです!出来る範囲にね!」
フワッと教室の空気が揺らいだ。多くの生徒が七森さんに注目して、先程の発言の経緯を知りたそうにしている。俺にも同様に視線が向けられているが、その視線は鋭く刺さる物だった。どうせ、俺が嫌がらせをしたのではないかと思っているんだろう。困惑しているのは俺の方だよ!
これ以上余計なことが起きないように、俺は慌てて勝負を受け入れてこの話題を畳む。
「約束!私が勝ったら一つお願いを聞いてね!」
「……。分かった。同点なら引き分けで」
約束という言葉に一瞬からだが硬直してしまったが、何とか言葉を絞り出して俺と七森さんは約束を交わす。
満足げな顔で七森さんは数学の教科書を取り出している。
光希は小さく笑っているような気がしたが、気が付かなかったことにしよう。
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