第10話

 俺達の高校の購買には、名物の焼きそばパンが存在している。どこの学校にもあるような、美味しくて休み時間と同時に完売するような代物ではない。その逆で、いつ行ってもそれだけは残っているという、売れ残り筆頭商品だ。何故だか知らないが、そんなに人気がないにも関わらず、その焼きそばパンは姿を消すことなく残っている。


 俺達が購買に着いたときには、その人気の無いパンがズラリと並んでいて、他の選択肢はクリームパンが一つしかないくらいの時間だった。


「ここが購買だ。おすすめはあんパンかチョココロネ。やめといた方が良いのはこいつだ」


 そう言いながら、俺は焼きそばパンを手に取る。いきなりこんな選択肢のない購買に連れてこられて俺がクリームパンを選んでしまったら、七森さんがあまりにも可哀想なので、俺はこいつを選んでいた。


「こんなに沢山残ってるなんて勿体ないな」


 そう言いながら、七森さんは何の迷う素振りもなく焼きそばパンを手に取っていた。


「これください!」


 購買のおばちゃんも純粋無垢な笑顔を向けて焼きそばパンを注文してくることに。一瞬戸惑いを覚えているようだった。それほどまでにこのパンが売れることは珍しいということだ。


 これを買うのは、どうしても腹を空かせた運動系の部活に所属している奴ぐらいだ。その生徒達もこれしかないことに肩を落としながら、このまま、空腹をたえるか、この美味しくないパンを買うかを天秤に掛けて苦渋の判断の末にこれを購入する。自分の意志で選ぶ生徒は殆どいないだろう。


 代金を払ってパンを受け取っている七森さんは満足そうな表情を浮かべている。俺も急いでパンを購入して、どこかに向かおうとしている彼女の後を追うのだった。


「ねぇ、榊原君。静かにご飯を食べられる場所ってあリますか?」


 焼きそばパンを大切そうに持った七森さんは俺より一歩先を歩いていたから、すでに行き先が決まっているのかと思って着いていったのだが、特に当てが無かったようで振り返って、俺に尋ねてくる。


 この学校で静かな場所。教室は基本賑やかでザワついているし、外は外で仲睦まじい男女が占拠しているから、静かと言うにはほど遠い。さて、他にご飯を食べられる静かなところはあっただろうか。腕を組んで考えてみる。



 少しの思考の末に、一つの場所が浮かび上がってきた。普通なら簡単に入ることは出来ない場所だが、今日ならば深冬先生にお願いして許可をもらえるかもしれない。


「一カ所だけあるよ。でも許可が必要だから、一回職員室に行っても良いかな?」

「大丈夫です」


 七森さんはそう返事をして、職員室に向けて歩き出した。俺が校内を案内しているはずなのだが、この様子だけを見られたら、俺が案内されているようにしか見えないだろう。一回案内しただけで全てを覚えてしまうのだから、凄いと思う。


 俺なんて、入学してから1週間は教室の場所が曖昧で慌てふためいたというのに。


 職員室は3階に設けられている。そこに向かう道すがら、多くの生徒とすれ違ってきたが学年問わず七森さんは注目の的だ。


 肩まで伸びたつやのある黒い髪の毛は彼女に清楚な印象を与えて、スカートから覗く細くスラッとした脚は魅惑的だ。スタイルは抜群でモデルかと思うような感じだが、表情を伺えば少し子供っぽいところもある。


 そんなパーフェクトという言葉がピッタリな七森さんに視線が集まらない方が不自然だ。


 そんなこと歩いているなんてよく考えたら凄い役得なのでは?


 自分の立ち位置に気が付いた頃には七森さんは職員室の扉の前に立って、入って良いのかとおどおどしている様子だった。扉に手を掛けては離す仕草に思わず笑ってしまった。


「俺が話をしてくるから待っていて」


 七森さんに声を掛けると頷いて返事をしてくれた。俺は扉をノックして、返事を待ってから中に入っていく。



 職員室に2日連続で来ることになるなんて思ってもいなかった。だが、今回は別に呼び出されたわけではなく。鍵を借りに来ただけだ。


 この学校で鍵の掛けている場所は理科準備室と屋上ぐらいだ。その鍵を借りに来る生徒も殆どいない。だから、最初深冬先生に鍵を貸してほしいとお願いをしたら、怪訝な表情を向けられた。すぐに七森さんの案内をしていることを伝えたら、すんなりと、鍵を貸してくれたが、面倒ごとは起こすなと口酸っぱく忠告されて必要以上に疲れてしまった。


 職員室を出ると窓からグラウンドの様子を眺めている七森さんの姿がある。今日も今日とて青春の汗を流している運動部の人達。彼らは時間があれば昼休みだって、練習をしている。俺はそれを見ていると敬意の念が湧き上がってくる。自分の目指すことに情熱を注げる人は本当に素晴らしいと思う。


「七森さん。鍵借りてきたよ」


 借りてきた鍵を見せながら声を掛ける。随分と真剣に見ていたから放っておいた方が良いようにも思えたがこのままでは昼食を食べることもしなさそうだったから、声を掛けた。

 

 俺の声に余程驚いたのか、肩を小さく跳ねさせて振り向く。七森さんも運動が得意だったから入る部活でも考えているのかと俺は暢気に考えていた。

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