第九話
その夜。
「樹ー!」
消沈している僕を、母さんが呼び付けた。
「樹ー! お客さんよ! 早くおいで!」
渋々玄関へと向かうと、そこには松葉杖を突いた妃夜ちゃんが立っていた。
「はーい、いっちゃん、今暇? ちょっとデートしない?」
「デートって……」
「ほらほら、デートだってさ。女の子待たせるんじゃないの。さっさと行ってきなさい」
母さんがニヤニヤしながら僕の背中を叩く。
「いっちゃん、私足動かないからさ、後ろに乗せてね。そんじゃおばさん。ちょっといっちゃん借りますね」
「楽しんでおいで~。樹~、ちゃんと妃夜ちゃん送ってから帰って来るのよ~」
「分かってるよ」
「お~、ちゃんと分かってるのか~。男の子だね~」
「……行ってきます」
妃夜ちゃんを後ろに乗せて、自転車を漕ぎ出した。
「いっちゃん、とりあえず街をぐるーっと回って貰っていい? 色んな所見たいんだ。ゆっくりゆっくりがいいな」
「いいけど、どうしたの急に?」
「んとね、大会も終わったから、私明日から、遠くの病院に入院する事になったのね。だから、最後の夜に、色んな所を目に焼き付けておこうかと思ってさ」
僕は思わず言葉に詰まってしまった。大会に出るまで無理を言っているのは分かっていたし、早くちゃんとした病院に行って欲しい気持ちが強かった筈だ。なのに、妃夜ちゃんの口から、最後の夜、なんて言葉を聞きたくないだなんて、僕はどうしようもなく子供なんだと思った。
「ちょっと、黙んないでよ。一杯お話しようよ」
「とりあえず、どこ行こうか」
「お店が開いてる内に、商店街とか見て回ろっか」
「OK」
妃夜ちゃんの指示通りにハンドルを切る。商店街、目抜き通り、駅前、学校、普段あまり行かない路地裏なんかもぐるりと見回り、その度に妃夜ちゃんは「楽しいね、いっちゃん」と笑った。
一通り見て回った後に、当然の如く、いつもの高台に行く事にした。
妃夜ちゃんを後ろに乗せたまま立ち漕ぎで登っていくのは流石にしんどい為、妃夜ちゃんは座らせて手で押して行く。2週間前とは違い、月明かりが道を示してくれている。今日は、満月だった。
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