第09/13話 ダウンヒル:オフロード①
仙汕団のロードブロックを、大ジャンプで迂回してから、十数分が経過した。すでに、セダンたちは振り切っていて、誰も、ディセンダーを追いかけてきてはいなかった。
「でも、油断はできないよ」嶺治が、さきほどまで操作していたスマートホンを、ポケットにしまいながら言った。「別に、天文台から麓へ下りる経路は、一つしかない、っていうわけじゃない。ぼくたちが、今、走っているルートの他にも、いくつものルートがある……もしかしたら、別の道路から、新たな追っ手が現れるかもしれないから、気をつけないと」
「承知しました」巒華は、そう返事をしてから、ふう、と軽く息を吐いた。「……そういえば、なかなか、来ませんね。警察のパトカーとか、マスコミの取材ヘリとか……あれだけ、大暴れしたのですから、やってきてもおかしくない、と思ったのですが」
「きみも、そう思うかい? ぼくも、同じ感想を抱いてね。さっき、スマホを使って、仙汕団や嵯峨グループの所有している、コンピューターネットワークを、ハッキングして、覗いてみたんだ。昨日のうちに、何かの役に立つかも、と考えて、そういうことができるようなアプリを作って、端末にインストールしておいたのが、功を奏したね。
どうやら、嵯峨グループが、警察だのマスコミだのに、圧力をかけているようなんだ。現在、翡瑠山で起きている事件については、午後二時まで──レベラーが爆発するよう設定されている時刻だね──いっさい関与するな、って。
「そうなのですか……しかし、個人についてはどうでしょう? 事件を目撃した一般人が、ウェブに、それについての情報を投稿する、ということも、ありえるのでは?」
「そうだね。さすがの嵯峨グループも、一般人のインターネットの利用に制限をかける、だなんて不可能だ。実際、事件に関する情報が、SNSやらブログやらに、いくらか、出回っている。
まあ、でも、こう言っちゃなんだけど、しょせんは、個人の投稿だからね。多少、情報が流出したところで、ただちに、警察が動かざるを得ないようになるわけじゃないから。だから、嵯峨グループも、それについては、放置しているんじゃないかな」
「なるほどです」
巒華は、そう返事をすると、ハンドルを操作し、左方への急カーブを曲がった。そこで、数十メートル前方に、仙汕団のセダンが複数台、いるのが見えた。
道路は、片側二車線で、北に向かって、まっすぐ伸びている。車道の両脇には、歩道が設けられていた。
道路の東側には、高さ一メートルほどの段差があった。西側には、木々の立ち並ぶ樹海が広がっている。
仙汕団のセダンは、五台、いた。先頭二台、中央二台、後尾一台、というように隊列を組んでいる。対向車線を走っており、南に向かってきていた。
スラロームして、横をすり抜けてやる。巒華は、そんな思いを抱いた。
次の瞬間、セダンたちの組んでいる隊列に変化があった。中央にいる二台が、ディセンダーのいる二車線に進入し、逆走し始めたのだ。それらは、すぐに、先頭にいる二台に追いつき、右隣を並走し始めた。
そして、それから一秒も経たないうちに、四台は、急ブレーキをかけ、その場に停まった。
「あ……!」
巒華は、左右の瞼を全開にした。これでは、スラロームして横をすり抜ける、だなんて、できやしない。
歩道に乗り入れて、避けようか。東側の歩道は、セダンと段差との間が狭すぎて、通れないから、西側の歩道へ。すぐさま、そんなアイデアが浮かんだ。
しかし、それは、仙汕団のほうも、容易に思いついたようだった。後尾を走っていた一台が、西側の歩道に乗り入れると、急ブレーキをかけ、車道にいる四台とほぼ同じ位置で、停まった。
「むぐ……!」
巒華は、右手の人差し指で、ハンドルを、とん、とん、と叩いた。段差があるせいで、東側から迂回することはできない。ならば、樹海の中に進入して、西側から迂回しようか。そう思い、セダンたちより西方に視線を遣った。
しかし、その案も、即座に、却下せざるを得なくなった。西側の歩道上に停まっているセダンから、一メートルほど、さらに西へ離れた所に、大岩が鎮座していたからだ。
大岩は、路線バスと同じくらいのサイズがあった。それが、緯線に対して平行な方向を向いて、存在している。セダンの列は、大岩の北端あたりの隣から始まっていた。あれでは、西側から迂回することもできない。
だが、すぐさま、別のアイデアが湧いた。大岩の南端の手前、樹海の中を、道らしき筋が横切っているのを見つけたからだ。
目を凝らし、よく観察する。それは、やはり、道だった。
今、ディセンダーがいる車道とは違い、アスファルトの類いによる舗装はなされていない。茶色や灰色をした砂利が、剥き出しとなっている。ところどころには、名前も知らない雑草が生えていた。
その道が、大岩の南端の手前において、車道から伸びている。その後は、西へと、まっすぐに続いていた。幅は、七メートルはある。
長い間、整備されていないことは、明らかだ。しかし、さいわいなことに、自動車の通行を阻むような障害物は──目に見える範囲では、という但し書き付きだが──落ちていなかった。
大岩の南端の手前には、カラーコーンが二つ、置いてあった。それらの間には、コーンバーが渡されていた。明記されてはいないが、通行禁止、という意味だろう。
西に向かって伸びている道の北側には、背の高い雑草が生い茂っていた。それらや、大岩のおかげで、仙汕団の兵士たちは、オフロードの道や、カラーコーンの存在に気づかなかったのだろう。そのため、みすみす、オフロードの道が接続している地点の手前なんかで停止してしまった、というわけだ。
「あそこです……!」
巒華は、サイドブレーキをかけながら、ハンドルを大きく左へ回した。ディセンダーを、ドリフトさせながら、曲がらせる。そのまま、オフロードの道へと、進入した。
彼女は、サイドブレーキを解除すると、アクセルペダルを、ぐん、と底まで踏み込んだ。車両を、急加速させる。ぱこんぱこん、とカラーコーンだのコーンバーだのを撥ね飛ばした。
しばらく進んだところで、ちら、とバックミラーに視線を遣った。さきほど、行く手を阻んでいた、仙汕団のセダンたちが、動き出しており、車道を曲がっては、ディセンダーのいる道に入ってきていた。
「後は、この道が、麓に続いていることを、祈るしかありません……!」
巒華は、それからも、ディセンダーで、その道を走り続けた。しばらくすると、道の右側が盛り上がり始めた。それはやがて、数十センチの段差となり、さらに進むと、高さ六メートル強の、垂直な台地となった。
左側も、様相が変わっていた。道に沿うようにして、幅約六メートルの、下り斜面が広がっているのだ。勾配は、四十度ほど。斜面の下側は、垂直な崖となっている。地面は、それの縁から、十数メートル下がった所に位置していた。
そこまで認識したところで、背後から、どおん、という音が聞こえてきた。バックミラーに、視線を遣る。
数十メートル後方から、ロケットが、ディセンダーめがけて飛んできていた。それよりも後ろにいる仙汕団のセダンたちのうち一台が撃った物に違いなかった。
巒華は、噴進弾の軌道を予測した。すぐに、車両には当たらない、という結論を出した。
数秒後、予想どおり、ロケットは、ディセンダーの屋根の上を通過していった。
噴進弾は、その後も、宙を突き進んでいった。そして、巒華たちの現在位置より数十メートル先の地点において、道の右側に聳えている台地の側面にぶつかった。それは、どおん、という音を立てて、爆ぜた。
「わっ……!」巒華は、口を半開きにした。
がらがらがら、という音とともに、台地の側面の、ロケットを食らった箇所が、崩落し始めた。それは、道の上に積み重なっていった。
「ぬう……!」巒華は、眉間に皺を寄せた。
崖の崩落は、数秒で収まった。しかし、それの破片が、道の上に、文字どおり、山積みとなってしまっているのだ。破片の山の左端は、道の左端から、二十センチほどしか離れていなかった。
「こうなったら……!」
巒華は、強めにブレーキをかけ、ディセンダーを減速させ始めた。ある程度まで、スピードを落としたところで、ハンドルを、大きく左に切る。車両を、北西に向けると、下り斜面へ進入させ始めた。
「ぬぐぐ……!」巒華は、低い声を上げた。
まず、左右のフロントタイヤが、下り斜面に進入した。ボディが前傾し、体がシートからずり落ちそうになる。何らかの自殺を試みているような気分になった。
「死んでたまるものですか……!」
巒華は思わず、そう呟いた。数瞬後、左右のリアタイヤも、斜面に進入した。
「はっ!」
すかさず、巒華は、ぐるぐるぐる、とハンドルを大きく右に回した。斜面の上で、ディセンダーを、方向転換させる。その間に、破片が積み重なっている地点を、迂回することができた。
ほどなくして、車両は、北東を向いた。タイヤが、ざざざざざ、と高速で回転し始める。
その頃には、左のリアタイヤは、崖の縁の真上にまで来ていた。斜面から、タイヤの三分の一ほどが、宙に、はみ出た。
「む……!」
巒華は唸り声を上げた。意味がない、ということは、わかっているにもかかわらず、すでに底まで押し込んでいるアクセルペダルを、さらに強い力を込めて、踏みつけ続けた。
やがて、ディセンダーが前進し始めた。そして数秒後には、道の上に戻った。
「ぬふー……」
巒華は思わず、安堵の息を吐いた。ディセンダーの進行方向を、道に合わせる。そのまま、破片の山から離れていった。
しばらくしたところで、背後から、どおん、という音が聞こえてきた。バックミラーに、視線を遣る。
破片の山が、消失していた。いや。あるにはあるのだが、かなり小さくなっている。あれなら、容易に、横を通り過ぎることができるだろう。
巒華は、さらに目を凝らした。積み重なっていた破片が、道沿いにある下り斜面を、ごろごろごろ、と転がり落ちていっているのが見えた。
おそらくは、仙汕団の兵士が、ロケットを当てて、吹き飛ばしたのだろう。その証拠に、セダンたちのうち、先頭にいる一台では、ディセンダーから見て左に位置している後部座席の窓から、中年の女性兵士が身を乗り出していた。そして、その右肩に、ランチャーを担いでいた。
巒華は、視線をフロントウインドウに戻した。その後も、車両を、道なりに走らせ続けた。
そのうちに、道の右側にあった台地と、左側にあった下り斜面および崖が、消えていった。それからは、どちらにも、道と、ほぼ同じ高さに位置する、草地が現れた。
といっても、どこまでも広がっているわけではない。道の右側にある草地においても、左側にある草地においても、道より四メートルほど離れたあたりから、木々が立ち並び始めている。さらにその先は、樹海となっていた。
巒華は、ちら、とバックミラーに視線を遣った。仙汕団のセダンたちのうち、先頭にいる一台は、ディセンダーの真後ろ、十数メートル離れた所にまで迫ってきていた。
彼女は、一瞬、その車両の外観に、違和感を抱いた。目を凝らし、よく観察する。
巒華から見て左側に位置している、後部座席の窓から、若い女性兵士が身を乗り出していた。右肩には、ロケットランチャーを担いでいる。砲口は、ディセンダーに向けられていた。
「く……!」巒華は顔を顰めた。
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