第19話『塩対応』

レオナは変身していなかった。セイラが目を瞑るのに合わせて笛を吹いたことで生きた操り人形バイオマリオネット状態にし、大脇に向かっていく途中で再度笛を吹きつつ足を止めるよう命令していた。


セイラを見下ろすレオナの目は爬虫類のように冷たかった。


「裏切ってなんかいないわ。私とあなたは元々敵対していた。成り行きで共闘することもあったけれど、魔法少女にならないというならこれ以上馴れ合うつもりは無いわ」

「ふざけんじゃねぇ!こっちはお前が死にそうになったときに本気で心配して…」

「助けてくれたことには感謝してるわ。だからたまには面会には行ってあげる。それより警部さん、セイラが壊したのは扉だけじゃないわ。あれを見て」


レオナは天井にぽっかり開いた直径5メートルほどの大穴を指差した。


「なんだあのでっけぇの…あれもセイラがやったのか」

「そうよ」

「あんなのどうやって…いや、こいつの馬鹿力なら可能か。情報提供に感謝するぜ」


――確かに屋根を壊したのはアタシだ。そうだけど、あれは屋根上にいた牧山を引きずり下ろすためにやったことで…そもそも穴の一つはアタシが開けたんじゃないぞ。


「あれだけの悪事を働いておいて自分から捕まりに来てくれるとは、ずいぶん潔いんだな。貴様も大人になったというわけか。慌ててたもんで時計忘れちまったが、俺の体内時計によれば今だいたい3時頃か。12月10日午前3時、不法侵入と建造物損壊の現行犯で逮捕する」


大脇がセイラに後ろ手に手錠をかけた。


「へっ、なにが3時頃だ。もうとっくに4時過ぎてるぞ。年食ったせいで体内時計とやらが狂ってるんじゃねぇか」

「軽口叩く暇あったらてめぇの罪を懺悔しろ。不法侵入、建造物損壊、恐喝、傷害、並びに迷惑防止条例違反、それから先日の強盗、窃盗、引ったくり…」

「おい!勝手に罪状を増やしてんじゃねぇ!」

「いいや、これでもまだ足りないくらいだ。貴様は一生かかっても罪を償いきることは無いと思え」

「倉庫を破壊したことは認めてやる。だがな、強盗も他の事件も関わってねぇ、冤罪だ!」

「犯罪者は皆最初はそう言う。だが捜査が進めば言い逃れ出来なくなって最後には自ら口を割る。ほら、さっさと立て」

「誰がお前の言うことなんて聞いてやるか!ぬおおおおお!」


セイラは腕に渾身の力を込めて手錠を破壊しようとした。


「やめておけ。それは貴様でも壊すことのできない特別製だ」


ギチギチと手錠の鎖部分が悲鳴を上げたが、それは断末魔ではなく遊園地のアトラクションを楽しむ絶叫のようだった。大脇の言う通り手錠は頑丈そのもので壊れる様子はまるで無い。


「くそっ!」

「往生際が悪いわよ。立ちなさい」


セイラは駄々をこねる子供のように地べたに必死にしがみつこうとしたが、ハーメルンの笛吹き男に連れ去られた子供宜しくレオナの吹いた笛には逆らえなかった。


「さあ歩け。今はまだ暗く寒いうえに貴様は両手の自由がない。遭難したくなければ間違っても林の奥へ逃げ込むんじゃねぇぞ」

「待ちなさい!」


カザリが大脇の前に手を広げ立ちふさがった。


「そこをどけ。邪魔するなら貴様も逮捕するぞ」

「邪魔なんてしないわ。アタイは自分のものを返してもらうだけよ」

「返す?ふん、やはり窃盗していたか…」


大脇が鼻で笑いつつセイラを睨みつけた。


「知らねぇよ、何のことだ」

「とぼけないで。ポケットの中に隠したの見てたんだから」

「ポケット…?」


カザリは戸惑いの表情を見せるセイラに手早く接近しスカートの左ポケットに右手を突っ込んだ。中から取り出したものはミカンだった。しかも片手で二個掴んでいる。


「あったあった。アタイの大事な食料、返して貰うわよ」

「返すって、元々お前のじゃねぇだろ」

「アタイが唾付けたんだからアタイのものに決まってんじゃない」

「ああ、そうかよ。どうせサツに没収されちまうんだ、お前にくれてやる。残さず食えよ」


ミカンを手にしたカザリはセイラのほうを見向きもせず立ち去った。


「もう用は済んだか。おら、とっとと歩け」

「待って警部さん。セイラに一つだけ伝えたいことがあるの」


セイラの腕を掴んで連れて行こうとする大脇をレオナが引き留めた。


「なんだ、早くしろ」

「セイラ、耳を貸して」

「嫌だ、また何か企んでるだろ!」

「いいから早く」


渋々耳をそばだてたセイラの耳元に顔を近づけレオナはこう囁いた。


「麓に協力者を呼ぶわ。その人に逃げるのを手伝ってもらいなさい。だから今は黙って警部の言う通りにして」

「それも嘘なんだろ。もうお前の言葉を信用できない」

「嘘じゃない。今ここで警部に魔法を使ってもその場しのぎにしかならない」

「アタシは逃げられるならその場しのぎでもいい」

「駄目よ。アナタが良くても私たちが困る。それにまだ勧誘が終わったわけじゃないわ」

「勧誘?この期に及んでまだそんなことを――」

「おい、話が長いぞ!さっさと済ませろ!」


待たされてイラついた大脇が二人を一喝した。


「私を信じてとは言わない。でもこれだけは忘れないで」

「アタシは記憶力悪いからすぐ忘れちまうぞ」

「それでも覚えていてほしい。もし気が変わって魔法少女になりたくなったらこの場所か駅近くの路地裏の三角扉の建物に来て」

「なんだよその曖昧な外観は。三角扉なんて言われてもイメージ湧かねぇよ」

「見ればすぐ分かるわ。忘れないでね」


そう言い残してレオナはセイラから離れた。


「やっと終わったか。うー寒い、とっととパトカーに行くぞ」

「ちっ…分かったよ。自分で歩くから引っ張んじゃねぇ、歩きにくいだろ」


セイラは肩を落とし大人しく大脇に付いていった。観念したフリをしてはいるがまだ闘志が消えたわけではなかった。麓に下りてから逃亡しようと目論んでいた。

二人の姿は倉庫を出るとあっという間に夜の闇へ溶けていった。


「セイラさんを連れて行かせてしまって本当に良かったのですか?」


セイラが手錠を掛けられ連れて行かれる一部始終を黙って見届けていたツバキがリーダーに質問した。


「ああ。人間ってのは自分より年下の人間からの提案をそう易々と受け入れたくはないものだ。この場にセイラを説得できる年上の人間はいない、つまり大脇警部を追い払ったところでどの道セイラを魔法少女にすることはできなかった。だから後は雄一ゆういちさんに任せようじゃないか」

「雄一さんに任せて大丈夫でしょうか。あの人は頼りにしてますけど、どこか頼りないというか。私たちの話をちゃんと聞いてくれる数少ない大人の一人ですが、その、聞き分けが良すぎるのも考えようですよね」

「元々セイラがいなくても何とかやってこられたんだ、彼女の意見を雄一さんが尊重して結果、魔法少女に勧誘しなかったとしても僕らは何も文句は言えない」

「そうですね」

「そうだ、セイラが麓に着く前に雄一さんに連絡しておかないと。頼めるかな」

「はい」

「待ちたまえ!」


スマホを持って移動しようとするツバキをヘルメットを被り直した園子が引き留めた。


「その役目、キミには危険すぎる。このオレが引き受けるから帰りを待っていてくれ」

「でも園子さん、先程屋根から落下されましたよね。また落ちるかもしれませんよ」

「やめろ、その名で呼ぶんじゃない!オレの真の名を知っていることが魔の組織にバレたらキミは消されるぞ!」

「なんでもいいですから早く連絡取ってください」


ツバキは園子の中二病口調を3年間聞き続けているのでうんざりを通り越して無の境地に至っている。


「オレが留守の間に魔の組織が襲ってきたらすぐにオレの名を叫べ。たとえ異世界に閉じ込められていようともキミの声を聞きつけてすぐに駆け付け守ってやる」

「それは頼もしいですね」

「では健闘を祈る。さらばだ!ふはははははは!」


そう言い残して園子はスマホ片手に倉庫の外へ飛び出し、壁に備え付けのはしごを上った。


「そうか、さっき居ないと思ったら僕が気絶してる間にまた屋根に上ってたのか。相変わらず高い所が好きだよね」


今いる廃倉庫の屋根の上からならスマホの通信が繋がるので外との連絡が取れる。そのことに真っ先に気付いたのもやはり園子で、自ら連絡役を志願した。


「そういえば前のアジトでも屋上を独占してたよね。なんとかと煙は高いところへ上るって言うけど、園子は別に馬鹿ってほどでもないし」

「馬鹿といえばカザリさんのほうでしょう。昼間のケンカの時もつい先程も勝手に魔法少女に変身して戦ってました。そのせいでレオナさんと園子さんを助けるのが遅くなってしまいました」

「また勝手に変身したのか…そんなことだと思ったよ」


アスカは深くため息を吐いた。


「ヒメを呼び出して正解だった。ヒメ、ちょっとこっち来て」

「はーい、なんですか」


倉庫の隅っこの方にいたヒメは名前を呼ばれてアスカの前にのこのこやって来た。


「カザリがまた人間相手に変身したから、また警棒貸してよ」

「またあのお仕置きですか?」

「ああ。昨日と一昨日のぶんもまとめてお願いするよ」

「はぁ…こんなことに私物の警棒使いたくないんですけど。リーダーの頼みとあらば仕方ないですね」

「助かるよ」


アスカは頭を軽く下げた。


「さて、カザリ。早くこっちに来なさい」


こっそり隠れようとしていたカザリをツバキが羽交い締めしてアスカの前に連れて来た。


「嫌よ!離してツバキ!あんたそれでも親友なの!」

「親友だからこそ悪いことをしたカザリさんを放っておけないのです」

「やめて!」

「仕方ありません。レオナさん、お願いします」


レオナはツバキの意図をすぐに察知し何も言わず笛を吹いた。もう一度笛を吹くとカザリが大人しくなった。


「さあ、お仕置きの時間だ。何か言い残すことはあるかな?」

「お願いリーダー、アタイこれから真面目に頑張るから、今日のところは許して!」

「いい心がけだね。それじゃあ早速今から真面目にお仕置きを頑張って受けてもらおうか」

「や、やめて…それだけは……うぎゃあああああ!」


お仕置きの一部始終を見せられた百鬼蛮行たちはただただ困惑していた。


「俺たちは一体何を見せられているんだ…」

「こんなヤバい奴らだったとは…帰りましょうよ坂本さん!」

「ん、ああ、そうだな…」


薬が抜けた効果でまだ頭がボーっとしている坂本は目の前の光景をただじっと眺めていた。




カザリの悲鳴は倉庫の外のセイラにも届いていた。


「何だ今の悲鳴は」


セイラは足を止め倉庫のほうを振り返った。


「おい、立ち止まるんじゃない」

「大脇、今の聞こえなかったのか?倉庫から叫び声が聞こえただろ。あいつらに何かあったんじゃないか、心配だ」

「心配だと?貴様はあいつらに見捨てられたのだ。心配などして何になるってんだ」

「…それもそうだな。寒いから早く行こうぜ。麓まで競争だ」

「そのまま逃げるつもりだろ。その手には乗らんぞ」


ちっ、やっぱ簡単には逃げられねぇか。だがチャンスは必ずあるはずだ。大脇の目を盗んで何が何でも逃げ出してやる。


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