第18話『あばら家の司法取引』
「アタシを逮捕するだって?なーんも身に覚えがねぇな」
「飽くまでしらを切り通す積もりか。だがネタは上がってんだ。4日前の強盗未遂事件、やったのは貴様だろ!」
――強盗だって!?そんな話、全く心当たりが無いぞ。
「アタシが憎いからってついに冤罪をでっち上げたか。昔は仕事熱心な奴だと感心してたが、てめぇも落ちぶれたな、大脇!」
「それは貴様のほうだ。三年前に解散届を出しておきながらのうのうと未だに暴走族とつるんでいやがった。俺たち警察を欺いて乗り回す改造バイクは楽しかったか」
「こいつらと会ったのは今日が初めてだ。つるんでなんかいねぇ。それにブロンズクイーンなら族辞める数か月前に盗まれたまんまだぜ」
セイラがブロンズクイーンと名付けたマシンは走行時の振動が激しくバランスが取りにくいため普段使いできる代物ではなかった。喧嘩の時には見栄を張って無理して乗ることもあったが、基本的には自転車を乗り回していた。何かと厄介で手を焼いたが、無くなるとそれはそれで寂しい思いをした。
「嘘だと思うならこいつらに聞いてみろよ」
「ふん、どうせ暴力で脅して口裏合わせさせてるに違いねぇ。聞くだけ無駄だ」
「族の話を聞かないところは昔っから変わんねぇな」
「当たり前だ。貴様ら暴走族は俺たち警察を親の仇のように憎んでいる。人間ってのは憎い相手には平気で嘘をつく。だから貴様らは信用できない。信用できるのは一般市民だけだ」
大脇はポケットからタバコとライターを取り出し一服した。
「その一般市民からの目撃情報があった。貴様のその特攻服と同じものを着た赤髪の女が、民家の塀を破壊してバイクで逃走する姿を見たとさ」
「記憶に無ぇな。アタシの強さに憧れたはぐれ者がそっくりな特攻服をてめぇで拵えて格好だけ真似したんだろ。んでそいつが格好良さと悪事を履き違えて犯罪に手を染めた、そんなところか」
「背格好が似てるだけでわざわざ夜中にこんな山ん中に出張ってくるわけねぇだろ。いいか、民家の塀を蹴飛ばすだけで破壊するなんて荒業ができるのはこの辺りじゃお前くらいしかいねぇんだ」
「ならやっぱりアタシじゃねぇな。アタシの異名知ってんだろ。鉄拳だぞ。拳で壊すならまだしも、そいつが脚でやったってんなら他をあたってくれ」
他をあたれと口では言いつつ、セイラの頭にはある人物の姿がよぎった。
――まさかあいつがやったのか?いや、そんなはずはない。事故で脚を怪我して以来、車椅子生活のあいつがそんなこと、できるわけ――
「――おい、聞いてんのか。ったく、貴様も人の話を聞く気がないんなら俺と同じじゃねぇか。人のことだけ悪く言えた義理じゃねぇぞ」
大脇のドスの効いた声に我に返った。一旦あいつのことは忘れよう。
「お前が何と言おうとアタシはやってない。それだけは事実だ」
「そうか。認める気が無いなら仕方ない、別のやり方で貴様を逮捕するだけだ」
「別の、だと?」
「ああ」
大脇は不気味な笑みを浮かべたが、目は冷たくセイラのことを見ていた。瞳の奥で何を見据えているのか。
「勿体ぶってないでさっさと言いやがれ」
「そうせっつかずとも教えてやる。貴様がさっきから我が物顔で佇んでいるこの倉庫。倉庫にはもちろん持ち主がいる、つまり私有地だ」
「なにっ!」
「俺の言いたいこと、分かるよな」
――私有地だなんて話、レオナ達から一度も聞かされてなかったぞ。
セイラはレオナの顔をチラ見したが、さっと目をそらされてしまった。
「私有地に無許可で侵入することはもちろん法律違反だ。当然許可は貰ってないはずだ。ならお前を不法侵入で現行犯逮捕できる」
「待ちな。アタシはそこの女に無理矢理ここに連れてこられたんだ。不可抗力ってやつだ」
セイラはレオナを指差した。目を細めてレオナの顔を睨みつけた大脇がはたと気付いた。
「ん?その顔…さっきの笛吹き女じゃねぇか。そうかそうか、やっぱり貴様らグルだったか。セイラさえ捕まえれば良いと思っていたが、まさか一兎追うものが二兎得ることになるとはな」
大脇は嬉しそうに肩を揺らして笑い、ぷはっとタバコをふかした。レオナは臆することなく堂々と大脇に攻め寄った。
「私たちがこの倉庫に入り浸って一年経つけれど、所有者が来たことは一度も無いわ。あなたも警察の人間なら知ってるわよね、管理者のいない廃墟への侵入は軽犯罪。長年目の敵にしていたセイラに軽い刑罰を処するだけで満足できるのかしら。それにまだ私たちを捕まえたわけじゃないこと、忘れてないかしら。逃げようと思えば簡単に逃げられるのよ」
――レオナの言う通りだ。相手は大脇ただ一人、こっちはダーク・シェパードとアタシだけでも七人いる。魔法だってある。それらを駆使すれば逃げることは容易だ。
「軽犯罪だろうと犯罪は犯罪だ。だがそうだな、欲張ってここにいる全員を不法侵入で逮捕しようとすれば本命のセイラを取り逃がしてしまうかもしれない。だから取引だ」
「取引?」
「そうだ。あれを見ろ」
「あ、あれは…」
大脇が指差したのはセイラが入るときに蹴飛ばした倉庫の扉だった。
「心当たりがあるみてぇだな。扉の中央が凹み何メートルも吹き飛ばされている。まるで何者かが蹴飛ばして強引に中に押し入ったみたいじゃねぇか。これも貴様がやったとすれば先日のブロック塀を破壊した件と合わて辻褄が合う」
――まずいな。カッコつけて扉を蹴破ったのは失敗だった。
「法律に詳しいお嬢ちゃんなら分かるだろ、建造物損壊罪は重罪だ。廃墟だろうと関係ない。お嬢ちゃんはセイラと同行していた。ならこの扉を壊すところを目撃していたはずだ。誰が破壊したのか法廷で証言してくれればいい。そうすればお嬢ちゃんの軽犯罪くらい揉み消してやってもいい」
「それだけかしら。軽犯罪をチャラにしてくれるってだけじゃ、釣り合いが取れないわ」
「飽くまで仲間を売る気は無ぇってか。…お嬢ちゃん、揉み消したい過去の大きな犯罪の一つや二つ無ぇか。強盗とか、それこそ殺人とかよ」
――おいおい、一介の警察官が殺人事件の揉み消しなんてできるわけねぇだろ。そもそも殺人なんてレオナはやってねぇだろうし。
「こいつの口車に乗るな。暴走族を一人残らずムショにぶち込んでやると意気込んでいるような奴だ、協力した後でお前も捕まることは目に見えている」
「俺は確かに暴走族が嫌いだが、嘘は付かねぇ。どうだ、俺に協力してくれねぇか」
「…少しリーダーと相談してくる」
――なに心揺らいでんだよ!まさかマジで殺したのか?
レオナはまだ眠っていたリーダーの前に歩いていき、頬を何度も叩いて起こした。
「んん…何もう朝?にしては明かりが小さいか」
「おはようリーダー」
「やあレオナ、おはよう。って痛い痛い!」
アスカが起きてからもまだ頬を叩くのをやめなかった。
「リーダーが寝ている間に私二度も死にかけたのよ。少しくらい私の痛みを思い知りなさい」
「悪い悪い。しばきながらでいいけど、今どういう状況?」
「見れば分かるでしょ。警察の人がセイラを捕まえに来たの。彼に協力すれば私の罪をなんでも帳消しにしてくれるそうよ」
「それは魅力的な提案だね。是非とも協力してあげるといいよ」
「そういうわけにはいかないわ」
レオナは叩く手を止め、周囲に聞こえないよう小声で話した。
「私がチームに入る前の一件を揉み消してってお願いしたら、私このチーム辞めるかもしれないのよ。一応リーダーなんだからそんな軽薄に言わないで」
「仮にあの件が無くたってもうあの場所に戻る気は無いんでしょ」
「私の気持ちを勝手に決めないで。それにこのままセイラが捕まれば暫くは魔法少女の契約が交わせない。今日のことで分かった、セイラは私たちに必要な存在よ。さっきだって瀕死の私を助けてくれた、命の恩人よ」
「うーん、そうだね…。レオナのことを思えば警察に協力してあげるべきなんだろうけど、僕としてはセイラの側についてほしいし…」
アスカは考え事をした後、大声でセイラに呼びかけた。
「セイラ、僕と契約する決意は固まったかい?」
「契約って、今はそれどこじゃないだろ!なんとかしてくれ!」
「それどころじゃない、ねぇ…」
再び考え事をし、何かレオナに耳打ちした。
「…本当にそれでいいの?」
「ああ。これで全て丸く収まる」
「分かったわ」
レオナはため息を吐きつつセイラの元に戻って来た。
「本契約組はパシられてばかりで大変そうだな」
「全くその通りよ。二人しかいない上にもう一人は気分屋で中々顔を見せないものだから、私ばっかり疲弊してるの。あなたも魔法少女になってくれると助かるのだけれど」
「おい、何の話をしてやがんだお二人さん。恋バナか?…んで、俺に協力するのかしないのか、どっちだ」
「そんなの決まってるわ」
レオナは赤い笛を構えた。
「残念だったな、大脇。どうやらレオナはアタシに味方してくれるみたいだぜ」
「セイラ、今から変身するから目を瞑って。光で大脇警部の目をくらますからその隙に取り押さえて」
「変身?笛で動きを封じるんじゃダメなのか」
「笛だとここにいる全員を巻き込んでしまいかねない」
「そういうことか。なるほど、分かったぜ」
――現役時代は大脇の手から逃れることだけを考えてきたが、逆に大脇の野郎をとっ捕まえることになるとは夢にも思ってなかったぜ。
セイラは目を瞑り、レオナが『変身!』と叫ぶのを待った。
しかしセイラの耳に飛び込んできたのは声ではなく、今日何度も聞いた笛の音だった。
――あれ?変身って言わないのか。笛を構えてたし、もしかして笛を吹いて変身することもできるのか。道具を使って変身するほうがアニメっぽいからな、そっちが自然なんだろう。
目を開いたセイラは大脇の姿を捉えるやいなや大脇の目前に迫った。大脇の痩せた脇腹に突っ込み地面に組み伏せるイメージを想像した。
現役時代に目の上のたん瘤だった大脇に一泡吹かせてやれると思うと、つい嬉しくなって言葉が漏れてしまった。
「じゃあな大脇、今度会う時はお前が懲戒免職くらった時だぜ!」
「何故俺が辞めなければならない。寧ろ貴様を逮捕した俺は叙勲されて然るべきだ」
「なにぃっ!」
セイラは大脇の姿を見上げて驚いた。大脇は地面に倒れていなかった。倒されていたのはセイラのほうだった。
「ど、どういうことだ…」
「聞きてぇのはこっちの方だ。貴様、何故俺の目の前で急に足を止めた」
「な、なに…そんなはず…まさか!」
セイラは地べたに這いつくばったまま首を曲げレオナの方を見た。レオナは蔑むような目で見下ろしていた。
「レオナ!てめぇ、裏切りやがったな!」
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