第17話『毒と舌』
牧山が去ったことで一つの脅威は除かれた。だがまだ全てが終わったわけではない。アタシの隣にいる山極彰吾という男。こいつの力は計り知れない。もし暴れられでもしたらアタシでも止めきれるかどうか。
「お前、何者だ!」
「俺が何者かなんてことは今はどうでもいい。二人を助けることが最優先だ」
山極はレオナと園子の二人を指し示した。確かに二人を苦しめる毒を何とかしないと。だが―
「園子、しっかりしなさいよ!」
カザリが懸命に呼びかけるが意識は無く、呼吸が止まってしまっている。心臓の鼓動はまだ続いているが微弱でいつ止まってもおかしくない。致死性の高いトリカブトを盛られてまだ生きているのが不思議なくらいだがこのままではいずれ死んでしまうだろう。
「そこどいてくれ。俺が病院まで運ぶ」
「待て。お前はダーク・シェパードにとっての敵だ。お前じゃ信頼するに足りない」
二人に近づこうとする山極を引き留めた。
「お前に行かせるくらいならアタシが行く」
「お前はあいつらにとっての何だ。仲間か?そうじゃないだろ。お前だってあいつらから見れば信用できないだろ」
「それは…確かにそうだけど…。レオナ達を殺しに来たお前らよりは信用できるはずだ」
「それだけか」
「それだけじゃねえ。山道を重い荷物担いで移動するのには慣れている。アタシが適任だ」
「病院へ行ってどうなるというのですか。トリカブトには有効な解毒薬が無いんですよ」
坂本に介抱され回復したツバキが二人の論争に待ったをかけた。
「ツバキ、お前喋っても大丈夫なのか?」
「私のことはいいんです。今はなんとか二人を助ける方法を探さないと」
「無理はするなよ。しかしどうする、容態が安定するまで応急処置を続けるか」
「その場しのぎにしかならないでしょう」
「なら魔法でどうにかならいのか。毒だけを体外に取り出せないか」
「私にもカザリさんにもそのような芸当はできません」
さっきチラッと見えたが、カザリは発火能力を使うんだったな。発火?そういえば――
「くそっ!牧山の野郎、俺たちが手出しできぬようトリカブトを選んだに違いねぇ!」
山極は敵対チームの人間なのに本気で怒ってくれているようだ。余計な勘繰りしたこと謝らないとな。
「情報提供者の入れ知恵でしょう。拳銃ならば銃弾をほじくり返してからレオナさんの笛でどうとでも治せますが、身体中に分散してしまえば手が出せません」
「なあ、ちょっといいか?」
二人の視線がアタシのほうに向けられた。
「トリカブトの毒矢って昔は狩猟に使われてたって聞くだろ。それで試しにうちの畑を荒らすイノシシを退治するのに毒矢を作ったことがあってさ」
「…お前、危ない奴だな」
「いやいや、十歳の頃の話だから。もう今はやってないって」
「十歳だと!野蛮なガキんちょ時代だな。親御さんはさぞかし手を焼いただろう」
「それが母ちゃん大喜びでさ。一緒に憎たらしいイノシシを狩りつくそう、って母ちゃんは猟銃片手にアタシとどっちが多くイノシシ仕留めるか競争しようって言ったんだ」
「親が親なら子も子だな」
「それで、その話がどうしたんですか」
ツバキに促され話を続けた。
「狩りつくすなんて意気込みはしたが、後で町内会で毒矢のことが問題になって諦めたから結局仕留めたのは5頭だけ。それもアタシがやったのは1頭だけだった。んで捕まえた猪だけど、毒が回ってたが矢が直接刺さったとこだけ除いてあとは全部食べることになった」
「おいおい、それじゃ死んじまうじゃねぇか」
「アタシの足ちゃんとあるだろ。幽霊じゃなく生きてる証拠だ。トリカブトは加熱すれば毒性が弱まって少しなら摂取しても大丈夫。アタシが言いたかったのはそれだ」
「言いたかったのはそれだけですか。それなら加熱すれば毒が消えると、そう一言おっしゃっていただければよかったのではないですか」
ツバキがもっともらしいことを質問した。
「アタシはさ、エピソード記憶?ってやつは頭に定着しやすいけど意味記憶?はからっきしなんだよ。だから幼少の毒矢作りの経験を頭から話したんだ」
「そうですか」
ツバキは呆れてため息をついた。
「セイラさんの考えていることは大体分かりました。カザリさんの魔法で毒だけを燃やせないかと、そうお考えなのでしょう」
「そうだ。やってくれないか」
「無理です」
ツバキはきっぱりと断った。
「無理って、やってもみないうちから諦めるのか」
「そうではありません。やってみることがそもそも無理なのです。お忘れですか、カザリさんは仮契約、魔法少女に変身するのに時間制限があります」
そういえばそうだった。エピソード記憶じゃないからすっかり忘れてた。
「じゃあ今日はもう変身できないのか?」
「そうです。先程の戦いでリーダーの言いつけを破り勝手に変身してしまったせいでもう変身できません」
「勝手に変身したのか…」
「はい。ですが今思えばあれは妥当な判断でした。百鬼蛮行たちはユウウツバエの力を宿した状態でケンカを挑んだのですから、変身しない道理はありません」
魔法が使えないってなら、もう手詰まりだな。アタシが今から急いで契約して魔法少女になったところで、解毒に役立つ能力が得られるなんて都合のいい展開は期待できない。
「打つ手無し、か。んー、やっぱダメ元でいいから病院連れて行こうぜ。対処療法で助かるかもしれないし」
「そうだな。
山極はスマホを取り出し起動した。
「もう4時を過ぎている。…ダメだ、地図が開けない」
「ここ圏外だからな。先に下山してからまた探したらどうだ」
「そうだな。下山するのに30分はかかる。すぐにでも準備を――」
「待ってください。山極さん、今なんとおっしゃいましたか」
レオナを抱えようとする山極をツバキが引き留めた。
「何って、下山するのに30分かかるって」
「もっと前です」
「地図が開けない…」
「その前です」
「もう4時を過ぎてる…それがどうかしたか?」
倉庫に着いた時ヒメのスマホを見たがその時まだ0時前だった。そんなに長い間この場所に居たのか。
「聞き間違いでなくて安心しました。これならお二人を助けられるかもしれません」
「なに!?どうすれば助けられる」
「カザリさんです」
ツバキは迷いなくカザリを指差した。
「おいおい、待ってくれ。さっき自分で言ってたじゃないか、カザリは変身できないって」
「いえ、私の勘違いでした。変身はできます」
アタシの頭の上にははてなマークが浮かんでいた。その間にツバキがカザリに声を掛けた。
「変身してください。カザリさんの
「何言ってんのよ、アタイは今日はもう変身できないじゃない」
「もう4時を回っています。カザリさんの言う今日は昨日のことです」
「…そういうことは先に言いなさいよね。変身!」
カザリが叫ぶと激しい光に包まれ、セイラたちは目を瞑った。
光りが収まり、ゆっくり目を開くとカザリは確かに変身していた。
呆気に取られているセイラを横目にツバキは落ちていた毒ナイフを拾いカザリに渡した。
「これを燃やせば二人は助かるのね」
カザリは毒ナイフを自分の顔の正面に近づけた、かと思うと突然口を大きく開け舌を出し、漫画で悪役がよくやるみたいにナイフを舐めまわした。
「な、な、なにやってんだ!!お前も死ぬぞ!」
アタシはカザリに掴みかかろうとしたがツバキに腕を掴まれ阻止された。
「邪魔しないでください。カザリさんはトリカブトくらいで死にません。というより、お二人もまだ死んでません」
「な、なにぃ!」
「彼女の異名は『悪食のカザリ』。普通の人が死んでしまう毒や腐った食べ物を口に入れても少し腹痛がするだけで済んでしまいます」
「だとしてもあれは何をやってるんだ」
「毒の成分を摂取し、認識しています。そうすることで摂取したのと同じ成分だけを選択的に燃焼することができます。それがカザリさんの奥義、
そうこうしているうちにトリカブトを摂取し終えたカザリがレオナのお腹に手を当て叫んだ。
「
レオナに変化があったようには見えなかった。しかし先程のように肺に空気を送ってから笛を咥えさせ、胸を圧迫して無理やり笛を吹かせると心臓の鼓動が強くなり呼吸も活発になった。
「ゲホ、ゴホ…」
「良かった~!無事でなによりよ!」
回復したのがよっぽど嬉しかったのかカザリはレオナに抱き着いた。
「…カザリさん、喜んでる暇があったら園子さんもお願いします」
「分かってるわよぉ~」
調子良さそうに返事し園子にも燃焦点を使い、レオナが笛を吹いた。するとたちまち病状は回復し園子は自力で起き上がった。
「…オレ、生きてるのか?フハハハハハ!どうやら死神はオレを冥界に召喚することに失敗したようだな!」
「良かった、園子も無事ね」
「園子だと?オレをこの世の仮初の名前で呼ぶんじゃねえ!オレは偉大なる魔導士と竜族の間に生まれし最強の女、ボラキューレ様だ!」
ちゃんと声を聞くのが初めてだからどんな声かと思えば、急に何を言い出すんだこいつ。
「…なあ、やっぱりどこか異常が残ってるんじゃないの?」
「あれが平常運転です」
「右目が赤いけど、出血が治ってないんじゃ?」
「あれはカラーコンタクトです」
ツバキが即答した。一人称がオレの女子で暴走族で魔法少女やってて巨乳で中二病でカラーコンタクト入れてるとか、キャラ盛り過ぎだろ。
「あいつのことはいいや。どうして変身できたのか教えてくれ」
「簡単なことです。1日15分だけ変身できると言いましたが、そのカウントがリセットされるのが4時ちょうどなのです」
「4時にリセットとは、まるでソシャゲのログインボーナスの切り替え時間だな」
話を聞いていた山極が呟いた。
「ソシャ…?なんだそれは」
「知らないのか。ひょっとしてお前、まだガラケー使ってんのか?」
「馬鹿にすんじゃねぇ。ガラケーなんてアタシが生まれる前にサービス終了してるわ。そんくらいも知らねぇと思ったか。アタシはスマホ自体持ってねぇんだよ」
「このご時世にスマホ持ってねぇんかよ。不便極まりないな」
「そうは言うけどよ、ここは圏外だからさっきも地図が開けなくて困ってたじゃんか。これがスマホじゃなくて紙の地図だったら調べられたんじゃねぇの」
「若ぇのによく分かってんじゃねぇの。何でもできる機械はいざという時、何にも役に立たない。夜中に山で遭難してもスマホがライトになるから大丈夫、なんて抜かしてる輩に限ってスマホの充電をすぐ切らすからすぐ明かりが無くなる。だが懐中電灯は電池が長持ちするうえモノによっちゃ手回し発電機まで付いてるから半永久的に使える」
「若いって、てめぇはアタシの年下だろ」
「俺は何も言ってないぞ」
山極が首を横に振った。
「じゃあ今の声は一体…」
「これは失敬。若ぇって言ったのは間違いだったな。何せつい5時間前に会ったばかりの人様の声を忘れるような奴だ、本当に26歳なのか疑わしい限りだね」
声のしたほうを恐る恐る振り返った。今一番見たくない奴の姿が目に飛び込んできた。
「お、大脇…」
「鉄拳のセイラ!今日という今日は貴様を逮捕する!」
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