第16話『一方通行の想い』
坂本大悟郎は屋根に二つの大穴が開く様子をヒーローショーを見る子供のように楽しんでいた。
「おおっ、すげえや。鉄パイプで天井に穴あけやがったぜあの女。俺様も薬打った間にあれやりたかったなぁ」
屋根から落ちて来た殺し屋の背中の翼を見てまた興奮した。
「かっけー!何だあれ、空飛べんのかな」
「兄貴…情けないっすよ」
あまりにリーダーとしての威厳を欠いていたので部下の一人が心配して声をかけた。
「いいんだよ。どうせ足掻いたって状況が変わりはしない。なら目の前の奇跡を存分に楽しもうぜ」
「兄貴…俺、俺…うっ…」
「どうした、何に泣いている。お前が悔やむことなんて無い。全ては俺が弱かったせいだ」
「うう…すみません、兄貴…」
薬の効果が切れた反動で坂本たちの感情は一時的に穏やかになっているが、そのことに二人とも自覚していない。
「山極さん、あんたにも辛い思いをさせちまったな」
坂本は縛られたままの腕で山極彰吾の肩に触れた。
「他の連中が弱いばっかりにお前のやりたいようにさせてやれない。俺より一つ年上なのにチームに入ってくれたあんたに申し訳ねぇと思ってる」
「大丈夫だ、肩身が狭い思いをするのには慣れている」
「そうは言ってもよ、あんたがうちに入る前と後ではチームの評判がまるで違うんだ。百鬼蛮行には番犬がいるから迂闊に手を出すな、って他のチームの奴らは皆警戒してるぜ」
「俺が暴走族を続けたいってわがままを坂本さんが聞いてくれた。俺の方こそ坂本さんには感謝しかない」
山極は気恥ずかしさを隠すため坂本から目をそらした。そのとき殺し屋がツバキに馬乗りになり首を絞めるところを目撃した。
――なんだあいつは!少女の首を絞めるとは不埒な輩め。正々堂々と戦えんのか!許しておけぬ!
しかしツバキもなぜ抵抗しないのだ。俺と張り合った腕力を以てすればあの男を振り払うくらいの芸当、軽くこなせそうだが。何か事情でもあるのか。
山極が目を凝らすと男の背中に翼が生えているのが見えた。
――なんだあの赤い翼は。前に似たようなのを見た気がするが思い出せない。何かが違った。色か?大きさか?
…ええい、今はそんなことどうでもいい!すぐにでもツバキを助けなければ殺されてしまうかもしれない。あいつとの決着はまだついてないんだ。待ってろ、すぐ助けてやるからな。
山極は腕に力を込め、手首を固定していたロープを強引に引きちぎった。自分の腹に巻かれていたロープも素手で千切り、立ち上がった。
「そうか、ついに愛想を尽かして出ていってしまうのか。今までありがとう。元気でな」
「何言ってんです、あいつを倒したらまたここに戻ってきますよ」
山極はそう言い残してツバキのほうへ歩み寄った。
バールで男を殴るのを諦めようとしていたセイラの肩に手を置いた。
「俺に手伝えることはあるか?」
「お…お前、どうしてここにいる!ロープで縛られてたはず…まさか自力で脱出を?」
「ったく、久々に顔を突き合わせたライバルに言うセリフがそれかよ」
「ライバル…?お前、誰?」
――おいおい、今のは感動の再会を果たして喜ぶシーンだろうよ。
「数々の死闘を繰り広げてきたこの俺のことを忘れちまったか。俺だよ、山極彰吾だよ」
「山極?…すまねぇ、やっぱ思い出せねぇ」
山極にとってセイラは過去に命を賭した勝負を何度も繰り広げた相手であるが、セイラにしてみればそのような相手は全国に幾らでもいた。だから山極のことを殆ど覚えていないのだ。
「覚えてないフリを貫き通すつもりか。まあいい。その件はあとでじっくり話し合うとして、今は目の前の男を引き剥がすのが先決だ」
「そうしてぇのは山々だが、さっきから何度も殴ってるのにダメージが少ししか入らねぇ」
「少しは入ったのだな。攻撃が全く効かないわけじゃないのだろ。なら俺に任せろ」
山極はバールをセイラから奪い取り頭上に掲げた。
「任せろって、お前に何ができんだよ。薬の効果はとっくに切れてるはずだ。未使用の薬は残ってるけど成分を調べるってレオナが――」
言いかけたセイラの口が開いたまま動かなくなった。なんと山極が振り下ろしたバールが男の背中に突き刺さり、おびただしい量の血液が噴き出したからだ。
「な、な、な、なにぃーーっ!!」
セイラは目玉が飛び出そうなほどびっくり仰天した。最強を名乗る自分でもどうにもならなかった壁を、自分より弱いと思っていた男がぶち破ったのだ。
「ぐはぁぁっ!な、何しやがった!」
驚いたのは殺し屋のほうも同じだった。どんな攻撃をされようと耐えられると高を括っていたところへ背中に深い傷を負わされたのだ。
男は思わず手を離してしまった。その一瞬の隙を見逃さなかった山極はツバキをお姫様抱っこして走り出し、坂本の前に下ろした。
「すげぇぇ!山極さん、あんたフラッシュモブってやつだったのか」
「何言ってんだよリーダー。さあ、こいつの手当てをしてやってくれ」
山極はまた走り出しセイラの横に戻って来た。移動速度が尋常ではなかったが息一つ乱れていない。
「お、お前、思ってたよりやるじゃねぇか。そんなに強いなら薬なんて要らなかったな」
「何を言う。元から俺は薬なんて使っていない」
「なに!まさかお前、実家が農家なのか?」
「…は?それはどういうギャグだ?」
セイラは本気で質問したのだが、山極はふざけていると受け取ったようだ。
「教えてくれよ、その強さの秘訣。どうやったらお前のように魔法少女でもないのに強くなれる」
「話は後だ。今は目の前の敵に集中しろ」
殺し屋は背中にバールが突き刺さったまま起き上がった。
「何です今の。何をしたのですか。私に何を、何を…何をしたぁぁぁぁぁ!答えろぉぉぉぉぉぉ!!」
男は初めは冷静さを取り戻したかのように振る舞ったが、背中の痛みのせいかそれとも攻撃されたことへのショックが蘇ったからか次第に怒りが声と表情に表れてきた。
「答えろぉぉぉぉ!さもなくば殺す!依頼は受けてないが殺す!答えても殺す!殺す殺す殺す殺す殺す!殺す!!」
男が二人のほうへナイフを投げながら突進してきた。しかし怒りでコントロールが狂ったナイフは明後日の方へ飛んでいった。
ナイフは当たっていないのに突然山極がその場にしゃがみ込んだ。
「すまないセイラ。力を使い過ぎたせいで俺はもう戦えない。ツバキは助けたから後は頼んだ」
「おお、ありがとよ。お前はよくやってくれた。後はアタシが何とかするからゆっくり休め」
口ではそう言ったものの男を止める術が思いつかなかった。
気休めかもしれないが山極が怪我を負わせたお陰で少し弱ってるかもしれない。それなら少しは勝機があるか。やるしかない。さあ、来るならこい!
セイラが覚悟を決めたその時、プルルルル、と古風な着信音がした。
その音を聞いた途端に男の足がぴたっと止まった。ポケットからスマホを取り出し電話に出た。着信音は殺し屋のスマホからだった。
「はい、もしもし。…そうですが。…はい、いえ…」
男はさっきまでと打って変わって落ち着いた声で電話の相手と話した。
「…しかしそうなればお金は…もう払った?確認します…はい、確かに。それでは…」
電話を終えた男はスマホとナイフを仕舞い、きびすを返して倉庫の外に出ようとした。
「待て!どこに行くつもりだ」
「どこって、私の自宅ですが。住所は個人情報ですからそう易々とお教えするわけにはいきません」
「そうじゃない!勝負を投げ出して逃げるのかと聞いているんだ!」
「勝負?一方的な惨殺の間違いでしょう。それとも本当は私に殺して欲しかったのですか?」
「そうじゃない。だが…」
セイラは言い淀んだ。確かにあのまま戦ってもこちらが一方的に負けていたかもしれない。
「もういいですか。私、今日の正午から次の仕事がありますので早く家に帰って仮眠を取りたいんですよ」
「待て。最後にお前の名前を聞かせろ」
「そういえば名乗ってませんでしたね。いいでしょう。私は
そう言い残して牧山は背中を見せ脱兎のごとく走り去った。身体能力が強化されたままなのであっという間に姿が見えなくなった。
―翼が生えたってのに結局飛ばなかったな。まあ、アタシには見えなかったから飛ぶ方がむしろ不自然に映っただろうけど。
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