第14話『殺し屋の冷たいジョーク』
屋根から降って来た男は突然足場を崩されて動揺しているかと思いきや至って冷静にセイラを見つめた。
「こんなに早く登場することになるとは思ってもみませんでしたよ。あなた、中々勘が鋭いですね。私はその女が落ちた大穴から離れた小窓のところにいたのですが、どうやって発見したのですか」
「なに、映画の撮影をするならどこかにカメラがあるはずだからな。カメラを探していたら偶然お前の姿を見つけた。それだけだ」
「映画?なんの話ですか」
屋根から落とされてもまるで動じなかった男がセイラの意味不明な発言にきょとんとした。
「…今のは忘れろ。そんなことより、レオナを狙うとはお前もこいつら百鬼蛮行の人間か。それとも別の暴走族が漁夫の利を狙って後を付けて来たか」
「おやおや、私を暴走族だなんて低俗な連中とご一緒にしないで頂きたい。私はもっと高貴かつ優雅な専門職、殺し屋でございます」
今度は男の珍妙な発言にセイラが放心状態になり驚いた。
「…は?落下の衝撃で頭でも打ったか。現代日本に殺し屋なんていてたまるか」
「私は至って正気でございます。むしろ死体を隠しても行方不明者は
「その殺し屋さんが何の用だ」
「決まっています。そちらの魔法少女達を暗殺するためです」
するとこいつも情報提供者って奴の差し金か。百鬼蛮行が失敗した時のために第二の矢を放っていたってことだろう。用心深い奴だな。
「そうかよ、じゃあ遠慮なくぶっ飛ばしてやれるぜ。殺し屋ならどの道ろくな奴じゃないに決まってるからな」
「ふむ、陸でもないのはむしろあなた方のほうではございませんか」
「なんだと?」
「あなたがたは暴走族です。一般市民が不況の煽りを受けただでさえ辛い生活を送る中、暴走族は夜中に騒音を撒き散らし市民の神経をさらにすり減らす。そして騒音に飽き足らず先程のように光害まで来す。まったく、一般市民としてはたまったもんじゃありませんよ」
こいつ、癪に障ることをずけずけと。確かにこいつの言い分も一理あるだろう。だがアタシにも言いたいことがある。
「アタシはこんな
アスカに同意を求めようと振り向いたが鎖に繋がったまま眠っていた。とうに夜が更けているから仕方ないが、それでも立ったまま『大』の字で寝てる奴なんて初めて見たぜ。
「騒音や光害だけではありません。臭いもですよ。ああ臭い臭い」
男が鼻をつまんで見せた。そういえば爆竹を大量に焚いていたんだった。アタシは嗅覚疲労のせいか臭いを感じなかった。
「爆竹を焚いたのはどっちかと言えばてめぇ側の責任だろ」
「いえ、硝煙の匂いにはむしろ慣れています。何しろ私は殺し屋ですからね、仕事で銃を使う機会は多いですし。私が気になるのは、女性の臭いです」
「お前まさか…匂いフェチって奴か?仕事中に女の匂いで気が散るなんて殺し屋失格だな」
なかなかどうして、今日はよく変態と出くわすものだな。男は皆変態だって母ちゃんが昔言ってた気がするが、他の奴らも隠してるだけで実はとんでもない変態だったりするのか。
「訂正してください。私は匂いフェチではなく、匂いソムリエです」
「どっちも似たようなもんだろ」
「全然違います。働く女性の汗は美しいですが、彼女たち暴走族の汗は醜く臭い。私はその匂いを嗅ぎ分けることができる、つまりはソムリエということです」
変態も極めればソムリエを名乗れるらしい。今すぐワインソムリエに謝ってこい。
「それにしても酷い臭いです。ああ、鼻が曲がりそうだ。…そうそう、ご存知でしたか、トリカブトには消臭効果があるのですよ」
また突然変なことを言いだしたな。
「消臭効果だと?そんな話聞いたことねぇぞ」
「やはりご存知ありませんでしたか。ちなみにその効果を最初に発見したのはこの私です。ですがアメリカの学会で発表した時には誰にも相手にされず、論文もジャーナルに掲載を拒否されました」
「学会?論文?」
「ああ、失礼しました。高校すらまともに卒業していないあなたたち暴走族に言っても仕方ないことですね」
こいつ…アタシが気にしてることをぬけぬけと。自分が悪いとはいえ中卒のせいでどれだけアルバイトの面接落とされたことか。
「てめぇがインテリ気取りたいのは分かった。じゃあせめてアタシら無学の人間にも分かるよう説明してくれや」
「いいでしょう。とはいえメカニズムは簡単です。あなたたち悪臭の原因物質共にトリカブトを盛って殺す。そうすれば臭いを元から断つことができる。それだけです」
男の奇天烈な解説を聞いたアタシは驚きのあまり一瞬だけ声の出し方を忘れた。
「どうかしましたか。こんな分かりやすい説明でも理解できないほど馬鹿なのですか」
「馬鹿はてめぇだろ。そんなもん、消臭効果でも何でもねぇ。ただ人間を殺すだけじゃねぇか」
「そうです。何か問題がありますか」
男は真面目な顔で質問した。ふざけているつもりは微塵も無いらしい。ふざけていて欲しかった。
「ですが魔法少女を殺すのにそれだけでは心細い。何しろ魔法少女は生命力が普通の人間より強いですから毒を盛るだけでは殺せません。一時的に機能停止させるだけだと依頼者は仰ってました」
「なるほど、だいたい読めたぜ。レオナ達にトリカブトを塗ったナイフで傷を負わせ動きを止め、その隙にナイフで止めを刺そうって魂胆だろ。だがそんなことはさせねぇ。てめぇをぶっ飛ばしてレオナ達を病院に連れて行く。今なら二人とも助かるはずだ」
「それは結構。ですが出来もしないことを大ぴらに宣言するものではありませんよ。見なさい彼女たちを」
レオナの症状がさっきより悪化していた。ツバキが応急処置をしているが回復の兆しは見られない。
「あなたが素直に私の身の上話を聞いてくれたお陰で時間稼ぎができました。トリカブトは初期症状が出るまで10分かかると言われていますが、それはあくまで口から取り込んだ時の話。傷口から混入すれば本来なら数十秒で心停止、死に至ります」
「くっ…」
「屋根上からあなたを観察して思いましたが、どうも自分語りがお好きのようで。それでもしやと思いましたが、他人の自分語りを聞くのもお好きのようですね。何か理由でもおありですか。今度はあなたのお話を聞かせてくださいよ」
他人の話をちゃんと聞こうって最近心掛けるようにしていたが、それが無意識のうちに癖になってしまっていたらしい。完全にアタシのミスだ。
言ってやりたいことは山ほどあるが、今は目の前の男をぶっ飛ばすのが先決だ。
アタシは落ちていた鉄パイプを拾い上げ、男目掛け投げ飛ばした。鉄パイプが男にぶつかるのを確認することさえもどかしく、すぐにレオナの方へ駆け寄った。
「替わってくれツバキ、今度はアタシが…」
「おやおや、急に何をするんですか。危ないじゃないですか」
後方から聞こえるはずがない声が聞こえたのでぞっとした。恐る恐る後ろを振り返ると男が無傷で立っていた。
「な、なんで…立っていられる!」
「何故か?そんなこと、魔法少女なら一目見ただけで分かることですよ」
「そんな…そんなことって…あり得ないはずです!さっきまでそんな気配は…」
ツバキが男を見て畏怖の表情を呈した。
「どうしたんだよ、教えてくれよ」
「あの人は…身体にユウウツバエを宿しています!」
「なにぃっ!まさか、あいつも薬を…」
「違います!背中に見えるあの禍々しい赤い翼…あれはユウウツバエそのものに寄生されないと生えてきません。それに凄く大きい…あんなに大きいものは見たことがありません」
「ふっ。それも当然です。なぜならこのユウウツバエはアメリカで捕獲されたものですから!」
アメリカ産の野菜が日本産より大きいとでも言いたげな軽いノリで男は翼を自慢した。まったく、笑えねぇ冗談だ。
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