第13話『屋根から降って来た少女』

魔法少女は変身時に物理的に強く発光する。決してアニメ的な演出で光っているのではない。

それは乙女たちのプライバシーを守るためであり、また敵の目をくらませ変身の邪魔をさせないためでもある。

少女を守るための機能がしかし今回のように攻撃に転じた例はこれまで確認されていない。魔法少女という概念を生み出した存在も―そんなものが実在していたとすればの話だが―予想していなかったことだろう。


光で目をやられた坂本は未だコンクリートの床に寝転がり足をジタバタさせ悶え苦しんでいる。かかとで地面を蹴るたび足元が直下型地震のように激しく揺さぶられ衝撃音が倉庫内に反響した。


「おい、早くこいつを止めてくれ。地面が揺れるたびにアタシの脳まで揺らされるようで気持ち悪い」

「しょうがないわね」


レオナは深呼吸しつつ青い笛を唇で挟み坂本を観察した。

行動がシンプルだから先読みしやすくて助かるわ。そのまま右足で地面を強く蹴りなさい。

ピィーッと笛の音がこだました。笛の音が止んでまもなく地面を蹴る音も聞こえなくなった。


「リーダーさんを操り人形にしたことだし、折角だから彼を部下に襲わせてみようかしら。自分の手でかわいい味方がやられていくのって、どんな気持ちなのかしらね、フフッ」


急に悪役のようなセリフを吐いたレオナにアタシは正直ドン引きした。やっぱりリーダーがマゾ気質だから、メンバーにサディストな奴が多いんだろうか。こんなチームに入ったら同属扱いされそうで何だか嫌だな。


「程々にしとけよ。お前の笛で幾らでも治せるからって過度に痛めつけるのは同意できない」

「冗談に決まってるじゃない。ちょっと拘束するのを手伝わせるだけよ」


レオナの目は新しいオモチャを手にした子供のように輝きに満ち溢れていた。冗談言うヤツの目の色にはとても見えないぞ。


「全員を拘束して無力化し未使用の薬を奪う。それから情報提供者について知ってることを全て吐かせる。今やるべきことはこの二つよ。協力してくれるわよね」


しゃあねぇな。ここは大人としてガキの喧嘩の後始末に付き合ってやるか。


源たち残った戦力はリーダーが無力化されたことで逆上するかと思いきやあっさり降参し、武器を捨てて自分から投降しロープに巻かれた。ただ一人を除いては。


「ちくしょおおお!正々堂々俺と勝負しろ!」


一人だけ厳重にロープで何重にもぐるぐる巻きに拘束された宮村が吠えた。結局鉄パイプは地面から抜けなかったらしい。

しっかし鉄パイプを諦めてすぐに殴りかかってくるものだと思っていたが、意外と律儀な奴なのかもな。いや、律儀な男が暴走族やってるわけがないか。


「正々堂々だと。怪しい薬なんか使わないとアタシと張り合えないてめぇの言えたことかよ」

「黙れ!お前こそ木村たちをぶっ飛ばしたあの腕力、インチキしやがっただろ!」

「インチキだと?」


アタシは宮村の胸倉を右手で掴み身体ごと天高く持ち上げた。


「ぐ、は、離せ!」

「アタシの腕力はキツイ農作業で培った自分の力だ。ガキの頃から急斜面の畑から倉庫までのミカン運びを1日30往復させられ、故障した摘果てきかロボットを農協まで運ばせられ、おまけに母ちゃんが仕留めた猪を家に運ぶのを一人でやらされた。あいつら百キロもあるからガキが担げるわけねぇのによ。ったく、ほんっと昔っから人使い粗いんだよな」

「お前の身の上話なんてどうでもいい!とにかく下ろせ!縄をほどけ!」

「まだ分からねぇか。ハエの力も魔法少女も何にも無しで己の力だけで戦えば、この場で一番強いのは間違いなくこのアタシだ。それとも5歳の頃からずっと鍛え続けたこの肉体にてめぇごとき青二才が自力で勝てるとでも思ってるのか」

「か、勝てる!」


見え透いた虚勢を張りつつもアタシの強さの秘訣を知ってなお少しも怖気づかないのは度胸があるとみた。それとも、単に口から出任せ言っただけだと思われてるのかもしれないが。


「口では何とでも言えるな。お前いくつだ」

「15だ」

「それだけ若けりゃまだまだやり直せる。いや、まだ何も始まってすらいない。人生に決まったスタートラインなんて無いからな。お前の人生はこれから始まる。今からでも体を鍛えれば…」


その時アタシの決め台詞を阻止するかのようにガラガラと音をたてて天井の一部が崩れた。それと同時に一人の人間が瓦礫とともに降って来た。


おいおい、折角人が華麗にカッコよくまとめようとしたのに、アタシより目立つ真似しやがったのはどこのどいつだ。


「お、下ろせ!」


降って来た奴に注目するあまり持ち上げたままの宮村のことをすっかり忘れていた。宮村に言われるままに下ろそうとしたが視線は落ちて来た人物に向けられたままだったので途中で手が滑って宮村を変な体勢で落としてしまった。


「あ、悪い」


謝りながらも視線は相変わらずだった。

派手な演出で落ちて来た人物はしかし着地には失敗しお腹から地面に激突した。普通なら死んでいてもおかしくはないがそいつは自力で上体を起こした。フルフェイスヘルメットを被っているのと、特攻服の上からでも分かる立派な胸がクッションになって助かったのだろうか。いや、10メートル以上の高さから落下したのだ、そんな程度の格好で助かるわけがない。

レオナ達と同じデザインの特攻服を着ているからダーク・シェパードの人間には違いない。高所から落ちても生きてるくらいだから魔法少女だろう、きっと。


「園子。居ないと思ったらまた屋根に上ってたのね」


レオナの呼びかけで思い出したが、そういえばここに着いた時、もう一人副リーダーがいたんだったな。確か名前は蜂谷園子。屋根に上ってたらしいが、魔法少女の実写映画の撮影でもしてたんじゃないだろうな。魔法少女はアニメで見るからいいんだ、実写映画は御免だね。


「園子、どうしたのその傷!」


園子の特攻服には刃物で切り裂いたような痕跡が幾つもあった。レオナが特攻服を脱がして確認すると幸いなことに腕と脚に到達した二つの浅い傷以外に傷は見当たらなかった。

ヘルメットを脱がすと饅頭を想像させる丸い顔が姿を現した。無表情だが細く開いた口で苦しそうに息をしている。着地失敗したせいだろうか。レオナがいるからって無茶し過ぎじゃないか。


「しっかりして!今治すからもう少し頑張って」

「…気を、付け、ろ…」


笛を吹こうとするレオナの動きを止めて迫真の表情で何か伝えようとした。しかし呂律が回っていないせいか言葉が途切れ途切れに発せられ聞き取りづらい。


「何、どうしたの!何に気を付けろって言いたいの!」

「男、の、ナイ、フ…」


声を振り絞りレオナの問いかけに答えた園子はまもなく瞼を半開きにしたまま身体の力が抜けて動かなくなった。


「園子!」


脈が限りなく弱くなっていき呼吸も浅くなり、命の灯火が辛うじて光を残しているかのようだった。

レオナは大急ぎで笛を吹き傷を治した。しかし症状に回復の兆しは見られなかった。


「どうして…私の笛は聞こえたはずなのに…」


その時、レオナの右腕に刃物で斬られたかのような痛みが走った。


「痛っ!何今の…」


ガチャリという音に反応し地面に目をやるとナイフが落ちていた。

拘束した男たちのほうを見たが崩壊した屋根を見上げているだけで変わった様子は無かった。誰かがこっちにナイフを投げつけたわけではないようだ。


ナイフを拾おうとしたが何故か標準がうまく定まらず、ナイフを掴めない。苦心してようやく掴んだそのとき、腕に痺れを感じナイフを落としてしまった。気のせいかと思い再びナイフを拾おうとしたとき、バランスを失いその場に倒れてしまった。その時になってレオナは異変の正体にようやく気付いた。毒だ。ナイフに毒が塗られていたのだ。


毒が体内に混入したというのなら園子の症状が良くならないことも説明が付く。笛で傷は治せても体内に侵入した異物までは消滅しないからだ。そして園子が屋根から降ってくるより前に傷を負っていたということは、屋根に毒ナイフを持った何者かがいるということだ。

私を攻撃した奴も同一人物に違いない。早く手を打たないと他の皆もやられてしまうかもしれない。すぐにセイラやツバキ達に伝えないと…


「セ…」


近くにいたセイラにナイフのことを伝えようとした。しかし毒が回ったせいか言葉が出ない。セイラはレオナの視界から次第に遠ざかっていってしまった。


行かないで…伝えたい…こと…が…


毒に気付くのが遅かったため痺れは両手足の末端にまで既に広がっていった。胃に何も入れていないのに吐き気がする。肺が蓋をしたペットボトルのように硬く感じられ息を吸うのも吐くのも苦しい。幸い心臓だけは毒の影響が無いのか身体の異常も素知らぬふりして普段通りの鼓動を打っている。


辛うじてゆっくりなら呼吸ができるので、このまま静かな呼吸を続ければ死ぬことはないだろう。でもセイラに毒ナイフのことを伝えないと同じ目に遭わせてしまう。

肺の空気を全て出し切れば一度だけ大声が出せるかもしれない。でもそうすれば二度と肺に空気を送り込めないかもしれない。


自分の命か他人の命かどちらを選ぶか。レオナは苦しみに耐えながら真剣に悩んだ。しかしその直後、レオナは毒による苦しみを完全に忘れるほど驚愕した。

セイラが地面に埋まっていた鉄パイプを持ち前の馬鹿力で引き抜き、何を思ったか天井目掛けて槍投げ選手のように投げ飛ばしたのだ。

鉄パイプは天井を突き破り亀裂が蜘蛛の巣のように広がり屋根が破壊した。崩れ落ちる屋根の瓦礫とともに人間が降って来た。


その人物は忍者のように落下しながら瓦礫を蹴って地面に衝突する前に減速し、床に体操選手のように華麗に着地した。


屋根から降って来たそいつは目つきの悪いカマキリのような顔の男で両手に革手袋をはめバタフライナイフを持っていた。


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