第12話『決着』
午前2時ごろ、レオナたちを取り逃した大脇警部は警察署内で苦いコーヒー片手に書類に目を通していた。
「11月26日午後2時過ぎ、市内の青果店で窃盗事件発生。近くで暴走族の目撃情報あり。同29日午前10時ごろ、繁華街でひったくり事件発生。犯人は暴走族とみられバイクで逃走…」
「何調べているんですか~先輩」
中野巡査部長が難しい顔で書類とにらめっこしている大脇警部に鼻歌まじりに声を掛けた。
「ちょっとぉ、何か返事してくださいよ!寂しいじゃないですか」
肩をゆすったが大脇はまるで気に留めず書類をめくる手を休めない。
「僕がセイラちゃんを捕まえようとしたのを先輩が阻止したことまだ後悔してるんですか?気にしないでくださいよ。僕はあのときセイラちゃんの正体に気付いてませんでしたけど、気まぐれで捕まえるべきだって思えて来たんです。僕が正しかったのはたまたまですよ、たまたま」
事務机に腰掛け足を組んで行儀悪く振る舞ってみたが、大脇はまるで見向きもしないでいた。
「はぁー。こんなに話しかけているのに、全く反応無しですか。眠いんでこのまま帰っちゃってもいいですか」
「駄目だ」
大脇は顔の向きを変えず次の書類に目を通しながら中野を制止した。
「なんだ。聞こえてるんじゃないですか。分かってますよ、また通報があったら今度こそセイラちゃんかもしれないから、すぐ現場に駆け付けられるよう待機させられているんですよね」
「ちゃん付けなんてするな、気持ち悪い」
中野は退屈そうに伸びをして窓際に移動し外の景色を何気なく眺めた。
「先輩もそんな書類なんて放っておいて窓の外見たらどうですか。ほら、灯り付いてる家なんて一軒もありませんよ。通報するとしたら家出少女か墓場の幽霊くらいですよ」
窓の下に広がる商店や住宅街を漠然と眺めていたその時、窓の真正面にそびえる山の頂上付近が光輝いた。
「うわっ!見ましたか、今の光!きっと雷ですよ。えっと光ってから3秒、4秒…10、11、12…あれ、妙だな。音が聞こえない。ここから5キロも離れてないのに」
「ガキじゃないんだ、雷くらいで騒ぐな」
書類を机に置きコーヒータイムに入った大脇がようやくまともに口を開く気になったようだ。
「それが変なんですよ。さっきの光、眩しさからして雷だとは思いますけど、音がしないんです。それに雲だって見当たらないです」
「ならお前の見間違いだろ。大方、車のライトがこっちに向いて目に入ったんだろう」
「そんなもんじゃありませんでしたよ。もっと強い光でした。何キロも離れた所でも眩しいと知覚できるほどの鋭い光です」
「ふむ…」
大脇は椅子から立ち上がり、窓の傍に立ち外の景色を眺めた。標高千メートルに満たない山に視線を集中した。
「
「もしそうだったら大変じゃないですか。山火事にでもなったら大惨事ですよ。今からパトロールしたほうが良いですか」
「そう焦るな。火遊びだって決まったわけじゃないだろ。それにお前、運転下手だろ。よくそれで警察官の採用試験受かったもんだ」
「心外ですね。パトカーがオートマじゃないのが悪いんですよ。どうして日本のパトカーってのはマニュアルが…」
言いかけた中野の口が開いたまま凍り付いたかのように止まった。
また山頂が光ったのだ。それもさっきのとは比べ物にならないほど強く激しい光だ。
「み、見ましたか!」
「ああ。こいつは驚いた。見間違いでも雷でもねぇ。あれはきっと…サーチライトだ」
「サーチライト?アニメなんかで警察が夜中に盗みに入った泥棒を照らすあれですか」
「ああ。石頭山から警察署まで届く光はそれくらいしか考えられねぇ。だが照らされたのは俺たち警察で、使ったのは恐らく、暴走族だ」
「暴走族?なんでまた」
「さっきの女の仲間が俺たち警察に嫌がらせしたいんだろ。他に恨みを買うような事件は最近は無かった。恨んで来そうな奴らは自ら悪さをして自ら牢屋に入っていったからな。あそこに取り逃した女と、鉄拳のセイラがいるはずだ」
「それ願望入ってません?」
「うるさい。俺だけで向かうからお前はここで待機してろ」
「はぁーい」
中野の生返事を無視して大脇は懐中電灯片手に警察署を出てパトカーに乗り込んだ。
***
今度こそはレオナの変身シーンをこの目でしかと見届けてやりたい。セイラはそう思っていたのだが、目を無理に開けていると失明しそうなほどレオナの放つ光が眩しく、反射的に瞬きせざるを得なかった。
「くっ、何だこの光は!」
目を閉じたのは坂本とその部下たちも同じことで、倒れている者やカザリ達ダーク・シェパードの人間でさえ目を細めてしまうほど光は過剰に眩しかった。
「目が、目があぁぁぁ!!」
坂本は目を閉じたにも関わらず眩しそうな反応を続けた。自分の目を両手で抑え、オモチャ売り場で駄々をこねる子どものように床を転げまわった。
目の前にレオナがいたことで瞼を閉じても光が透過して網膜に届いたのだ。しかしそれだけが原因ではない。直前に接種した薬のせいでもあった。
薬には身体能力を強化する効果があると坂本は説明した。それには五感、とくに視力も含まれていた。二倍の量の薬で大幅に強化された視力は瞼を透過した光を余すことなく吸収し、網膜を通じて脳の視覚野に情報を十二分にもたらそうとした。
その媒体となる網膜、視神経なども薬の効果で強化されていた。しかし想定以上の光度に網膜が耐えきれず、左目の網膜が焼き切れてしまったのだ。
結果、レオナは変身しただけで戦うことなく坂本に勝利した。皮肉なことに、レオナを倒すため苦手な注射を克服してまで薬を接種した行為が坂本の敗北を決定づけたのだ。
さらに悪いことに、ヒメを守らせていた中津に注射させた二度目の薬が一度目の残留物と混ざり合い、中津の視力は坂本と同レベルといかないまでも相当強化されていた。
その目でレオナが変身時に放つ光を直接見てしまったのだ。網膜が焼き切れるまではいかないが、光の刺激が強すぎたため、ナイフを突きつけるのを諦めて自分の目を両手で覆おうとした。結果、ヒメを救出するチャンスが訪れた。
「…え?何これ…」
変身を終えたレオナは目の前で勝手に倒れた坂本を見て拍子抜けした。しかしヒメを助ける障害が緩和されたことに気づき、瞬時に行動を起こした。
男たちが目を開けるより早くヒメのもとに駆け寄り、中津を蹴飛ばし、ヒメを抱えて走りセイラの横に戻って来た。
魔法少女に変身し身体能力が強化されたレオナにとってそれは余りに簡単すぎることだった。
「また光りやがった。ったく、この眩しいの何とかならないのか」
ようやく目を開いたセイラがレオナの方を振り向きざまにそう言った。そして目の前に突如ヒメが現れたことに心底驚いた。
「な、え、え…もう、終わった、のか?」
「そうよ」
「は、早すぎないか?これからお前とあいつの戦闘が見られると思ってワクワクしてたんだが…」
「期待に添えなくて残念だわ」
魔法少女なのに戦いもしないって、こんなの絶対おかしいだろ。ああ、変身するところから仕切り直してくれないかなぁ。
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