第11話『DQNは算数ができない』
カザリ、ツバキの無事を確認したアタシは未だ余裕の表情を見せる坂本大悟郎に畳みかけた。
「余裕ぶっこいてる暇なんてねぇぞ。ツバキたちは上手くやったみたいだし、残ったのはお前ら四人だけだ。頼みの綱だった爆竹も無くなった。レオナ、さっさと笛吹いて操っちまえ」
「おっと動くな。知ってるんだぜ、そいつが俺たちの動きを止めるには笛を二回吹く必要がある。洗脳するためと、『動くな』と命じるためだ。部下たちは薬の効果で速く動けるんだ、二回吹くより早くお姫様の首を掻っ切ることは簡単だぜ」
こいつ、リーダーというだけあって少しは頭が切れるな。あまり見くびらない方がいいかもな。
「兄貴、それなんですが…実はもう薬の効果が切れたみたいです!」
ヒメを取り押さえていた一人が深刻な顔で坂本に打ち明けた。
「なにぃ!」
「ふっ、こいつは傑作だな。戦わせるわけでもねぇのにここに来て早々に注射したから薬が無駄になったようだな。少しはお前のことを出来る奴だと思い始めたが、そうでもなかったか。さあ、無駄な悪あがきはよしてヒメを解放しろ」
「ふっ。お前、何か勘違いしてねぇか。薬がさっき使った分しか無いなんて誰が言った」
「な、なんだと…。いや、待て。さっきお前は注射していなかった。それは人数分の薬が無かったからじゃないのか」
「よく見ていたな。だが俺様のポケットの中身までは見えないだろう!」
まだ薬を隠し持っているのか。だから余裕の表情を浮かべていやがったのか。
「さて、簡単な算数の問題だ。情報提供者がよこした薬の数は20人分だ。一方この場所に乗り込んだのは少数精鋭の13人だ。ここに来る前に試し打ちで1つ使ったのと、さっき俺様以外の全員に使ったぶんを合わせれば、残りは何人分だ」
「7人分…まだそんなに残っているのか」
坂本はポケットに手を突っ込み薬の小瓶を取り出した。
「残念。正解は8人分だ。鯖読んで少なめに答えを言ったってサービスしてやらないぜ」
「兄貴…何言ってんすか。答えは7ですよ」
指を折り数を計算していた部下が反論した。
「そうですよ。使用したのが1足す12で13人分だから、20から引いて残りは7人分です」
「お前らな、俺様が小学校中退してるからって揃いも揃ってバカにするんじゃねえ!見ろよ、ちゃんと8人分残ってるじゃねえか!」
坂本は部下に持っていた小瓶を見せた。手の中の小瓶を数えて部下たちが小声でこそこそ話し合いを始めた。
「あれ、本当だ」
「でも計算間違ってなかったよな」
「もしかして薬使ってない奴がリーダー以外にもいたのか?」
「そんなわけねぇだろ。薬使ってない奴がいたら動きですぐ分かる。ここから見てたがそんな奴は一人もいなかった」
「俺、思ったんだけどさ、実はリーダーの数え間違いで最初から21個あったんじゃないかな」
「なるほど。その線が濃厚だな。キリが良い数にするために1つだけ試し打ちに使ったんだろ」
「女が闇市で20個買ったら1個おまけで付けてくれたのを忘れてたに違いねぇ」
「…お前ら、何ブツブツ言ってる!まだ役目は終わってねぇぞ!」
坂本が部下たちを一喝し、薬を1人に2瓶ずつ渡した。
「いいか、今度は勝手に打つんじゃねぇぞ。全員が同じタイミングで使うな。まずは中津、お前だけ打て」
坂本に促され部下の一人が腕に注射針を刺した。
「さあ、これで仕切り直しだ。勝手に動くなよ、呼子笛のレオナ!そっちの女も動くんじゃねぇぞ」
「アタシか?」
「お前以外に誰がいるってんだ!ったくあの女、よくも隠し玉の存在を黙っていやがったな!」
あの女というのは情報提供者のことだろうか。ここは一つ、中津とやらの薬の効果を終わらせるために時間稼ぎといくか。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか、その女がよこした薬のことについてよぉ。と言っても大体の見当は付いてんだ」
「ほぉ、じゃあ言ってみろよ」
「その薬の成分は分からねぇ。だが効果は分かった。人間の身体能力を何倍にも増幅させる。具体的には足が速くなったり腕力が増強される。それから感情の起伏が普段より激しくなる。違うか」
坂本はにやりと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「効果についてはほぼ正解だ。だが成分については皆目見当が付かないようだな。いいだろう、特別に教えてやる。これにはな、なんとかってハエの幼体から取り出した成分が使われてるんだぜ」
「なんですって!」
驚いたのはレオナだ。さっき返した笛を落っことしそうになるくらい衝撃だったらしい。
「そんなの…有り得ないわ。すばしっこいユウウツバエを捕まえるだけでも難しいのに、意図せず寄生される危険性だってあるのよ。私たち魔法少女でも一匹捕まえるのに苦労するのに、一体どうやって…」
「んなこと俺様が知るか。薬の入った瓶20個をそいつが送って来ただけだ。俺様も虫由来の成分だと聞いた時には身の毛がよだつ思いがしたぜ。ほんと、こんなおぞましい物を体内に取り込むのは気が引けるぜ」
「そういや部下にだけ打たせてお前はまだ打ってなかったな。ひょっとして虫を体の中に入れたくないからか」
「馬鹿言え。虫が怖くて暴走族が8年も務まるかよ」
8年ってことは高校生じゃなかったみたいだな。暴走族に似つかわしくない童顔で威厳が微塵も感じられないが真っ当な道を歩んでいれば周囲からもてはやされてたことだろう。
「さっきも言ったが薬は20回分しか無いからな。全部使いきっちまったら不測の事態に対応できないだろ。俺様は天才だからちゃんと先のことも考えてんだよ」
小学生レベルの計算を間違えておいて、まだこいつ自分のことを天才だと思っているのか。
「暴走族の天才ってのはな、そんな怪しい薬なんか使わなくたって頂点に立てる者のことを言うんだぜ」
「いいや違うな。使えるものは何でも利用して頂点に君臨する。それが俺流の天才だ!おい源、お前に渡した薬を二つとも打ってこの女を黙らせろ」
「お、俺がですか?」
源と呼ばれた男が動揺して手にした薬と坂本の顔を交互に見比べた。
「さっさとやれ。女が言ってただろ、薬を多く体内に取り込むほど力は強化されるって」
「ですが、それは話を聞いただけで実際に効果をこの目で見たわけじゃ…」
「お前もさっきのあの女の戦いっぷり見てただろ。木村たちが一撃で壁までぶっ飛ばされたんだ。薬一本じゃどうせお前も同じようにやられるだけだ」
「そうかもしれませんが…」
気に入らねぇな。リーダーの癖にさっきから部下に任せっきりじゃねえか。ここは一つ、言い淀んだ源に助太刀しつつ坂本の野郎を焚き付けてやろう。
「リーダーってのは自ら先陣切って敵の陣営に突っ込んでいくもんだぜ。てめぇもリーダーなら部下にばかり頼ってないでそのくらいの気概を示して見ろ」
「俺は部下を信用しているんだ。リーダーである俺様が直接手を下すまでもなく貴様らを倒せるはずだ」
「そんなこと言って、本当は注射が怖いだけなんじゃねえか。どうだ、アタシが手伝ってやろうか」
「ぐ…ええい、やかましい!その口が二度と聞けぬよう俺様が直々に相手してやる!」
しめしめ。こうもあっさり挑発に乗ってくれるとは思わなかった。
怒りを露にしながら坂本は注射器二本を頭上に掲げ、意を決して自分の腕に振り下ろした。
「ちょっとセイラ、こっちが不利になるような状況を作ってどうしたいのよ!」
レオナがアタシの胸倉を掴み真剣な表情で訴えた。
「落ち着け。お前確か言ってたよな、普通の喧嘩では魔法少女に変身するのを禁止されているって」
「そうよ。でもそれがどうしたっていうの」
「あいつの話聞いてただろ。あの薬の正体は何って言ってた?」
「ユウウツバエ…まさか!」
すぐにアタシの意図に勘付いたようだ。
「そう、そのまさかだ。体内にユウウツバエの体の一部が流れてるってことは、寄生されてるのと同じ事だろ。なら変身して戦っても問題ないはずだ」
「そんなの屁理屈だわ。こんなことして組織の規則を破ったら副リーダーとしての示しがつかないわ」
「でもカザリの奴は変身してたぜ。あいつも副リーダーだろ」
親指でカザリのほうを指差しつつ振り返ると既に変身を解除していた。
「あの子はリーダーの言いつけを守らない性格なのよ。私は違う。副リーダーとして規則を…」
「規則、規則って、そんなに規則が大事か。さっき三人に殺されかけたとき、戦う前から変身してたら瀕死の重傷を負ってなかったんじゃないのか。規則を守って死ぬところだったんだぞ」
「それは…」
「そもそも暴走族ってのは、規則で雁字搦めの社会に真っ向から対立するもんだ。チームの規則だろうと、例外なく規則は規則として堂々と破る。それこそが暴走族の在り方ってもんじゃねぇのかよ」
言い返す言葉が見つからないのかレオナは黙ってしまった。
もう一押しだ。進んで変身したくなるよう悪魔のささやきをくれてやる。
「それによ、さっき一方的にやられてムシャクシャしてたところだろ。痛い思いをして、惨めな気持ちになって、乙女の大事な髪の毛が血で汚されたんだ。その鬱憤は誰にぶつけたらいい。誰がお前をそんな目に合わせるよう主導した」
「…敵のリーダー、坂本大悟郎」
「そうだ。そして偶然にもあいつはユウウツバエに寄生されている。もう変身するほか選択肢は無いだろ」
「…そうね」
その時ようやく坂本は注射針を抜き取った。思い切って刺したもんで針が腕を貫通したらしい。
舞台は整った。これでやっと間近で魔法少女の戦闘が見られる。アタシは全く魔法少女になりたくないわけじゃない。本当に魔法少女に変身すれば強くなれるのか、それをこの目で確かめてから決めたかった。さあ、アタシにその力を見せてくれ。
「変身!」
さっきと別人のように活気のある声でレオナは高らかにそう宣言した。
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