第10話『悪食のカザリ』

山極は武器を振り下ろそうとする三人の男を順番に殴り飛ばした。ツバキはその様子をただ呆然と眺めているだけだった。切り出す言葉を探すのに時間を要した。


「…どうして助けたのですか。私はあなたの敵ですよ」

「敵だろうと敬意を払う、それが俺のやり方だ。それに心と心が通じ合えば、人は誰とだって仲良くなれる。たとえそれが妖怪だろうと怪力女だろうとな」

「怪力女は一言余計ですよ」


ツバキは思わず笑みをこぼした。


「でも宜しいんですか、お仲間を攻撃してしまって。後で怒られたりしませんか」

「うちの組織の事情だ。お前は気にしなくていい。それに俺は強いから大丈…」


言葉の途中で山極は意識を失い、その場に倒れた。

さっき殴り飛ばした一人、アフロの男に鉄パイプで頭を殴られたのだ。他の二人も起き上がり武器を持っていた。


「さっきはよくもやってくれたよなぁ」

「山極の兄貴さぁ、あんた暑苦しいんだよ」

「坂本の兄貴より年上の癖してあんたはリーダーじゃない。何故か分かるか。お前がチームの誰からも尊敬されてないからだ!」

「俺たちは暴走族だ。お前のように正々堂々なんて考えの奴に行動を制限されたら、他のあくどいやり方のチームに舐められるんだよ」

「あんたは強いからそれでいいかもしれないが、俺たちはそうじゃない。弱い大多数のことも考えてくれよ」


男たちの目線が山極からツバキへと移った。


「さて、邪魔がいなくなったところだしこいつをやるか。どうする、リーダーの言ってたとおり殺すか」

「いや、こいつはなかなかの上玉だ。殺すのは勿体ない。首輪を付けて俺が飼うってのはどうだ」

「おいおい、冗談だろ池谷。こんな筋肉質な女が好みなのか。女はもっと柔らかいほうがいいに決まってんだろ」

「なんだと田中。お前は女の好みも名字も普通でつまらない人間だな」

「お前、言って良いことと悪いことがあるだろ!殺すぞ!」

「やめろ二人とも。まだ俺たちの役目は終わっていない。こいつを戦闘不能にして、さっき逃げた女も倒す。殺すかどうかはその後で決めろ」


アフロの男になだめられて二人は大人しくなった。


「樋口さんがそう言うなら仕方ねぇ」

「しゃあねぇ。んで逃げた女は何処行きやがった」

「噂をすれば出てきやがったぜ」


倉庫の奥からカザリがとぼとぼ歩いてきた。


「あーあ、炭もう無いの忘れてたわ。その辺の木でも切り倒して燃やそうかなぁ。…あれ、ツバキなに男侍らせてんの。アンタそんなに男好きだっけ」

「…私がこんなお猿さんたち好きなわけないですよね」

「そうよね、アンタはゴリラだもんね。この前ゴリラと猿じゃ赤ちゃんできないってレオナが言ってたわ」

「…相変わらずマイペースな方ですね」


ツバキに危機が迫っているというのに、まるで緊張感も無く普通に言葉を交わす様子を見て、池谷が痺れを切らした。


「おい、誰がゴリラだと!俺の女をバカにするんじゃねぇ!訂正しろ!」

「アンタのことじゃないんだから、何と呼ぼうが勝手でしょ!」

「私はあなたの女になったつもりはありませんが…それよりカザリさん、私はもう戦えませんからこの人たちの相手はお任せします」

「ええっ、ツバキ負けたの!情けないわね。いいわ、丁度いい髪型のやつもいることだし、ちゃちゃっと変身して片づけちゃうわ」

「待ってください、彼らは操られているわけじゃ…」

「変身!」


ツバキの制止を気にも留めずカザリは元気よく叫んだ。体が眩い光に包まれた。


「ああ、また勝手に変身を。後でリーダーにきついお仕置きされますよ」


いきなり眩い光に包まれたカザリに男たちは度肝を抜かれ反応が遅れた。


「うおっ、眩しい!」

「変身する気だ!阻止しろ!」


池谷、田中がカザリに飛び掛かろうとした。しかしツバキがそうはさせじと二人の足首を掴んだ。


「着替え途中のレディに抱き着こうだなんて、あなたたちよっぽど女に飢えた変態でございますのね」

「くそっ、邪魔をするな!」


男たちは掴まれていないほうの足でツバキの身体を何度も蹴飛ばした。蹴られるたびに苦しそうな声を上げたが決して掴んだ手を離しはしなかった。


「いい加減手を離せ!」

「乱暴な殿方ですね。リーダーなら感謝を申し上げるところでしょうが、生憎私は人に蹴られて喜ぶ趣味はございませんので」


ツバキが二人を食い止めているうちにカザリは変身を終えた。

輝く赤いブーツ、膝上まで隠れる黒いスパッツ、原色の赤地に黒い縦線の入ったストライプ柄のワンピース。髪色は根元が黒く毛先に近いほど赤い。ツインテールを束ねるリボンは中心が赤く縁取りが黒い。


「変身してしまったものは仕方ありません。ささっと終わらせてください。今日はもうあと五分しか変身が持続できませんよ」

「うげっ、そんなに今日変身したっけ?急がなきゃ。さあ、誰でもいいからとっととかかってきなさいよ」


カザリの目の前に樋口が鉄パイプを持って対面した。


「ほう、これが魔法少女というやつか。初めて見たが、さっきより弱そうに見えるな。どれ、俺が試してやろう」

「あんた、いい髪型してるわよね」

「おお、俺の髪型の良さが分かるか」


樋口は自分のアフロを触った。


「俺は毎朝五時に起きて三時間かけて髪型をセットしている。見た目には分からねぇが四年分の髪の密度は重いぞ。暴走族ってのは、身だしなみも気を遣わないと舐められるからな」

「そんなこと言ってんじゃないわ。むしろ頭に載せられたブロッコリーが可哀そうなくらいアンタが醜く見えるわ」

「おい女、今俺の髪型のことをなんつった」

「聞こえなかったかしら。貧相な畑で育てられたブロッコリーみたいだって言ったのよ。そんなことに三時間もかけるだなんて馬鹿じゃないの」

「なんだと、このクソアマァ!俺の魂のこもったアフロをブロッコリー呼ばわりしやがって!ぶっ殺す!」


樋口は鉄パイプを振りかぶり、カザリの首筋目掛けて目にも止まらぬ速さで振り下ろした。

しかし鉄パイプはカザリに当たる前に何かとぶつかり大きな金属音を響かせた。樋口が咄嗟に一歩下がり、ぶつかった物の正体を確かめた。円形の金属板に取っ手が真っ直ぐ取りつけられた物。それはどう見てもフライパンだった。


「な、なにぃ!フライパンだと!そんなもの、いつの間に…」

「これはアタイ専用の武器よ。守るよし攻めるよしの万能アイテムなんだから、アタイ一人でアンタたちを倒すくらい朝飯前だわ」

「ふ、ふざけやがって!おいお前ら、何をしている!遊んでないでさっさと加勢しろ!」


せかされた池谷、田中がツバキの手を振りほどきカザリの前に並んだ。


「薬で強化した俺の攻撃を片手で持ったフライパンで防ぎやがった。こいつ見かけ以上に強いぞ。用心しろ」

「なあに、大丈夫っすよ。俺たちが同時に攻撃すればあんな小さなフライパンでよけきれるわけがないですよ」

「そうか、それもそうだな。よし、いちにのさんで攻撃するぞ」

「うす!」


三人は武器を構えてカザリににじり寄った。


「カザリさん、あと三分です」

「げっ、じゃあ早く決着付けないとヤバいじゃん」


ツバキにせかされカザリは自ら男たちに近づいていった。


「ほお、お前のほうから死にに来てくれるとはな」

「んじゃ、いくぜ!いちにの、さん!」


男たちは鉄パイプを一斉に振り下ろした。

しかし誰一人としてカザリに攻撃を当てることはできなかった。


「な、なんだこれは!」

「で、でっけぇ…」


カザリの持っていたフライパンが軽自動車くらいのサイズに巨大化し、三人の攻撃を易々と受け止めたのだ。


「さあ、今度はアタイの番よ!」


フライパンが元の大きさに戻り、拾い上げたフライパンで呆気に取られている男たちの頭をもぐら叩きのように次々叩いた。

田中、池谷の二人は一撃食らっただけで仰向けに倒れそのまま気絶した。残った一人、樋口は衝撃で鉄パイプを手から落としたが、気を取り直し胸元からナイフを取り出した。


「二人を一撃とはやるな。だが俺はこのアフロがクッションになって助かった。俺の早朝の三時間は無駄じゃ無かったってことだ」

「それは良かったわね。髪への感謝は今のうちに済ませときなさい。今からアンタが丹精込めて栽培したブロッコリーを収穫してあげるわ」

「またブロッコリーって言いやがったな!クソアマァ!」


怒りが頂点に達した樋口はナイフを両手で構えカザリ目掛けて超スピードで突進した。


「無策で勝てるほど魔法少女は甘くないわ」


カザリは走ってきた樋口の後ろに回り込み襟元をつかんだ。襟を強く引っ張ると樋口は仰向けに倒れナイフが宙を舞った。

カザリがナイフをキャッチし樋口に馬乗りになり、目の前の顔ににかっと微笑んだ。


「近くで見るとほんといい密度してるわよね」

「な、そ、そうだろ!気に入ってくれたなら触らないでくれ!」

「ナイフで髪の毛切るのって難しいのよ。あんまり動かないでくれる、頭皮ごと切っちゃうわよ」

「やめろ!やめてくれ!やめて…ください…」

「男のくせに情けないわね。髪なんてまた生えてくるでしょ。それにこれは報いよ。ツバキに酷いことをした報い」


顔の正面の生え際にナイフを近づけ、髪をバッサリ切った。


「ああ…」


髪を切られたのがよっぽどショックだったのか樋口は絶句し、まもなく気絶した。

ナイフではうまく切れず、切り終わった頃には樋口の頭部には切り残しで世界地図が浮かび上がった。


「見て見て!アタイもアフロにしてみた」


カザリが樋口から刈り取ったアフロを被ってツバキに見せた。ツバキは怪我はしたものの致命傷では無く時間が経って痛みが引いたので自力で起き上がった。


「…そんなことするために髪を切ったのですか」

「ん、違うよ。ねぇ、あと何分変身できる?」

「一分弱でしょうか」

「やっべ、遊んでる暇じゃなかったわ」


ツバキはアフロを地面に置き、その上にフライパンを置いた。


「マジカル・フレイム!」


そう唱えるとアフロに火が付きフライパンが熱せられた。加熱されたフライパンに焼きそばパンをちぎって並べた。腐った臭いは露と消え、具材が焼かれる音と香ばしい匂いが広がった。


「焼きそばパン炒めの完成!」

「…変な魔法の使い方しないでください」

「火加減が調整しやすいんだからいいでしょ。ケチ付けるならツバキにはあげないわ」

「別に欲しくありませんけれど…」


カザリはフライパンを傾けて焼きそばパンものを全て口に放り込んだ。


「どうですか、お味は」

「うん、まあまあってとこね」


ぐぅ~。今度はツバキの腹の虫が鳴いた。


「アンタもほんとは食べたかったんじゃないの」

「少しお腹は空いてます。確かに匂いは食欲をそそられましたが」

「実はね、もう一つ見つけたのよ」


カザリはポケットからコロッケパンの入った袋を取り出した。賞味期限は四日前に切れている。


「…前言撤回します」

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