第9話『金属バットのツバキ』

ツバキとカザリは目の前の四人の男たちを見てなお余裕の表情で満ちていた。


「アンタたち、昼間お仲間をこてんぱんにやっつけたってのにまだ懲りてないの?」


ぐぅーぎゅるるー。カザリの腹の虫が主人と同じように呑気に鳴いた。


「ごめんツバキ、そいつらの相手くらい一人で余裕よね。アタイ今からパン食べるのに忙しいから後よろしく」


カザリは男たちそっちのけで焼きそばパンの袋を開いた。


「うげぇ、くっさ~!なによ、どうしてコンビニの総菜パンってのはもっと防腐剤を入れないのよ!すぐに腐っちゃうじゃない」

「カザリさん、普通の方は防腐剤が少ない方がお好みなのですよ」

「なによ普通って。いいわ、火を通せばまだいけるはずだから」


そう言い残してカザリは倉庫の奥のほうへ消えてしまった。


「待て!逃げるんじゃねぇ女!」

「落ち着け。力を手にした俺たちにとってあいつはもはや敵じゃない。今は目の前の、金属バットのツバキに集中しろ」

「そうだ。あいつさえ倒せばさっきのガキを倒すなんて簡単だ」


ツバキは心底うんざりしていた。そんな昔の呼び名、もう止めていただきたいのですけれど。


「あなたたち。私を主戦力だと教わっておきながら、何の対策も講じられなかったようですね」

「いいや、対策ならあるぜ!」


そう言ってリーゼントの男がツバキ目掛けて金属バットを放り投げた。


「…なんの真似ですの?これを使えとでもおっしゃりたいのですか」

「そうだ。俺は全力のお前と戦いたい。話に聞くとお前らは武器の使用を禁止しているらしいからな。もしやと思っていたが、まさか『金属バットのツバキ』を名乗っておきなからバットを持ってなかったとはな。余分に持って来ておいて正解だったぜ」


ツバキは何も言わずバットを拾った。


「俺の名前は山極彰吾やまぎわしょうごだ。さあ、かかってこい!他の奴らには手は出させねぇ。一対一の本気の勝負をしようぜ!」

「…どうやら勘違いをなさっていますね。私が金属バットのツバキと呼ばれていたのは、ダーク・シェパードに入る以前の話です」

「な、なにっ!」

「それに今も昔もバットを武器として扱ったことは一度もありません」

「くっ、それなら何故そんな異名が付いた、答えろ!」

「口でお答えするより実際に見ていただいた方が早いと思います。ご覧ください」


さっきの金属バットを肩幅に開いた両手でしっかり掴んだ。


「な、何をする気だ?」

「ふんっ!」


ツバキが腕に力を入れると、ビキビキッ、と耳が裂けるほど大きな音が倉庫内にこだました。と同時にツバキの手の中にあったバットが『へ』の字を通り越して『〆』の字に折れ曲がった。


「な…なに…」

「上手くいきました。失敗すれば真っ二つに割れて『ハ』の字になるところでした。あなたもやってみれば分かりますけど、力加減が難しいんですよ」

「は、お、お、面白ぇ!まさか金属バットを素手で曲げられるからそんな異名が付いたとはな」


ツバキのパフォーマンスを見て臆するかと思われたが山極はむしろ興奮が抑えきれないでいた。


「どうりで昼間斎藤がお前たちに病院送りにされたわけだ。お前のような怪力女がいたとはな。だが俺はそう簡単に倒せると思うなよ!」


山極は自分の着ていた服を掴んで引きちぎり上半身を露わにした。


「俺は24年の人生の中で何度も挫折を味わい、その度に強くなった。俺が培ってきた力を以てすれば、お前のような悪鬼羅刹を倒すことだって夢じゃない!いざ、参らん!」


山極はバットを片手にしゃがんだ、かと思うと膝を目にも止まらぬ速さで伸ばし地面をひびが入るほど強く蹴り、倉庫の天井に届きそうなほど高く跳んだ。そしてバットを両手でしっかり握りツバキに標準を定めて叫んだ。


「必殺、鬼殺しの鉄槌デーモンブレイカー!」


振り下ろされるバットをツバキは既の所で回避した。

バットはコンクリートの地面に深い亀裂を生じた。バットは根元で直角に折れ曲がった。


「あら、初めてにしてはお上手ですね。ですがバットを曲げるたびにそんな高く跳んでいてはバテてしまいますよ」

「なに、今のはほんのウォーミングアップだ。俺の本気はこっからだぜ!」


二人は取っ組み合い、腕に体重を掛けて相手を押し負かそうとした。山極のほうがやや優勢だがツバキも負けてはいなかった。互いに一歩も譲らないまま1分が過ぎた。


「あなた、中々しぶといですね」

「お前もな。こんな強い奴と戦ったのは鉄拳のセイラ以来だ」

「セイラさんなら先程あなたのリーダーと口争いされてましたよ」

「やっぱりそうか。髪色は変えたみたいだが、あの特攻服とタッパ、それから眼光。何度もタイマン勝負した俺が見間違えるわけがねぇ。最近噂を聞かねぇと思ったが、まさかお前らの仲間になってたとはな」

「まだ仲間というわけではありません。口ばかり動かして集中が疎かになっていますよ」

「俺はおしゃべりが好きなんだ。今度はお前のことをもっと聞かせろ」


先に動きがあったのは二人のどちらでもなく、二人の取っ組み合いを見ていた三人の男たちだった。


「遅いぜ山極の兄貴。俺たちもう薬の効果が切れそうだ、我慢できねぇぜ!」


三人はツバキの後ろに並んで立ち、各々棒状の武器を構えた。


「四対一ですか。これはさすがに分が悪いですね…」

「待てお前ら!手を出すんじゃあない!」


山極の制止に聞く耳を持たず三人は同時に鉄パイプを振り下ろした。

武器はツバキの肩、背中、腰に直撃した。ツバキは手を離し、その場に片膝をついた。


「くっ…」

「おいおい、これで倒れないとは、こいつしぶといぜ」

「次は頭を狙ってやる。斎藤の恨みを晴らしてやるぜ」


背中をやられたせいか立ち上がれない。一対一の勝負をすると宣言しておきながら不意打ちとは卑怯ですが、山極さんの言葉を易々と信じてしまった私も悪い。どうやらここまでのようですね。申し訳ありませんカザリさん、あなたに救われておきながら今度はカザリさんを一人にさせてしまう。


ツバキが諦めそうになった瞬間、ある人物が三人の前に立ちふさがり、攻撃を受け止めた。


「俺の真剣勝負に水を差すんじゃねぇ!」


三人の攻撃を防ぐ盾となったのは敵であるはずの山極だった。


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