第7話『May God breathe you』

レオナが倒れる少し前。


セイラは自分に差し向けられた二人の男を観察していた。男たちは鉄パイプを握っていた。


鉄パイプってのは中身は空洞でそんなに重量は無いものだ。それなのにあのふらつきよう、よっぽど薬ってのが悪く作用してるみたいだな。

しかし妙だ。わざわざ自分から不利になるような立ち合いをするか普通。それに効果が5分と言っていたのも気になる。普通のドラッグってのはもっと効果が長続きしそうなものだが。

まあ、警戒するに越したことは無ぇな。


「やあ、おばさん。名前を聞いてなかったね、教えてよ」

「またかよ。ったく、今日何回目の名乗りだ。しゃあねぇ、教えてやらあ。アタシは鉄拳のセイラだ!」

「鉄拳の…?知らない名だね」


名前を聞いた本人が首をかしげた。だがもう一人は名前を知っていたようで、顔を赤くして激昂した。


「鉄拳のセイラだと!?ふざけるな!伝説の暴走族がこんなちんけな組織の下っ端な訳がない!それにあいつは…あの人はもう引退してるはずだ!」

「奇遇だな、アタシも同意見だ。お前の言う通り、アタシは本当は隠居生活を謳歌したかったんだ。でも知らないやつにここに呼び出されて、魔法少女になれ、なんて無茶苦茶な誘いを受けたとこだ」

「適当なことを言うな!それ以上鉄拳のセイラを騙るなら殺す!」


男が鉄パイプを両手で頭上に構えて突っ走って来た。


「やあああ!」


アタシは振り下ろされる鉄の棒を両手で掴んだ。


「くっ、離せえええ!」

「思ったより力強いなお前。警戒して両手で防いで正解だったぜ」

「離せと言っているだろ!この偽物!」

「アタシは本物だ。ほら、これが見えねぇのか」


鉄パイプから右手を離し、特攻服の襟元を引っ張って後ろのシンボルマークを見せた。


「そんなはずがねぇ!兄者が、兄者がしのぎを削った女がこんなところにいるなんて、そんなの…そんなのって…」


男は急に力を入れるのをやめ、その場に崩れ落ちた。そして大きな声で泣き出した。


何だったんだ、こいつ。急に怒ったかと思えば今度は泣き出して、感情の起伏の激しい奴だな。

戦意が無いなら放っておいても良いだろうが、こいつが最後に言ったことが気になる。兄者、ってのはこいつらのリーダーの坂本大悟郎のことだろうか。でもあいつはアタシのことを知らないようだったし、アタシもあいつと戦った覚えはない。


まあ、そんなことは後回しだ。今は残る一人に集中しないと。


「もう、情けないね朽木村くつきむら先輩。男のくせにギャーギャー泣きわめいちゃって。そんなにそのおばさんが怖かったの?くさいから小便は漏らさないでよ先輩」

「おい、お前。人に名乗らせておいててめぇは名乗らないのか」

「ん、ああ僕の名前ね。そんなに気になる?もしかして僕に惚れちゃった?でも残念。おばさんは僕のタイプじゃないかな」

「アタシだって礼儀知らずのガキは願い下げだ。人のこと何回おばさんって言ったら気が済むんだ」


少年は鉄パイプを低く構えてセイラとの距離を狭めた。

さっきの男、朽木村といったか。あいつと比べて目の前のガキは喧嘩慣れしてるって雰囲気だな。武器の構え方、間合い、息づかい、どれも自然だ。足がふらついていることを除いては。


「でも折角だから僕の名前は教えてあげるよ。おばさんが人生の最期に聞く名前は宮村さ。かっこいい名前じゃなくてごめんね」


そう言い残して宮村は一気に加速し、目にも留まらぬ速さでセイラの後ろに移動した。後ろから特攻服越しにセイラの心臓目掛けて鉄パイプを一突きにした。鉄パイプは特攻服を貫通し、質量のあるものにぶつかって減速する感触が確かにあった。


「なんだよ、朽木村先輩が苦労してた割に、あっさり殺せちゃったよ。これじゃつまんないな。こんなに強くなるくらいなら、薬なんて使わないで自力で楽しめばよかった。しょうがない、他の奴らで遊ぶか。じゃあね、おばさん」


宮村はパイプを引き抜こうとしたが、深く刺さったせいか抜けなかった。一度力を弱め、パイプが刺さったままのセイラの特攻服を間近で見つめた。


「何このマーク。天使が持ってるこれって、小さくて分かりづらいけど、鎌だよね。もしかして死神の鎌を意識しているのかな。でもそれにしては柄の部分が短いけど、発注ミス?」

「それは死神の鎌じゃねぇ、稲刈り用の鎌だ」


声がしたのに驚いて宮村は鉄パイプから手を離し、後方に飛び退いた。

セイラは生きていた。向かってきた宮村が急加速して見えなくなった直後、直感的に自分の死角に入ったことを悟った。セイラは瞬時に特攻服を脱ぎ、赤い布を構える闘牛士のように特攻服越しに飛んでくる攻撃を見切り、突き破って来た鉄パイプを右手で掴んだのだ。


「ほう、飛び上がるほど驚いたか。だがこれには事情がある。初めは剪定用のハサミにしたかったが、仲間にかっこ悪いからやめろって言われてな。人様の親の仕事道具をかっこ悪い呼ばわりされた時には、仲間といえどはらわたが煮えくり返ったぜ。結局その後話し合って、稲刈りの鎌に妥協したのさ」

「そんなことに驚いているんじゃない!なんで生きてんだよ!さっき僕が確実に心臓を潰しただろ!」


宮村は怒りのあまり口調が変化した。


「お前な、止めを刺したかどうかはちゃんと自分の目で確認しろ。この前だって、イノシシを仕留めたと勘違いした若い漁師がイノシシに襲われる事故あったろ。知らねぇのか」

「そんなこと知るか!くそっ、ならもう一度やってやる!」


宮村は倒れている朽木村の傍に転がっていた鉄パイプを拾った。


「いいぜ、お前の気が済むまで何回だって相手してやるぜ。…ん、あれは…」


アタシは少し離れたところでレオナが倒れているのを見つけた。三人の男に囲まれて見えづらいが、頭から血を流しているようだった。


あれ、放っておくとまずいんじゃねぇか。早く手当しないと。どうやら遊んでる暇は無さそうだ。仕方ない、今日くらいは武器を使うか。


「悪いな小僧。お前の相手をするのはやめだ。また遊んでやるからまた今度な」

「ふざけるな、勝負はまだ終わっていない!うりゃあああ!」


宮村が鉄パイプを下段に構え、怒号を放ちながら突進してきた。

アタシは手にした鉄パイプを頭上に振りかざし、宮村の鉄パイプを思い切り叩きつけた。

宮村の鉄パイプは先端からコンクリートの地面に斜めに深くめり込んだ。


「くっ、ぬ、抜けないっ!」

「そいつが抜けるようになるまで鍛錬しろ。そしたら真面目に戦ってやる」

「くっそおおおお!」


悔しがる宮村を横目にアタシはレオナの元へ急いだ。


「レオナ!」


爆竹がいつの間にか燃え尽きて静かになっていた。アタシの声が届いたはずなのにレオナはまるで反応が無かった。

その代わりに周りにいた三人の男たちがこっちを振り向いた。


「なんだてめぇは」

「細川、兄貴はこいつについて何か言ってたか?」

「いや、特に何も聞いてないが」

「そうか、ならそういうことか。俺一人でやる。お前らは見てろ」


一人の男がアタシの前に立ちはだかった。


「よぉ姉ちゃん。あんた、大層ななりしてるけど、弱ぇだろ」

「…そこを、どけ」

「あぁん?よく聞こえねぇなあ。もっとはっきりした声で言ってくれよ」


男が耳に手を当てて近づいてきた次の瞬間、男の体が十メートル離れた倉庫の壁まで吹っ飛んだ。


「安藤!くっ、てめぇ、何しやがった!」

「よせ木村、おい!」


細川の制止を無視して木村がバールを構え、正面からセイラに殴りかかった。

セイラは左手で鉄パイプを持ち、バールを叩いて地面に落とさせた。続けざまに木村の脇腹を殴り壁までぶっ飛ばした。


「は、はは…降参するぜ。まさかノーマークのあんたが最強だったとはな」


残された細川はバールを手放し、その場にへたり込んだ。


「た、頼む、許してくれ。俺がレオナをやったんじゃない。殴ったのは木村だ。だから…」


怯える細川を無視してセイラはレオナの傍に座った。


「おい、聞こえるか!レオナ!」


必死で呼びかけたがまるで反応が無かった。


心臓マッサージをすべきか。いや、血を失い過ぎでそれは危険か。

ここまで重症ならそれこそ魔法でもなければ助からない…そうだ、魔法だ。確かここに来る前、レオナが笛を吹いたら部下の傷が癒えて立ち上がったんだった。笛を吹かせればなんとかなるかもしれない。


でも、意識が無いレオナにどうやって笛を吹かせればいい?意識を取り戻すために先に人工呼吸でもするか?


…そうか!アタシが肺に空気を送ってやればいい。たとえ意識が無くても、レオナの口から吐いた空気で笛が鳴れば、それはレオナが吹いたのと同じことだ。


いや、そんな屁理屈が通用するのか?そもそもレオナ自身の傷は魔法で治せるのか?


…考えていても仕方ない。とにかく、これに賭けるしかない。


アタシはレオナの鼻を塞ぎ、口から空気を送り込んだ。

ポケットから小さい笛を取り出し、レオナに咥えさせた。

胸を押して肺を圧迫し、肺の空気を外に出させた。


ヒュー…


小さい音だが確かに笛は鳴った。あとは祈ることしか出来ない。神様ってのを信じてはいないが、いるならいるで願いを叶えてくれ!


アタシの願いが届いたのか、レオナの耳に笛の音が届き、傷はゆっくりとだが着実に癒えた。

レオナを死なせなくて良かった。アタシは心底ほっとした。


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