第6話『走馬灯』

「姿が見えないと思ってたけど、まさか人質になるなんてね。あとで反省会よ、ヒメ」


レオナが子供に諭すようにゆっくり落ち着いて声を掛けた。


「ほお、こいつの名前、ヒメっていうのか。それは丁度いい、まさに囚われのお姫様、ってところだな」

「アナタたち男は、どうしてそうも卑怯な真似が…」

「卑怯?それはてめぇのほうだろ」

「なんですって」

「知ってるんだぜ。てめぇら、魔法少女ってのに変身できるんだろ」

「どうしてそれを…まさか盗み聞きしていたの」


坂本大悟郎は首を横に振った。


「盗み聞きなんて漢らしくない真似、俺たちは断じてしてねぇ。むしろてめぇのお仲間がタレコミなんて女々しい真似したから、俺たちはてめぇらの居場所を突き止められたんじゃねぇか」

「私たちの仲間が情報を売ったとでも言うの」

「ああそうだ。そいつは自分の名前は明かさなかったが、てめぇらの隠れ家と魔法少女の情報をよこした」


坂本は懐から三枚の写真を取り出しレオナたちに見せつけた。


「『呼子笛のレオナ』『金属バットのツバキ』『鉄壁魔人コトリ』、この三人が主戦力らしいな。見たところ鉄壁魔人はいないようだから、俺たちが警戒すべきは二人だけだ。とくにお前、呼子笛のレオナ!てめぇの笛は厄介らしいからな。対策を用意してきた」


後ろにいた部下たちが大きな袋から大量のあるものを取り出した。そしてそれに火を付けると、ババババババ、と物凄い爆音が倉庫中に響いた。


「見ての通りあれは爆竹だ。爆竹の破裂音で笛の音をかき消し、なおかつ耳栓をすれば笛の音を聞かなくて済む。我ながらこの作戦を思いついた自分の才能が怖いぜ」

「作戦を思いつくだけなら凡人にもできるわ。それを完璧に全うしてこそ天才というものよ」

「へっ、言ってくれるじゃねぇか。確かに笛の音は封じても、変身されれば腕力では敵わないかもしれねぇ。だがその点も織り込み済みだ。野郎ども、準備はいいか!」


坂本が部下たちに呼びかけると、部下たちは懐から注射器を取り出し、各々の腕に透明な薬のようなものを注入した。


「お薬でもキメて興奮状態になって痛みに耐えながら戦う、といったところかしら。私たちを倒すためだけに薬物中毒者になることを選ぶとは、哀れなものね」

「こいつはそんなショボい代物じゃねえ。もっと素晴らしいもんだ。お前のその身をもって体験させてやろう。おい安藤、木村、細川!」


坂本に呼ばれて三人の部下が前に出て来た。手にはバールのようなものが握られている。


「お前たち三人であの女をやれ」

「はっ」

「人質は源、佐内、中津の三人で見張っておけ。他の奴らは金属バットのツバキとツインテのガキと、あの偉そうな女をやれ」

「あの、あいつはどうしますか」


部下の一人が鎖で繋がれたままのアスカを指差した。


「あいつは放っておいていいだろ。ていうかなんであいつはあんな格好してるんだ。…まあいい、さっきの試し打ちで分かったが薬の効果は5分だ。その間は爆竹がお前たちを笛から守ってくれる。それまでに決着つけろ。お前たちならできる」

「押忍!」


部下たちは目標に向かって移動した。

レオナは三人と対面し、両手を前に構え重心を低くした。


「いたいけな少女相手に三対一の勝負を仕掛けるとは卑怯ね。それも武器を使おうだなんて」

「こいつの話に耳を傾けるな。作戦通り耳栓を付けろ」


三人は耳栓を装着し、その上からヘルメットを被り耳を覆った。


「随分と厳重なのね。でも警戒するだけ無意味よ。笛はまだセイラに盗られたままだもの。それにユウウツバエに寄生されてない人間相手に変身することはリーダーが禁止している。笛は使えないわ」


声が聞こえていないからか三人は何も反応しなかった。


笛を封じられているがレオナの心は落ち着いていた。

色々準備してきたようだけど、状況は昼間と大して変わってないわ。また同じ結末だなんて面白くないけれど、負けてあげるわけにもいかないから全力でいくわ。さて、どなたから倒してあげようかしら。


「うおおお!」


一人がバールのようなものを振りかざして向かってきた。しかしその足取りはふらふらで、何もない地面なのに躓きそうですらある。

ドラッグなんて使用するから体の感覚が狂ったのね。自分から勝率を下げるような作戦を立てるなんて、凡人を通り越してド級の馬鹿ね。


そう思った次の瞬間、レオナは息をするのを忘れるほど驚愕した。

千鳥足でこちらに向かっていた男の姿が、突如として見えなくなったからだ。


「き、消えた!そんなことって…」


焦って辺りを見渡すレオナの頭部に突然、猛烈な痛みが襲い掛かった。

レオナの体はその場に大きな音を立てて倒れた。誰に何をされたのかすぐには理解できなかった。

自分の身に起きたことを理解したのは、顔の左半分がぬめっとした液体に覆われたときだった。血だ。後頭部を鈍器で殴られて大量に出血したらしい。


「なんだ、全然大したことなかったな。本当にこいつが最強の一角なのか?」

「素手の女が武器を持った男三人に勝てるわけないだろ」

「いや、昼間はそれでも返り討ちにされた。俺たちが強くなり過ぎたのさ。あの薬をくれた奴には感謝しかねぇぜ」

「全くだ。情報提供者さまさまだな」


男たちはヘルメットを外し大声で会話した。レオナを囲んで立ち見下ろした。


「お前もヘルメット付けとけば死なずに済んだのにな」

「木村、こいつは暴走族だぜ。ヘルメットなんて持ってるわけねぇだろ」

「おいおい、それじゃヘルメット被ってる俺たちが優等生みたいじゃねぇかよ」

「ハハハ」


目の前で男が消え、かと思うと自分の背後に立っていた。瞬間移動でもしたのか、それとも別の男が奇襲したのか。打ち所が悪かったせいか頭がぼーっとしてそれ以上の考えが浮かんでこない。


男たちの笑い声がだんだん遠くなり、ついには聞こえなくなった。景色がぼやけて男たちの姿が見えなくなった。うるさかった爆竹の音もだんだん遠くなり、ついには聞こえなくなった。


レオナは悟った。ああ、私死ぬのね。こんなあっさり死ぬだなんて思ってもみなかった。

音が遠くなって視界が狭くなるこの感覚、以前にもあったわね。あれは確か、孤児院を出た直後、暴漢に襲われた時だった。あの時は何で助かったんだっけ…


レオナの視界にうっすら人影が映った。


ああ、アスカが助けてくれたんだわ。よく分からないうちに契約書を見せられて、どうにでもなれと思ってサインしたら魔法少女に変身していて…


そうだ、変身すればいいんだわ。声さえ出せれば変身できる。笛も手に入る。

…でもその後どうすればいいの。神経をやられたせいか腕は動かせない。笛を口元に運べない。そもそも声が出せるかどうかすら分からない。


…もう、頑張らなくていいのかもしれない。私が居なくなってもセイラが魔法少女をやってくれたらリーダーは困らない。ああ、セイラ本人はやりたくないと言ってたわね。


人影がしゃがみ、レオナの顔に手を伸ばした。


走馬灯って中々消えてくれないのね。私の無様な死に様を眺めているのは誰かしら。顔がよく見えないわ。


人影の手はレオナの鼻を塞いだ。顔が目の前に接近し、口で口を塞がれた。


走馬灯じゃない、これはさっきの男ね!私を窒息させて止めを刺そうというのね。おまけに瀕死の人間に口付けしようだなんて、よっぽど趣味が悪いわ。悔しいけど、何も言い返せない。


人影は口を離し、レオナに何かを咥えさせた。


何かしら。小さくて硬い、無機質な感じがするけどどこか親しみのあるもの。判子?連帯保証人にでもするつもり?


人影は今度は胸のあたりを手でさすった。


唇ときて今度は胸。まったく、モテない男というのは節操がないわね。でも残念ね、殺して触るほど価値のある立派なものじゃないわよ。


その時、ヒュー、というかすれた空気音がレオナの耳にかすかに届いた。


何の音?


戸惑うレオナの視界がだんだんはっきりしてきた。


ああ、さっきのは天国行きの列車の汽笛だったのね。天国に着いたんだわ。暴走族をみすみす天国に入れてしまうなんて神様は随分と杜撰な仕事をするのね。目の前にいるのは天使かしら。何やら気難しい顔してるけど、きっと神様の尻ぬぐいをしに来たんだわ。本当は地獄に送るつもりだったけど、上司のミスで天国に連れて来てしまいました、地獄に向かってくれって言われるわ。ここは一つ、天使に言ってやるわ。


「…この場合は神様の側に過失があるから、地獄に行く列車の運賃は神様に支払う義務があるわ。運賃を払う気がないなら天国に居座らせてもらうわよ」


「何寝ぼけてんだ。天国に金の概念があるわけねぇだろ」


「随分面白いことを言う天使さんね。天国だって物資は有限のはずよ。なら貨幣経済くらい広まってても不思議じゃないわ」


「アタシの姓は天使てんしって読むんじゃねぇ、天使あまつかだ。そんなに金が心配なら今から稼げばいいだろ。地獄の沙汰も金次第、って言うからな」


天使だと思っていた人物はまさかのセイラだった。


「セイラ!あなた、どうして…あなたまで死んだら誰がリーダーの助けになってあげられるの!」

「勝手に殺すな。アタシもお前もピンピンしてる」

「そんなはず無いわ、だって頭を殴られて…」


レオナは自分の頭を触って驚いた。血で濡れてこそいるが傷らしきものが見当たらない。


「どうして…ま、まさか、私を助けるために魔法少女になって、回復系魔法で治癒してくれたっていうの?」

「そこまでしてねぇよ。傷を治したのはお前自身だ、レオナ」

「私?」


驚きを隠せないレオナにセイラはあるものを見せつけた。それはレオナが誰よりも見慣れているものだった。


「それ、私の笛…」


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