外伝 鋼脚少女は挫けない Ⅴ
グマと仲間三人は上の階へと上がっていき、展望ラウンジには拳銃を持った男一人が見張りとして残った。
「あぃたた〜......これだから頭のおかしい奴は嫌いなのよ。何が切っ掛けでキレ出すか分かんないんだから」
梓は殴られた頬を押さえながら愚痴る。
「おい、大丈夫かよ」
太一だけが声をかけた。
他の者は襲撃犯たちに目を付けられたくないのか、遠巻きに見ているだけだ。手を貸す者はいない。
むしろヒソヒソと、
「なんで警察が来てるのバラすんだよ」
「余計な事をしやがって、いい気味だ」
陰口を囁き合う始末である。
だが梓は気にする素振りを見せない。むしろ手をひらひらと振って、心配するなと太一に答える。
「まぁ大丈夫、殴られる時に自分から倒れたから、見た目ほど大きなダメージはないわ……でもあのグマって奴は、絶対ぶん殴ってやる」
「……意外と平気そうじゃん」
飄々と答える梓に、太一は呆れ顔だ。
「ていうか何であんな嘘ついたんだよ……あんな事言わなきゃ、殴られたりしなかったかもしれないのに」
「あの男に目を付けられた時点で、必ず誰かが暴力を振るわれてた──だから敢えて目立つ事をすれば、他に手を出さなくなるって思ったのよ」
(それって……!)
自分を庇っての事だったのか──太一は目を見開く。
梓は軽くウィンク。
その何気ない仕草が、何故かすごく様になっている。
「……!」
こんな時ではあるが、太一は急にドキリとした。口うるさい女子高生としてしか見えなかった梓に、何故ドギマギしているのか分からない。
当の梓は太一の心境を気にもかけず、見張りの男に視線を向けていた。
「それにここにいる敵の数を減らしたくて──さすがのアタシも、人質を守りながら五人まとめて相手すんのはキツいから」
見張りの男は、先ほど携帯端末で撮影をしていた男だった。
今も梓が周りから陰口を叩かれる様子を撮影している。人質同士が醜く罵りあう様子も録画して配信しようとしているのだろうか。
実に悪趣味だった。
「さてと舞台は整った事だし、そろそろ終わらせましょう」
言うなり梓の纏う雰囲気が少し変わった。
梓は立ち上がると、まるで準備運動でもするかのように首をコキコキと鳴らし、手足を軽く揺すると見張りの男に歩み寄っていく。
見張りの男はすぐにそれに気付き、梓に携帯端末のレンズを向ける。
両者の距離は六メートル程離れていた。
「おっ、さっきの可愛い子じゃん。今度は何してくれんの? ここでストリップしながら命乞いとか?」
下卑た男のセリフには答えず、梓はフロアの床を蹴った。
一瞬消えたかと思うほどのスピードで、男との間合いを詰める。
梓のスラリとした脚が鞭のようにしなり、男の持つ携帯端末を回し蹴りで弾き飛ばす。
「なっ⁉ お前──」
「遅い!」
男が反対の手に持っていた拳銃を向けようとした瞬間に、梓は腕を押さえながら、膝蹴りを男の鳩尾に叩き込んだ。
「────!」
硬いもので肉を叩き潰す鈍い音がした。
悲鳴ともつかない呼気が漏れ、男は糸の切れた人形のように倒れる。
「「‼」」
梓の早業に、展望デッキにいた全員が驚きを隠せない。
息を呑む声にならない声だけが、その場に響き渡る。
「とりあえずコイツはしばらく目を覚まさないだろうし、これでここは制圧完了ね」
確認するように一人ごちる梓。
倒れた男は泡を吹き、ピクピクと痙攣したまま動き出す気配がない。それだけ梓の蹴りは、速いだけでなく威力も凄まじいという事が分かる。
太一は開いた口が塞がらなかった。
梓の方は、息を吞む他の人質たちに向かってニッコリと、張り付いた営業スマイルを向けた。
「もう少しで警察の部隊が助けに来ます、死にたくなかったらここで大人しくしてて下さい。誰も上には来ないように──」
言うなり梓は、グマたちが使った階段から上の管理フロアへ向かう。
「な、何なんだ一体……」
「あの子は何者だ……⁉」
展望デッキの空気がざわつく。
太一は梓が蹴り飛ばした携帯端末を見た。
携帯端末はひしゃげてスクラップになっている。一体どれだけの脚力で蹴れば、特に固定もしていない携帯端末をここまで変形させ、完膚なきまでに破壊できるのだろうか。
とても常人にできる芸当ではなかった。
(まさか……!)
太一は何かを察したように、天井を見上げた。
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