外伝 鋼脚少女は挫けない Ⅲ

 展望デッキの一角に、客は全員集められていた。小学生たちは全員怯えて震えている。

 そんな様子を目出し帽の男たちは、ニヤニヤと下卑た目で眺めていた。


 今はリーダー格の男が外部へ向かって、要求を声高に叫んでいる。


「──何度も言わせるな十億相当の宝石、それと逃走用のアシだ。一時間以内に用意しろ。一秒でもオーバーしたら、五分毎に一人ずつ人質を撃ち殺す」

 

 連絡端末に向かって話していたリーダー格の男は、理性が吹き飛んだような酷薄な笑みを浮かべる。

 視線の先には小学生の集団。


「ちゃんと準備しないと、少子化が加速するぜ?」

「ひっ……!」


 何人かの小学生が嗚咽にも似た悲鳴を漏らす。

 

(クッソ......! なんてツイてねぇんだ……‼)


 隅で太一も震えながら、内心で悪態をついて自身の不運を呪っていた。

 なぜ自分がこんな目に会わなければならないのか──事故で脚を失い、サイボーグになって周囲から疎まれ、今度はテロに遭う──やっていられるかという話だ。


 展望デッキには異常な空気が充満していた。

 その緊張感プレッシャーに耐えられなかったのだろう。

 不意に人質の中の一人の中年男性が立ち上がった。ラウンジで休憩していたのだろう。商社にでも勤めていそうな、スーツ姿の裕福そうな男性だ。


「金か? 金が目的なのか⁉ だったらいくらでも払う──頼むから私だけでも解放してくれ‼」

 

 スーツ姿の男性は懐から名刺を取り出すと、名刺にはとある大手企業のロゴが入っていた。


「ほら私はここの取締役をしているんだ。一億くらいならすぐに用意できる! だから──」

(うわ……)

 恥も外聞もなく、みっともない声で懇願する男性。

 その姿に太一はドン引きした。

 他の大人からも蔑みの視線が送られるが、男性に気にする素振りはない。


 生きるか死ぬかの瀬戸際では、外見など気にしてはいられないという事か。


「へぇ?」

 

 目出し帽の男の一人が中年男性に近づく。

 名刺を受け取るように手を伸ばし──中年男性の前腕を握った、その瞬間。


 ボキリ──耳障りな異音が静まり返った展望デッキに響く。


「あ──あああぁぁああァァァあ⁉」


 中年男性の前腕が、あらぬ方向へと捻じ曲がっている。

 目出し帽の男が握り折ったのだ。 

 

 さほど力を入れた風でもなく、成人男性の腕をへし折る握力は、明らかに常軌を逸している。

 それで分かった。


「さ、サイボーグ……!」


 中年男性は痛む右手を抑えながら、へたり込んで後ずさる。

 その様子を、心底可笑しくてたまらないという風に、他の襲撃犯たちも見ていた。

 この男たちは全員サイボーグなのだろう。

 リーダー格の男が口を開く。


「俺らはよぅ、金が欲しいだけじゃない。普段俺らサイボーグを見下してる奴が、みっともねぇ格好を見たくて仕方がねぇのさ。お前みたいな玩具を、逃がしたりする訳ねーだろ? ──おい今の撮ったか?」

「はい、もう動画サイトにアップしてますよグマさん」


 リーダー格の男──グマと呼ばれた男に、周りで見ていた目出し帽の男の一人が答える。

 手には携帯端末を持っていた。

 さっきのやり取りを録画していたらしい。


「面白いっスね。ネットじゃあっという間に炎上してます。そいつの会社の株価は暴落してるし、『最低』『人間のクズ』『わざと要求時間に遅れて、この男を殺させようぜ』──とか、コメントが大量に出てますよ」

「……!」

「そりゃ傑作だ‼」


 中年男性は痛みとは別の意味で青ざめ、グマは呵々大笑。愉快で仕方がないという有様だ。


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