外伝 鋼脚少女は挫けない Ⅱ

 その後、大人しくなった太一を下すと、梓は腕組みをした。

 仁王立ちで睨まれた太一は、への字口になってむくれている。


「何であんな事をしたの?」

「うっせぇな! オバサンはお節介すんなよ‼」

「オバ⁉」


 梓は額に青筋を立てた。


「アタシはまだ高校生よ、断じてオバサンじゃないわ!」

「小学生からしたら、高校生は十分オバサンだろ」

「口の減らないガキね……!」

「へっ……!」


 小憎たらしい表情をする太一に、梓は顔を歪める。

 


 ふぅ──と梓は一旦怒りを抑えるように一呼吸おくと、


「……それで? 何でアンタは同級生に暴力を振るってたの?」

 

 と、もう一度尋ねた。


「…………」

 

 少年は答えず、顔を背ける。


「その義足(あし)のせいでイジメられた?」


 少年は肩をビクリと震わせる。


「何で……」

「さっきアンタの脚がぶつかった時にね──アンタの脚、義足でしょ」

「……」

「まだまだサイボーグに対する風当たりってキツいもんねぇー、小学校みたいな閉鎖的な空間なら、イジメが起きてもおかしくないか……」


 西暦が2040年代に入り、科学技術は人類の予想を遥かに上回る速度で発展した。そうした技術革新の中で、実用化されたのがサイバネティクス。

 肉体の機械化。

 筋電義肢の実用化である。


 しかしそれらの新しい技術は、新しい社会問題を生んでいた。


「イジメられたんじゃねぇ! 俺がアイツらをイジメてやったんだよ‼」


 堰を切ったように太一が叫ぶ。


「俺よりも脚も遅いしケンカも弱い奴らが、集まって調子に乗りやがって! 事故で脚がこんな風になる前は、俺が競走で勝ったらみんな『すげぇ! すげぇ!』って言ってたんだ! それなのに今は『走るのが速いのは機械だからでしょ』とか言ってくんだぜ? 先生も俺の脚が機械だから、運動会の徒競走には出せないって言いやがる──ふざけんじゃねぇよ‼」


 筋電義肢の実用化当初。

 違法改造した義肢を用いた犯罪が多発した。

 それゆえに、今では筋電義肢装具者サイボーグを白眼視する風潮があるのだ。


 幼年者でもサイボーグが暴力を振るえば、特別な施設へと送られるなどの処置が取られる事もある。

 

「なるほどねぇ」


 感情的に喚く少年に、どこか慈愛のある視線を送りながら、梓は言う。


「アンタの気持ちは分からないでもないけど……そうやって誰かと暴力で繋がろうとしても、アンタは一人になるだけよ」

「……え?」

 

 思わぬ発言に太一はポカンとした表情になる。


「アンタは自分の事を分かってもらいたくて寂しいだけ──力ってね、正しく使わないと持ち主を孤独にさせるのよ。本当に一人になる前に、アンタはその脚を真っ当な事のために使えるようになりなさい」

「…………」


 梓の言葉に聞き入る太一。

 しかしすぐに我に返って被り振る。


「……知ったような事言ってんじゃねぇよ! オバサンに俺の気持ちが分かるわけねーだろ‼」

「くっ! このガキは……!」

 

 少女はギリギリと歯噛みし、ゲンコツを握る。 


「オバサン、オバサンうっさいわね! 私には南条梓って名前がちゃんとあるの! オバサンじゃなくて‼」

「俺だってガキじゃねぇ! ちゃんと笹川太一って名前があるわ!」


 などと二人がしょうもない言い争いをしていた、その時。


「動くな! 動く奴は射殺するぞ‼」


 展望デッキの入口から、目出し帽を被った五人の男が現れた。四人が拳銃を持ち、リーダー格の男一人がクレー射撃で使う散弾銃を持っている。


 最初、展望デッキにいた一般客は、呆気に取られた様子で、事態を飲み込めないでいた。 

 しかし男のうちの一人が天井へ向けて拳銃を撃つ。

 発砲音が響いた瞬間、展望デッキはパニックによる悲鳴で騒然とした。

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