外伝 鋼脚少女は挫けない Ⅰ

 街のランドマークとして知られる、大きなタワー。

 その展望デッキに、社会科見学に来たと思わしき小学校低学年の集団が押し寄せていた。窓際に集まり、遠くの景色を騒がしく見ている。

 

 その集団から少し離れたところに、一人で佇む少年がいた。

 スポーティな格好に浅黒い肌。見るからに生意気そうな顔つきをしている。 

 少年は不機嫌な素振りを隠そうともせず、そっぽを向いていた。


「あらどうしたの、一人でそんなところにいて」

「……」


 それを見つけた引率の女性教師が声をかけるが、少年は一瞥くれるだけで、返事もしない。

 しかし女性教師は少年に対して、注意する事はしなかった。

 その腫れ物に触るような扱いが、余計少年の心をささくれ立たせるとも知らず。


「みんな~、笹川くんを仲間に入れてあげましょうね」

「……はい」

「分かりました……」


 声をかけられた他の生徒たちは、鈍い反応を示しながらも教師に従い、集団から離れていた少年──笹川太一を輪の中に加える。

 しかしそれも束の間。

 教師が場を離れ、違う場所へと注意を向けると、すぐに太一と距離を空ける。

 

 まるで見えない壁があるかのようだ。

 太一から距離を取った他の生徒たちは、すぐにひそひそと囁きあう。

 

「ホントかんべんしてほしいよね」

「先生が言うから入れてやってるけどさ、そうじゃなきゃ近寄りたくもないよ。あんな危ないロボット」

「やっぱあれかな。ちゃんとした人間じゃないから、あんな風なのかな」


 嘲るような視線、聞こえよがしに流れる陰口。

 何より周りの生徒たちから漂う陰湿な雰囲気──それら全てが、太一の神経を逆撫でする。

 

「──っぜぇンだよ、お前ら!」

 

 

 キレた太一は囁きあう生徒の一人に掴みかかった。

 

「雑魚が群がって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「うわ、笹川がキレた」


 太一に胸倉を掴まれた生徒は、しかし余裕の表情を見せたままだ。

 むしろ底意地の悪い表情で太一を煽る。


「いいのかよ? お前、暴力振るったら学校に来られなくなるぜ?」

「……」


 太一は一瞬止まるが、しかし年端もいかない少年とは思えないような顔をした。

 覚悟の決まった凄惨な笑みを浮かべ、しかし目が据わっている──なんとも不気味な表情で続ける。


「いいぜ、別に」


 太一は掴み上げた生徒を突き飛ばした。

 尻もちをついた生徒を、太一はゴミを見るような目で見下ろす。


「学校なんて行けなくなったって構いやしねえよ、いいぜ清々する──だからむしろ、大事を起こした方がいいな。それなら確実に、施設送りだろうし」

「……え」

「いっぺん試してみたかったんだよ。俺の脚で人を全力で蹴ったらどうなんのか──骨を折るくらいは簡単できそうだな」

「──ひっ!」

 

 脚を振り上げる太一。

 その本気が伝わったのか、尻もちをついた生徒は、血の気が引いた顔で怯える。先ほどまでの余裕はどこにもない。


 その怯える表情を見ただけでも、太一はいくらか気分が良くなる。


「死ねよ」

「アンタ何やってんの」


 太一が振り上げた脚を蹴り下ろ──そうとしたところで、待ったをかける人影が現れた。

 襟首を掴み上げて、太一の暴行に待ったをかけたのは高校生くらいの少女。

 

 派手な茶髪。首元にチョーカー。ホットパンツからスラリと伸びる脚が艶めかしい。チューブトップにジップアップのパーカーを、肩を出して羽織っている。

 オフスタイルの南条梓だった。


「ンだよ、お前⁉ クソッ! 離せよ!」

「アンタみたいな悪ガキ、離すわけないでしょ」


 太一はジタバタと暴れるが、少女は太一を吊し上げたまま動かない。

 見た目は華奢だが、少女は結構力が強いらしい。


「に、逃げろ!」

「あ⁉」 


 その隙に尻もちをついていた生徒や、周りの生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 太一と梓だけが取り残される。


「……おい、いい加減離せよ」


 太一は所在なさげに軽く梓の脚を蹴る。すると、

 

 ──カツン

 

 と硬い音がした。梓は何かに気付いたように一瞬目を見開く。


「なるほどね……」

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