第一章 全身義体 Ⅱ
「頼むから離してくれよ。歩きづらいって」
「ったく」
図書室から出て、ようやく
妙にぷりぷりした梓の隣を歩きながら、襟が伸びていないか確認する。
「もう少し他にやり方があるんじゃないか?」
「アンタがすぐに携帯に出てれば、それで済んでたわよ」
「それはそうだけどさ」
愁思郎はなおも弁明する。
「この身体の感覚に未だに馴染めないんだよ。携帯が振るえていても、分かりづらいんだ」
「言い訳しないの」
取り付く島もない。
「それとも何? 佐久間さんともっと話していたかったから、怒ってるのかしら」
「いや、そういう訳じゃないけど」
「まあ佐久間さんは可愛いもんね。愁思郎はもっと話してたかったわよね。私はお邪魔だったわよね」
「そういう訳じゃないって言ってるだろ」
「どうだか」
梓がまたジトッとした目で、愁思郎を見る。その視線に耐えられなくなって、愁思郎はまた話題を変えることにした。
「……それにしても、よく俺が図書室にいるって分かったよな」
「アンタはいっっっつも図書室にいるでしょうが。誰にでも分かるわよ」
「それもそうか」
(ん? でも待てよ)
ふと違和感を覚えて、愁思郎は
「でも俺は誰にも行先について言ってないし……どうしていつも俺が図書室にいるって、梓が知っているんだ?」
「――うっさいわね!」
頬を赤らめて怒鳴る梓に、愁思郎は首を
(何か怒らせるようなことを言ったかな?)
隣を歩く茶髪の女子、南条梓とはそれなりに長い付き合い――というか深い付き合いではある。
それでも梓が怒る基準が、未だに愁思郎には分からないでいた。
話しながら歩いている間に昇降口まで来ていた。靴に履き替え校門を出ると、見覚えのある車がすぐ近くに停まっていた。
黒いワンボックスカー。
一見どこにでもある普通の車に見えるが、耐衝撃機構や防弾性能、その他様々な技術が盛り込まれた高性能な車だ。
愁思郎と梓が所属する組織の運用する車である。
窓が空いて、中から見知った顔が覗く。
「二人とも乗って」
愁思郎と梓は素早くワンボックスに乗り込む。
部活動を行っている生徒はまだ校舎の中にいて、帰宅部の人間はもう下校している──そんな中途半端な時間だったため目撃者は居ない。
(クラスメイトと一緒に車に乗り込むとか、誰かに見られたらヤバイよな)
そんな事を考えながら、愁思郎たちは後部座席の奥へ移動する。
ワンボックスの中は外から見える以上に、広々としていた。通常の座席はなく、後部の中央を大きく空けた造りだ。
車の後部をそのまま作戦会議にも使ったりするための
スペースを確保するための必要最低限の小さな座席に、並んで腰掛ける愁思郎と梓。
それとほぼ同時に運転席から後部座席へ女性が移動してきた。
まとめ上げた髪にタイトなスーツという
タイトな服装から分かるメリハリのある身体つきは、大人の女性特有の色香をまとっている。
彼女は
愁思郎と梓の保護者であり、同時に二人が所属する組織、公安局機甲特務課の上司でもある。
自動運転をセットしたのだろう。無人の運転席でハンドルが独りでに回転し、ワンボックスは滑らかに動き出した。
涼子は持っていたタブレット端末に資料を表示させる。
「前置きはしないわ。早速、ブリーフィングに入るわよ」
公的機関ではあるが一般には存在しないものとして扱われ、その存在を秘匿されている。
なぜ存在を秘匿されているかといえば、それは人員の特殊性による。
機甲特務課の
「今回の任務は麻薬組織の
「随分急な話ですね」
涼子の説明に愁思郎が口を挟む。
「そういう作戦は、
機甲特務課は内閣府の公安委員会が管轄する組織だ。主な任務は違法改造されたサイボーグの鎮圧である。
しかし麻薬等の違法薬物の取締は、
涼子は肩をすくめる。
「有り体に言えば、コネを使われたわ」
「ぶっちゃけますね」
「後は運用実績が欲しかったのよ」
「実績……ですか?」
「そう。ここのところ、仕事がなかったでしょ」
確かに前に出動要請があったのは、一ヶ月以上前だ。
「そろそろ何かやらないと、来年の予算に関わるわ」
「お金の話しを未成年の前でするのって、どうなんですかね」
「あら、世の中
世界は理不尽で世間は厳しい──それは愁思郎も良く分かってはいるが。
「それにしても急じゃないですか」
「なんでこんなに急な要請になったかと言えば、今回摘発する組織は逃げ足が早いのよ。一箇所に留まらず、逃げ回りながら薬を売りさばいているみたい。それでどうやら麻取の捜査を向こうに感づかれちゃったみたいなのよ」
「なるほど」
要するに、急いで逃げられる前に捕まえたいと――そういう事か。
「何で愁思郎が先行で、私がバックアップなのよ」
梓が不満そうに口を尖らせる。
「そのくらいの相手なら私一人で十分でしょ」
梓は自分のサイボーグとしての能力に自信を持っている。できるだけ活躍したいと常々思っているため、愁思郎の補助をするような役回りを嫌うのだ。
そんな梓をなだめるように涼子が
「それがそうとも言い切れないのよ」
「何で?」
「現場は狭い倉庫。相手は拳銃等で武装している可能性が高い。狭い場所の戦闘は、貴方にとって不利でしょう」
梓の脚──足の付根から先は、全て機械化された義足である。
一般には出回らない超高性能な高分子樹脂製の人工筋肉が内蔵されていて、彼女が本気を出せば、百メートルを三秒で走り抜け、十五メートル上空までジャンプすることも可能だ。
その反面、上半身は全て生身の肉体だ。耐久性には不安が残る。狭い場所での乱戦には、梓は向いていないのだ。
「……分かったわよ」
それを本人も理解はしているのだが、それでも思うところはあるのだろう。
「それと麻薬組織が用心棒として、違法改造サイボーグを雇っているって情報もあるわ。確証があるわけじゃないけど、二人とも――十分注意しなさい」
「「了解」」
愁思郎と梓は
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