5-2

 桑原家は父と母、そして綾子の後輩である中一の女子がいる。彼女は桑原家に侵入すると(不思議なことに鍵がかかっていなかった。これもクミ子さんのご加護だろうか)、気づかれないように寝ている三人をリビングへ運んで、食卓を囲むように椅子に縛った。大の男の人を運べるかは不安だったが、あいにく桑原家の父は内職しており、体が病弱だったため、軽かった。


 食卓に一家を並べた彼女はろうそくをつけて、食器を並べた。(ああ、まるで敬虔なクリスチャンの夕食みたい)そして——、


 父と母は一思いに頸動脈を切って殺害した。二人とも大きく目を見開いたが、やがてそのまま瞳孔が大きくなり、動かなくなる。母の動脈を切った際に血飛沫ちしぶきが娘にかかってしまい、起きてしまった。綾子はしまったと思ったが、冴えた頭は臨機応変だった。そうだ、この子には私のパフォーマンスの観客になってもらいましょう。

 少女は血だらけのジャージを着て立つ憧れの先輩の姿に、何が起きているのか理解が追いつかなかった。綾子はまるで道化師のように、口の前に指を持っていって静かにするよう合図すると、両親を解体し始めた。

 まず■■を切断し、皿の中央に盛り付けてから、足と手の指を■■■■てそれを覆うように配置した。少女は涙目になりながら何かを叫んでいるが、口に布を突っ込まれているため言葉にはならない。まるで獣の呻きのように聞こえた。


 あっという間に目の前には「食事を囲む家族の団欒」が出来上がった。学校ではできない画角に綾子は興奮を覚えると共に、一人だけ放置されて喘いでいる少女がどうしようもなく愛おしく思えた。

 けど、綾子は試してみたかった。果たし、自分をこの世で最も愛おしいと思っている存在に両親を殺された少女は、憎しみを抱くのかどうか。綾子は涙を流し、鼻水をたらし、よだれを布に滲ませ、■■をチロチロと床に流す後輩の元へ歩いて行った。そして彼女の頭を数回優しく撫でると、自分の足首に巻いてあった布で彼女の目を覆い、桑原家をあとにした。足首の傷はいつの間にか治っていた。


 さあ、真っ暗で両親の死臭がするあの空間で一人きり、存分に私の憎悪を燃やしなさい。


 一仕事終えた綾子は小走りで自宅まで帰ると、そのままジャージを脱いでシャワーを浴びた。いい運動をした後のシャワーはなんて心地いいのだろう。

 それは部活の後よりも達成感と幸福感に満ち溢れていた。シャワーを誰にもバレずに浴び終わった彼女は、パジャマに着替えて布団に入ってしまうと、あっという間に眠りに落ちてしまった。



 ***



 これでよかったのですか。遠くから響く阿鼻叫喚に耳を傾けるクミ子さんに、こう尋ねてみた。


『良いか良くないかと問われたら、もちろん全然良くないわ。だって、本当はもっともっと殺させて、泣いて詫びても、自ら命を絶っても許さないほど追い詰めて、狂わせる予定だったんだもん』


 ま、この後それ以上に狂うんだけどね、とクミ子さんは付け足して笑みを溢す。


 ありがとうございます、わがままを聞いていただき、と謝意を述べる。


『いいのよ、別に。私は怪異、与えられた使命を遂行するために動くだけだもの。それに、もし私のエゴが詰まったやり方を取っていたら、それこそ、を正す根本的な解決にはならないわ。だから、あなたの提言を受け入れたの。それに、あなたの相方が耐えられないでしょ。途中で放り出されたら元も子もないからね』


 恐れ入ります。ちなみに、彼女はどれくらい殺したのでしょう。


『あら、あなたは知っているんじゃないの? それとも私の口から言って欲しいのかしら。いいわ、教えてあげる。元紀を三十一人、ラムジーを三十人、五月を二十九人、悠里を二十六人、郁奈を三十人、桑原家の父親を一人、母親を一人、そして自分自身を殺さずに、合計百四十八人殺したわ』


 それはそれは、あなたが密かに興奮するのも頷けます。


『そうね、そうかもしれない。多分、私は生前も含めて今までで一番高揚してるかもしれないわ。だってそうでしょ。彼女がどんな醜態を晒すのか、今から想像しただけでもゾクゾクしちゃうもの』


 クミ子さんは頬をペシペシと叩くと気張った声を発した。


『さあ、ここからが本番よ私。気を引き締めて行きましょう』




   1      人を殺した時   


                 

 一年目。


 朝、目覚めのいい朝、いつも通り日は昇り、今日も沈んでいく。綾子はむくりと上体を起こしてノビをした。明け方前に眠り、現在は午前七時のはずなのに、八時間ほど眠ったように思える。昨晩の影響か、頭の中でまだあの歌が反復していた。


 いつも通りの朝、いつも通りの日常。綾子は優しい母が作ってくれた朝食を食べると、いつも通り自分で食べた食器を洗い、制服に着替えていってきます、と玄関を出る。

 いつも通りの風景、いつも通りの道路、いつも通りの家屋、けれども心なしか、津江中の制服を着ている人が少ない。


 今日は卒業式の予行練習だ。教室に荷物を置いたら体育館に集合する事になっている。しかし、おかしな事に教室に入ると机は二つしかなかった。三年生の教室も一つしかない。残りの二クラスがあった教室には「百四十八人殺人記念教室」や「綾子を称える部・部室」などよく分からない名前が書かれている。


 もしかしてクミ子さん、私の罪を帳消しするために無理やり世界の概念を書き換えたから、こんなバグみたいな世界になったのかしら。綾子は首を傾げながら、二つある机のうち(彼女の表札が置かれた)一つに自分の荷物を置くと、体育館に向かった。


 昨晩、元紀とラムジーを殺したはずのステージには彼らの死体はなく、代わりに演台と両サイドに花束、中央後方にはナナオ市の旗と津江中の校旗が下げられていた。

 それにしてもガランとしているな、と綾子は不思議に思った。去年の卒業式では体育館いっぱいに椅子が並べられていたはずなのに、今日は半分ほどしか埋まっていない。


「ああ、澁谷さん。こっち、こっち」


 前の方の卒業生が座る位置から生徒会長の古平和久が手を振っていた。なぜかその椅子は二つしかない。綾子は戸惑いながら彼に近づいて「他のみんなはどうしたの」と尋ねた。


「在校生や先生は後少ししたら来ると思うよ」


 和久は素っ気なく返す。


「そうじゃなくて、他の卒業生よ。赤坂さんや大沢さん、矢吹くんたちはどこに行ったの?」


 それを聞いた和久はキョトンとした表情を浮かべると、不敵に微笑んだ。


「どうしたのって、君が殺したんじゃないか」


 綾子の思考は停止した。彼女が殺したのは元紀とラムジーと五月と悠里と郁奈だけで、他の人は一切殺していない。その事実と反することを平然と言われて綾子は戸惑った。


「い、いいえ、私は殺していないわ。何か勘違いして……」

「勘違いなんかしてないさ。君は森島くんを三十一人、関根くんを三十人、稗島くんを二十九人、本庄さんを二十六人、町田先生を三十人、そして桑原さんのご両親を一人ずつ殺したんだ。

 本来一人が複数人存在する事はあり得ない。だから、その矛盾の埋め合わせにこの世に実在する同等の価値を持った人たちが君によって殺された事になったんだ。そして、この学校で彼らの代わりの候補となったのは君を含めた三年生百十八人。

 君は三年生を百十六人殺したわけだから、その分君に殺された事になって、今年の卒業生は僕と君だけになったんだよ」

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