第五章「狂宴の果てに」

5-1

 I’ve been working on the railroad

 All the livelong day

 I've been working on the railroad

 Just to pass the time away


 Don't you hear the despair blowing

 Rise up so early in the morn

 Don't you hear the fear footsteps

 Kumiko, blow your horn




   0                  



 ◆月%日#曜 午@>時$¥=分  



 日は沈み、そして昇る。


 幾千幾億とも繰り返されたその営みは、今日もまた同じように、遥か彼方の地平線から恵みとなる光を与えるために参らんとしていた。東の空が徐々に明るくなり始め、もう間も無く太陽が昇りそうな頃、少女の


『邪魔よ』


の一言で、唐紅の球はその営みを逆流し、空は再び深淵に閉ざされる。


 どれくらい時間が経過したのか分からない。綾子は本能の命じるままに刃物をふるった。まるで次々襲ってくるゾンビを倒すかのように、はたまた屠畜場で豚を殺す時のように、白熱的でオートマチックに彼女はひたすら殺し続けた。


 どれくらい殺したか分からない。あたりが死体の山となり、乗り越えるのに一苦労するようになった頃、彼女はさらなる快感を求めて趣向の凝らした殺人を始めてみる。

■をバラバラにして、それを廊下に並べる事で文字列を作ろうとしたのだ。棒線は■■や余った■■、点を■や切り落とした■を使い、カーブしているところは■などの■■を取り出して描いた。


 体感時間で丸々一日かけて廊下に創世記の第一文「In the beginning God created the heavens and the earth」を作り上げた時には何と爽快な気持ちだった事だろう。春からキリスト系の高校に進学する事になっていた綾子は聖書の英語訳を嫌々覚えたのだが、この日ほどそれに感謝した事はなかった。そして、これからも訪れる事はないだろう。


 主よ、感謝します。けど、ちょっと生臭いです。


 そこから芸術家・澁谷綾子は様々な作品を作るようになった。まるで無機物のごとく遺体をバラバラにし、■■した■■を口に突っ込んだり、■■に突っ込んだり、■■■を切り開いて中にある■■■の物体を掻き回したり、■■にしてみたり。体が疲れを知らないぶん、作品のアイデアはコンコンと泉のように湧き上がって来た。


 それでも、彼ら五人は彼女に殺されるとき、まるで悲願が叶ったとでも言わんばかりに恍惚とした表情を浮かべた。それは、彼女の行為を是として受け入れているようだった。

 本当、夢のような世界だった。この世界であれば、私は何しても許される。死体に口づけしても、新たな生物を創造しても、咎める者は誰一人いやしない。私は本当に自由になったんだわ! 

 せいぜい不満なことがあるとすれば、夜が明けないことと、校内放送で流れ続ける奇妙な歌だけ。






 やがて、永遠に続けられると思っていた「創作活動」にも限界が見えてくる。自分の思った通りのイメージにできず、モニュメントを崩してぐちゃぐちゃになるまで潰すようになった。


 これでもない、


 これでもない、


 違う違う違う! 


 綾子の苛立ちは次第に募っていった。それを解消するために、彼らを一人づつ縛り付けて■■する事にした。指を■■■■■■■■し、■■■■し、生きたまま■■■■■してみたりした。彼らは断末魔の叫びを上げながら絶命するが、それでも恍惚とした表情は変わらなかった。

 わずか五、六人ほど■■したところで、彼女は止めにしてしまった。彼らの絶叫と、殺された時の最期に吐く満足の吐息、それが彼女の思考を鈍らせ、感情をむしゃくしゃさせたのだ。


 そして、もう一つ苛立ちを募らせる出来事が起きていた。彼女が今まで殺してきた死体である。数多の死体が殺して加工した状態のままで放置されたものが廊下、教室に散乱していた。

 それらは朽ちる事なく、ただただ死体であり続けた。そのおかげで生臭さは少なくて済むが、妙に気分が悪かった。まるで、その死体の人々がかつてどのように殺されたのかをありありと思い出させてくるようで——。






 とうとう綾子はハサミを投げ出してしまった。まるでスランプを抱えた芸術家みたいに、目の前で求愛のごとく殺してと懇願する悠里を殺害する手段が思い付かなくなってしまったのだ。

 いや、正確に言えばここまで休まず殺し続けたのだ。正直言って疲れた。面倒くさい、もうやめたい。だから彼女はハサミを投げ捨てた。


『あらあら、どうしたのかしら。壊れないハサミを投げ捨てちゃって。これじゃあ、目の前にいる親友を殺すことができないわよ』


 どこからかクミ子さんが現れて彼女の周囲を浮いたまま旋回した。綾子は今すぐにでも彼女を殴りたかった。私は人殺しをするロボットじゃない。もっと落ち着いた環境でやりたいのに……。

 そうよ、全部環境が悪いのよ。こんな閉塞した場所じゃなければ、もっと伸び伸びと人を殺すことができるのに。落ち着け、落ち着くのよ、澁谷綾子。私はできる子、私はできる子なんだから。


「ねえ、クミ子さん」


 綾子はクミ子さんの顔を見て言う。クミ子さんは、まるで動物の大道芸を見ているのかように、可笑しそうに引きつった笑みを浮かべていた。


『何かしら』

「私、疲れちゃったのよ。人を殺す事に」

『あんなにも人を殺したいと願っていたのに?』

「ええ。だって人間って飽きやすいものでしょ。だから、私も殺す事に飽きちゃったのよ。これで、私の願い事は終わりにしてくれるかしら」


 こんなふうに余裕ぶっているが、正直殺す事に限界を感じていた。このままこの世界で死ぬまで殺し続けるなんて一生ごめんだ。私はあくまで芸術家。芸術を完成させるには規則的な休息は必要だ。だから、ここは一つ譲歩の姿勢を見せて、あくまで殺す事に飽きてしまったとしよう。


『いいわ』


 クミ子さんの答えは意外にもあっさりしたものだった。


『飽きてしまうのは私も同じよ。だから、あなたの心情がすごくよく分かるの』


 そう言って彼女は指をパチンと鳴らす。玄関の扉が重々しく開く音が聞こえた。


『もう、帰ってもらって構わないわ。安心して、遺体の後片付けは全部私がやっておくから。罪にも問われないよう、この「世界」の概念も変えておいたわ。

 ただ、彼らのようにあなたに殺されることを望んでいる、という暗示まではかけていないから気をつけてね。そうじゃないと、世界がうまく進まないから。けど、もちろん人を殺したところで罪に問われることはない。また、殺したくなったらいつでも殺していいわよ』


 なんて優しい怪異なの! 綾子は狸に化かされたような心持ちになった。まさか自分の思い通りになるなんて、考えもしなかったのだ。これが七つ目の噂の力。本当に何でも叶えてくれるんだ! 


『それと、こんな夜更けに家に帰ったら不自然でしょ。あなたの気配を夜が明けるまで消しておいたわ。シャワーを浴びてもご飯食べても誰も気づかないはずよ』


 しかもアフターケアもバッチリと来た。本当に素晴らしい。「怪異って怖いものばかりだと思ってたわ」と綾子は安堵した声音でクミ子さんに言った。彼女はクスッと笑うと、

『それは怖がらせる役割の怪異が多いからよ。私は願いを叶えることが目的の怪異だから、彼らとは少し異質なの』と微笑を浮かべて答えた。


 綾子はクミ子さんに礼を述べると、校舎を出て、夜明けの迫る道を走り始めた。不思議だ。いくら走っても疲れを全く感じない。


 あっという間に自宅に着くところで、彼女は待てよと回れ右して、自宅の隣にある「桑原家」へ向かった。狭い世界から解放されて思考も巡るようになった彼女は新たな案を思いついたのだ。

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