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ホムズ、アポロ、江戸川小五郎、名探偵ナンコなど推理の王道は小説からコミックに至るまで読み尽くした。そこで知ったトリック、特に死体隠蔽のトリックに関しては実際に小動物を殺す際に利用した。残念ながらこの世に名探偵はいないから、今でも島のあちこちで息を潜めている。まあ、死体だから息はしてないのだが。
そんな中であるニュースが彼女の耳に入った。あるアパートの一室で大量の遺体が見つかったというものだった。犯人はSNS上で被害者と知り合い、殺害したと供述した。
彼女は自分が普段使っているツールが一歩踏み出せば殺人に使えるのだと知り、一気に殺人が自分の身近に存在すると感じるようになった。
それと同時に、彼女の小動物の殺し方にも傾向が出てくる。腹を割いて、内臓を丸見えにさせたり、手足をもいだり、人の手によって加工された死骸に一定の興味があることが分かった。彼女はまるで自分の好みを探し当てるかのように、残虐な死骸を量産して行った。
話は逸れるが、その頃、カナザワ大学の菊池信介生物学博士が津江島の生態系が揺らいでいる、との調査報告書を出した。これを島民は島の観光開発のし過ぎだと非難したが、菊池氏はそんなことは決してなく、原因は不明だが生物が大量に死滅している、とだけの見解に
そんなある日、彼女はネットで「サイコパス」という言葉を知る。どうやら、何の感情もなく人を殺せる人物を指す言葉のようだが、彼女はそれを自分にも当てはまるのだろう、と思ってしまった。
なぜなら、彼女の思考の根底には「そしてみんないなくなった」のボーグレイブ判事がいたからだ。彼も人を殺してみたいという好奇心のみで、軍人島に斯様な舞台を作り上げた。そこには人情なんてものは一つも存在していなかったに違いない。
ああ、私はサイコパスなのね。彼女はそのカタカナ五文字に恍惚すると共に、本格的な殺人欲求を抱くようになった。
ついに我慢できなくなった綾子は、半年前、数匹の野良猫や野良犬に睡眠剤の入った食べ物を与えて動きを封じ、殺害を決行した。ネズミよりも皮が分厚い彼らの腹を切り裂き、腸を首に巻き、目をくり抜いた。これが元紀とラムジーが見た猟奇事件である。
自身の欲求を抑えるためにしたこの行為が、彼女の人を殺したい気持ちを余計に駆り立てた。まるで、若い男子が若気の至りで異性を襲いたくなるように。もしかしたら、彼女の殺人欲は性欲と似ているのかもしれない。■■■■■■■■■のように日課となった小動物殺しはもうすぐ四桁の大台に乗ろうとしていた。
野良猫の死体はうまく裏山に隠したつもりだったが、台風によって地面が掘り返され、発見されてしまう。しかし、事件が発覚してからも、誰も彼女のことを疑わなかった。綾子はここまで表では才色兼備な美少女を演じていたのだ。
両親は彼女を自慢の娘だと称え、生徒の中には綾子を応援するファンクラブもできていた。この時点で彼女は警察相手にも犯行を続けられると思うようになった。その事が彼女の欲望をさらに駆り立てたのかもしれない。誰にもバレないというスリルは、危険な欲望を増幅させる。
綾子の殺人欲求はどんどん強まっていた。しかし、同時に彼女は狡猾でもあった。子供が人を殺したらどうなるのか。様々な少年犯罪をネットで調べて判例を学んだ。
少年法によると、高校生になれば殺人は普通の人と同じように裁かれてしまう。しかし、中学生であれば保護観察処分が適用されて重刑は免れる。そう結論した。だからこそ、中学生のうちに人を殺したかった。しかし、気付けば卒業まであと三ヶ月だった。
どうにか口実を作ってグループが単独で行動できる機会をもてれば、あとは自分の欲のままにできると考えていた。
しかし、ここにきて綾子が表に出していたキャラが邪魔してしまう。彼女は自分から物事を言うことがなかった。と言うよりも、元から得意ではなかった。
もし自分の主導で催事を始めてしまうと、彼女が今まで徹底的に隠してきた狂った本性が顕になってしまうかもしれない、と懸念していたからだ。だから、誰かが提案するのを待つしかなかった。旅行でも探検でもいい、誰にも邪魔されずに人殺しのができる環境が整うことを。
卒業式間近になり、いよいよ自分の口から端を発さないとダメか、と思った時、あの三人の話し声を耳にした。どうやら「津江中学校の七不思議」を探しに行くという。
「七不思議」の存在は知っていたが、オカルト的なものに興味がなかった彼女は知識程度に
そこからは彼女の思いのままだった。まさか本当に怪異が存在するとは思わなかったが、彼らのせいにすることでターゲットを混乱させ、自分に疑惑が向かないようにした。
唯一、悠里の時は危なかったな、と綾子は思い返す。犯行時に現場にいなきゃいけない、という縛りを課せられ、当然嫌疑もむいてしまった。しかし、その後にコンピューター室で自傷したことで、見事に疑いを晴らすことができ、さらには元紀とラムジーの間に亀裂を生ませることができた。
その亀裂をさらに大きくしてやろうと、元紀に気がある素振りを見せたが、そこまで効果はなかった。理科室の怪異じゃないけど、友情の考察は殺人には必須項目ね。
ああ、それと、プリマヴェーラに男子が連れ去られそうになった時は焦ったな。あと少し遅かったら、殺せなかったかもしれない。ヴィーナスの■■■■を舐めているキューピットの顔が中学生男子のように見えたから嫌な予感がしたのだ。あとでクミ子さんの話を聞いて安堵した。私の獲物を横取りしようなんて、頭が高いにも程があるわ。
回想を重ねていくうちに、郁奈と綾子は一階の一番北側まで来ていた。ここには作業室という教員や生徒が共同で事務作業をするための場所と、廊下を挟んで反対側にはボイラー室があった。
郁奈はそのうち作業室に入った。綾子も生徒会の仕事で何回かこの教室を使っているが、教室の真ん中に巨大な穴が空いてるのを見たことがなかった。穴には階段が付けられていて、そこから地下に行けるようになっている。
「六つの噂を全て見ると、この教室に地下へ通じる階段が現れるわ。本来なら六つの噂を見つけると彼女が現れてここまで案内するんだけど、今回は特例で私が案内することになったの。さあ、行きましょう」
郁奈は躊躇いなく不気味な地下への階段を下りていく。綾子は一瞬迷った。階段を下りていくかどうかではなく、ここで彼女を殺すかどうかを。
しかし、階段の前まで来た時、階下に今まで見たこともない桃色に光るモヤが広がっているのが見えた。あのモヤは一体なんだろう。そういった七つ目の噂に対する興味から、綾子は郁奈を殺さずに階段を下りることにした。
階段の下には不思議な光景が広がっていた。桃色に光るモヤだと思っていたのは床で、足をつけるとそれに呼応して床の奥にあるモヤが動いた。しかし、そのモヤは辺りにも満ちており、そちらは本当に気体のようだった。
桃色に着色されているのだから、甘い匂いがしてもいいはずなのに、無味無臭なため、脳が勝手に錯覚を起こして甘ったるい匂いを鼻腔に広げる。
『やっと来てくれたわね、綾子。改めて、私が七つ目の噂よ』
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