4-6

 郁奈のごちゃごちゃとした記憶は、クミ子さんの言葉によってまとめられ、自分自身でそれを口にする事でピースは次々はまり、鮮明化していった。

 そして、十五年前の最後のピースが埋まった時、郁奈は目の前にいる不気味な少女の顔を見た。不敵な笑みを浮かべる彼女に。


「あなたが七つ目の噂なんでしょ?」


 お下げの少女はクスッと笑うと、口を開いた。


『そうよ、郁奈。私が「七不思議」第七の噂にして、この学校の怪異を全て統率している怪異。それと同時に「七不思議」の一つでもあるトイレのクミ子さん。私はこの世界に生まれた特殊な怪異なの』


 そして、微笑を浮かべて続けた。


『「なんでも願いを叶えられる」って噂だけれども、それにもやはり限界がある。自己中心的な願いであれば確実に叶えられるけど、全世界を揺るがす願いとなると話は別。だから私は条件をつけさせてもらったの。


 一つは「世界」をこの島に限定すること。この島と周辺であれば、私もある程度無茶な概念を植え付けることができるから、と言うのが主な理由。これで、一帯の人々は人間関係で他人を殺すことはなくなったわ。

 事実、管轄のナナオ署はここ十五年間、殺人案件での捜査はしていないはずよ。刑事課も人員を削減されるほど用無しの部署に成り下がったわ。確認してみて、ってできればの話だけど。


 けれども、これで全ての殺人がなくせるわけではないわ。世の中に起きている殺人事件のうち、面識ある人による殺人は九割を占めるけど、残り一割は面識のない人による殺人、つまり殺人によって己の欲求を満たそうとしている人たちのものなの。

 サイコパス、なんてネットでは揶揄されてるわね。彼らにとって殺人は生活サイクルの一部、もしくは命の価値を知るための手段なの。そんなことをして、命の価値なんて知れるわけないのに。


 もし、サイコパスが私の結界内に現れた場合、彼らから殺人を取り上げるには強行な手段をとるしかない。そこで、私が出した二つ目の条件。

 それは、あなたに私の結界内にいてもらって常に私へ力を提供すること。私の願いを叶えるという怪異は、その人の願う力が強ければ強いほど、私との距離が近ければ近いほど実現しやすくなる。だから、あなたには津江中学校に勤めてもらう事にしたの』


 それを聞いて郁奈はある事を久々に思い出した。これはクミ子さんの力によって忘れていたのではなく、ただ単に時の経過により忘れていた事だ。

 高校を卒業して大学に進学した頃、郁奈はクミ子さんとの契約をすっかり忘れてていた。厳しい受験戦争を勝ち抜いて公立大学に進学し、地元の優良企業に就職しようとするもことごとく不採用になった。

 その時、目に止まったのが津江中学校の司書の募集だった。偶然大学の授業で司書資格を取っていたので、ダメもとで応募してみたらまさかの採用。そこで彼女はクミ子さんとの契約を思い出し、これは一生拭えない、と思い知らされたのだ。


 そう、あくまで彼女は怪異なのだ。人の負の感情が生み出したおぞましい存在。


 クミ子さんは続ける。


『そして、時は巡り巡って半年前、一つの騒動がこの学校で起きた。学校の裏山にある麓で十数匹の猫や犬の死体が見つかったの。あなたも覚えているでしょう。腹わたを裂かれて、腸をネックレスのように首に巻かれた猫の死体を。その死体に警察は犯人が猟奇的な性格の持ち主ではないか、と睨んで捜査を続けるも目撃証言も物証も少なく未だ進展はなし。

 犯人はもちろん彼女、澁谷綾子。だけど、彼女は生徒からも人望があり、成績もよく、スポーツもできた。もちろん、警察も教員も彼女が犯人だなんて一片たりとも思わなかったでしょうね。


 けれども、彼女の犯行を目撃した人がいたの。それが今回「七不思議探し」をしている森島元紀と関根ラムジー。

 彼らにとって、生徒の鏡のような存在である澁谷綾子があんな猟奇的な事をしているのが信じられなかったのでしょうね。それに元紀は彼女に思いを寄せていた。だからこそ、余計信じれらなかったし、警察に逮捕されて欲しくなかった。

 そこで私に相談して来たの。ほら、私って生徒に信用されてるから。え、そういうわけでもない? あらそう、残念。


 綾子のことも私は承知していた。彼女には殺人欲求がある。あれはいつか必ず人を殺める。だから、あなたの願いを実行するために元紀たちを使う事に決めたの。

 そこで私はあなたと澁谷綾子の親友である本庄悠里も含めた五人に、彼女から殺人欲求をなくすための計画を話した。けれども、私ってやっぱり怪異ね。それは確実かもしれないけど狂ってるって言われちゃったわ。


 それは彼女が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■こと。あら、読者の方には読めなかったかしら。大丈夫、印刷ミスでもなんでもないわ。私がそうするようにの。そうじゃないと、面白くなくなっちゃうでしょ。


 そこで、あなた達の方からも提案があった。こちらの方が、の犠牲で彼女を更生させることができるし、「七不思議」を使えばプラマイゼロだ、ってあなた達は言ってきたわ。

 全く、私をなんだと思ってるのか。私はほぼ不可能だと思っていたけれど、あなたたち人間の持つ不確定な要素にも賭けてみようと思って乗ることにしたの。もし、それが失敗したら私のプランに移行するという条件の下で。


 そこで、彼らが自然な流れで「七不思議探し」に参加できるよう、全員の記憶を改竄した。郁奈、あなたに至っては彼らに介入できないように十五年前の記憶も改竄させてもらったわ。

 あなたはあくまで観察者。出て来るのは綾子が全員を殺してしまった時、この「七不思議探し」のを話すためにね。これがあなたの記憶を変えた理由。理解できたかしら。分かりにくいところは「クミ子さんわたしだから」って理由で納得してもらえる?』


 そこまで言うと、彼女は生者を嘲笑うかのように引きつった笑みを浮かべた。


『けど、どうやら失敗みたいね。彼女の親友である悠里を殺してもなお、彼女の目から人を殺す意思を読み取れたわ。このままだと皆んな殺されて、私のプランになるわ。ああ、一体どんな光景が広がることでしょう。今から楽しみで漏れちゃいそう』


 恍惚とした笑みを浮かべるクミ子さんに郁奈は背筋が凍る感覚がした。改めて、彼女の本質が垣間見えた気がする。


 けど、そんなことは絶対にさせない。彼女のプランが実行される時、犠牲になるのは私たちだ。絶対にさせるものか!


 その時、一階の方からガシャン、と何かっきな物が落下する音が聞こえた。二人はすぐにその音の正体に気づく。


『あら、もう終わってしまったみたい。彼女は最後までやり遂げたようね。さあ、あなたの出番よ。その前に、あなたの推理を完結させる最後のヒントを渡すわ』


 そう言って彼女は少年少女らの軌跡を教えた。それにより、郁奈の推理は一つの真実となる。


『さあ、思う存分あがいてらっしゃい』


 クミ子さんは不敵な笑みを浮かべたまま郁奈に手を振った。全て彼女の手のひらの上だ。それが郁奈にはすごく悔しかった。けど、いま彼女の言う通り動かなければ、綾子は全員を復活させないだろう。それどころか……。郁奈はクミ子さんを一瞥すると、そのまま男子トイレを後にして走り出した。


 そして……

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