3-20
『きっと僕らを探しにここに来てくれたんだろ、違うか? そうだよね。なら、ぜひ聞かせて欲しい。君たちのここまでの冒険を。そして、七不思議で叶える願いのことを』
きっと彼は軽い気持ちで聞いたんだろう。悪気は一切感じられなかった。しかし三人にとって、それはとても重いものだった。仲間が二人死に、ハイヒールマンとの死に物狂いの追いかけっこを潜り抜け、ピエロやプリマヴェーラと言った怪異に遭遇したのだから。決して軽いものじゃなかった。
そんな彼らの心情を察したのか、青年はとても申し訳ない声で
『す、すまない、僕もそんなつもりで聞いたわけじゃないんだ。ほら、僕らはこの体育館から出ることができないし、トイレのクミ子さんみたいに学校の様子を把握することもできないから……、その……、悪気はなかったんだ。本当にごめんよ』と陳謝した。
本当に青年みたいな反応をする幽霊だった。彼がしどろもどろしていると、ステージの照明がパッとつき、先ほどのアーティストたちが立っていた。彼らは一瞬、青年の方を見ると、行くゾォと掛け声と共にゴチャゴチャしたヘヴィーメタルを奏で始める。きっと彼らを見ることができたなら、金髪ロングで白化粧してるに違いない。
「いいんや。二人を助けるためにワシらは『七不思議』に願いをかけるんや。構へんで」
ラムジーが青年をまっすぐ見つめてそう答えた。きっとこの校舎に入ったばかりの彼であればこんなに真っ直ぐな目をしていなかっただろう。青年は数時間前と比べてたくましく成長した少年に向かって大きく頷くと、一歩下がって三人のことを見た。
『その心意気、気に入ったよ。よかったら、このあと僕と一緒にステージに立ってみないか? ほら、さっきの不躾な質問のお詫びも兼ねて、君たちを僕のステージに招待してあげるよ!』
彼の突然の提案に一同は困惑した。
「で、でも、僕ら歌も歌えないし、楽器も弾けないよ」
元紀の弱腰に青年は笑みを浮かべると、
『安心して。僕はこう見えてDJをやってるんだ。こう見えてって言っても、君たちには見えてないんだけど。
まあ、僕のやることはただ音楽を流し続けて盛り上げること。君たちは僕の後ろで踊ってくれればいいよ。ともかく、僕は君たちのここまでの軌跡に敬意を表したいんだ。な、いいだろ』と屈託のない笑みを浮かべた。
元紀はラムジーを見てみた。彼がライブ好きなのは昔から知っていたので、どうかと思っていたが、彼は案の定、食いついていた。綾子の方はと見てみると、彼女は少し渋っている様子だが、絶対に嫌だという訳ではなさそうだ。
一方の元紀は大いに行ってみたいという気持ちに駆られていた。今までスポットライトを浴びることのなかった彼にとって、自分が注目される絶好のチャンスだと捉えていたのだ。
なんかこの興奮の仕方、深夜の学校に忍び込む時に近いな。そういえば、僕がラムジーの計画に賛同したのって、それが目的じゃなかったっけ。しかし今では幽霊と普通に会話し、死んだ二人を生き返らせるという非科学的な事を目標に進んでいる。人生何があるか分からないとは本当にこの事だ。
『どうやら、三人ともOKみたいだね』
青年の力強い言葉に綾子は思わず頷いてしまった。他の二人が首を縦に振ったのは言わずもがなである。
『なら、一緒にステージを楽しもう。僕はケンタ。君らは?』
ラムジー、元紀、綾子、と一人ずつ自己紹介した。ケンタはウンウンと頷くと、自分の口で三人の名前を復唱し、よろしく、と爽やかに言った。
ああ、彼に嫉妬する理由がわかったかもしれない。これは僕の理想なんだ。僕が目指すべき人物像だから嫉妬するのも無理はない。ジェラシーの理由がわかったことで、元紀の心の中にある黒いモヤは姿を消した。
ステージ上で演奏していたヘヴィーメタルの演奏が終わった。よほど観客の気分にそぐわなかったのか、大ブーイングの嵐だ。けれども、彼らはそれを物ともせずに両手を振りながらステージを降りていく。やがて照明が落ちて、ステージでケンタのための舞台設営が進められた。その瞬間から観客のテンションは高まり、あちこちからラブコールが聞こえて来た。
「すごい人気やな」
ラムジーが呟く。
『もちろん。だって、僕がこの音楽フェスを主催してるんだもの。客は僕のことを心待ちにして来てくれている。だから、僕は最高のパフォーマンスをすることができるんだ』
ケンタはそう言うと、少し暗い声で、
『生前の僕にもこれくらい集客力があったらなあ』と呟いた。けれども、その顔はどこかすがすがしい。
舞台設営が終わり、ステージにはDJをするための機材が演台の上に置かれた。機材はまだ始まってもいないのに幻想的な明かりを放っている。
『さあ、出番だ。気張って行こう』
青年は三人の肩をそれぞれ強く叩くと、ステージに向けて走り出した。先頭にいたラムジーは遅れまいと彼の後を追う。そしてステージに上ると、途端に大歓声が彼を包み込んだ。
彼の肌がビリビリと震えているのが元紀の目から見てもわかった。きっと彼はこう思ってるに違いない。そう、これや。ワシが求めていたのはコレなんや。
後ろにいた二人も続々ステージに上がった。元紀は先ほどまで綾子に抱いていたものとは異なる鼓動を感じていた。今までのような緊張によるものではない、興奮による鼓動の高鳴り。こんなにも万能感を引き出すのか。今ならなんだってできそうだ。それこそ、体操・床のG難度技、後方抱え込み二回宙返り三回捻りだってできそうだった。
『みんな聞いてほしい』
絶え間ないラブコールを制してケンタはマイクに語りかけた。
『今日、ここにいる三人は「七不思議」を探しにここにやって来た。そして、僕らを見つけたことで、ついに六つ見つけたことになる』
観客たちから熱い歓声が聞こえる。中にはおめでとう、や、お疲れ様、とねぎらう声も聞こえた。ケンタは手を上げて注目を自分に向け直させる。
『ああ、とても素晴らしいことだ。この「七不思議探し」始まって以来、「七不思議」を全て見つけられたのは二組しかいない。つまり、彼らで三組目となる。本当に素晴らしい快挙だ。
しかし、彼らの旅路はとても辛いものだった。シャベトの北極探検よりも、マロニーのエベレスト登頂よりも過酷を極めたはずだ。二人の
再び熱いコールが体育館内を包んだ。まるで地鳴りでも起きるんじゃないかというくらい熱くて厚い歓声。中には指笛を鳴らす者もいる。すごい一体感だ、と元紀は思った。これがカリスマ、リーダーシップというものなのだろうか。
『こんな彼らに僕は敬意を表して曲を送りたいと思う。数々の苦難を乗り越え、この場所で出会えた奇跡を称えて。みんな、僕のこのわがままに付き合ってもらえるかい?』
拍手が会場に巻き起こった。その様子にケンタはありがとう、と付け加えると、マイクを置いて機材の再生ボタンを押した。
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