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 しかし、その問いが発せられたことで、先ほどまで賑やかだった理科室は一瞬にして静かになった。まるで禁忌に触れてしまったかのようにピンと空気が張り詰めたのだ。

 しかし、元紀は聞きたかった。彼らのように良好な意思疎通を図れる怪異とこの先巡り会えるかはわからない。だから、ここで聞いてみるしかなかった。


『できるとは断言できません』


 骸骨はゆっくりと口を開いた。


『ただ、一つ言えることはお前らの友人はピエロの殺された訳じゃない、ということだ。やつは音でしか人を恐怖させることができない。俺たちみたいに何かに触れることも、実体を見せることもできない。もし、そんなことができたら俺たちがとっくに気付いてるはずだ。だから、お前らの友人はピエロに殺された訳じゃねえよ』

「じゃ、じゃあ、誰がジェノサイダーを?」


 ラムジーが不安な表情で尋ねる。


『なんとも言えねえな。俺たちはから、誰に殺されたのか想像することしかできねえ。可能性の一つは殺人鬼がたまたまこの校舎に入り込んだか、もしくは……』


 そこまで言うと、人体模型は間を置いて四人を眺めた。



 その言葉に四人はドキリとした表情を見せた。自分たちの中に仲間を殺す殺人犯が紛れてる? そんなばかな。だって僕らはどこにでもいる片田舎の中学三年生だ。非行どころか生活指導にも一度もかけられたことのない健全な生徒の集まり。その中にジェノサイダーを、しかもあんな酷いやり方で殺す人がこの中にいるのか? 


 けど、ピエロが犯人でないとすれば彼の言う二つの可能性しかない。しかもより可能性が高いのは後者なのだ。元紀は心臓が大きく脈打つのを感じた。


 あれ、でも待てよ。彼は一考した。もしピエロが噂通りでないとしたら人体模型たちが気付いてるはずだ。しかし、彼らはそんなことはないと言う。

 となれば、三階まで登って行ったあの足音は一体誰だったんだろう? よくよく思い出してみれば、足音も違っていた。ピエロは最初ひたひたという足音で、階段を登って来る時にはカツカツという足音だった。


 元紀が顔をあげると綾子と目があった。今度は勘違いでもなく確実に。どうやら綾子も同じことを考えているようだった。目があった二人は互いに頷き合った。そして、まだ分かっていない二人に先ほどの考えを説明した。ラムジーと悠里ももなるほど、と納得の表情を見せる。

 一見信じがたいことかもしれないが、自分たち以外にこの校舎に侵入している何者かが殺人を起こしている。四人の意見はその方向で固まりつつあった。


『どうやら、もう大丈夫なようですね』


 骸骨が笑みを浮かべた。彼の頬骨が上がっているのがよく見える。彼はどこまでも骨なのだ。


 四人は大きく頷くと、再び礼を言って理科室を後にした。


 いつの間にか時刻は日付を跨いでいた。




   3          



 三月一日水曜 午前〇時五分



 理科室を出た四人はもう先ほどのような迷いは一切なかった。目標が定められたからだ。

 相手はこの校舎に忍び込んだ殺人鬼。カツカツという音から「ハイヒールマン」とでも名付けようか。うん。いいネーミングセンスだ。元紀は「殺戮校舎」と書かれた物騒な文字を消して、その下に「ハイヒールマン」と書いた。

 そして、手帳を一枚めくって先ほどまでのことを書き留めてみた。試しに友人を失うという辛い経験を文字に起こしてみようと筆を走らせてみた。だが、出来上がったのは何とも簡素な一文であった。


「稗島五月、一階の北階段前にて胴体を横真っ二つにされて死亡」


 この一行に集約してしまう。言葉というのは恐ろしい。どんなに尊いものでも亡くし、失かったことにできてしまう。ジェノサイダーはもういないんだ、と改めて突きつけられた事実に元紀のクリアになった心は濁りを見せた。先程の喜劇を見て笑みを浮かべてしまった自分が無神経だったことを再認させられた。


「なに書いてるの?」


 ふと後ろから声をかけられたので元紀は飛び跳ねた。そこには綾子が興味津々の眼差しで彼の顔を見ている。どうやら、先ほど自分と同じ結論に行き着いた元紀のことを評価しているらしい。心なしか彼女の元紀に対する眼差しが先ほどと変わっている気がする。


「ねえ、なに書いてるの?」


 彼女はもう一度尋ねた。元紀はどう答えていいものかドギマギした。おそらく小説を書いてるなんて言えば稗島のようにイキっているやつだと思われてしまうだろう。ましてや、彼と違って影でこそこそイキっていたのだから、余計たちが悪い。バレた暁には絶対からかって来るだろう。

 からかわれるのは嫌だ。かと言って何も言わなければ、彼女の方から作ってくれた会話の起点が台無しになってしまう。彼はありとあらゆる言い訳を検証した。


「そりゃ、小説の構想を練るためのメモ帳やで」


 ようやく、これは後々のために記録を取っておこう、というジャーナリスト精神で行こうと思った矢先にラムジーがそんなことを言ったため、彼のプランは台無しになった。ああ、絶対笑われる。中二病だと思われてしまう! 元紀は心の中でうずくまってこれから来るであろう嘲笑に耐えようとした。


 しかし、綾子の反応は意外なものだった。


「へえ、森島くんって小説書いてるんだ」と、かなり肯定的に受け止めたのである。


 あれ? そこまで悪く思っていない?


「そうなんやで。編集者からも声がかかっていて、将来は冬目枕流みたいな文豪になるんやって」


 ラムジーは元紀が言いたくないことをどんどん言ってしまう。お前は僕のマネージャーか! 十五歳の少年は言葉に出さずに親友を叱責したが、たとえ自分の思い通りになる心の中であろうと、出て来る言葉は「ま、まあね」と途切れ途切れだった。

 彼の行いは否定したい。けど、もっと言って欲しいと思っている自分もいる。この二律背反な勢力に挟まれて、男の子は曖昧な態度をとってしまった。曖昧が故に何も言えない。


「ねえねえ、あやちゃん。私、トイレに行きたいんだけど一緒に来てもらってもいい?」


 ふと、悠里が話題を無理やり変えるかのように、強引な口調で言った。その後に腫れ上がった眼で二人の男子を軽く睨みつける。どうやら、先程の掛け合いがかなり気に入らなかったようだ。元紀たちはぎくりとして、本当に何も言えなくなってしまった。


「それに、この血も洗いたいし……」


 そう付け加えて彼女は自分の顔や髪の毛についた稗島の返り血を見せた。綾子も「そうだね、私もトイレに行きたかったし」と同意して二人はトイレの中に入っていく。その間に男子が参入する余地は一切なかった。


 二人は黙って綾子たちが入っていった女子トイレ(彼らにとっては聖域のように立ち入りが禁じられた場所)を眺めていた。ややあってラムジーが口を開く。


「なあ、わしもちょっとトイレに行って来るわ」

「じゃあ一緒についてってやるよ」

「なんや、もっちゃんも我慢してたんか」

「違うよ。もし一人のときに稗島を殺したかもしれない殺人鬼と鉢合わせしたら分が悪いだろ。そのためだよ。だから、本庄さんも澁谷さんを連れて行ったんでしょ?」

「あぁ、なるほど。そう言うことやったんか。てっきり連れションやと思ったわ」

「そうかもしれないけど、女の子に対してその言葉を使うのはどうかと思うぞ」


 元紀は微笑すると二人はトイレの中に入った。

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