3-6

 困惑する彼らに気づかず、人体模型は説明を始めた。


『粒子を光速まで加速させて衝突させると、衝突のエネルギーが非常に小さな空間に凝縮される。……先の研究で余剰次元理論は証明されているから、十次元空間を超えてエネルギーはブラックホールが生成可能なBH曲線に到達する。そうなれば、マイクロブラックホールが誕生するが、これはすぐに蒸発してしまう。それ自体はなんら驚く事ではない。「キングホー放射」でググれば済む話だ。

 ……人間どもの科学力ではジュネーブにあるCERNでしか現状できないとされているが、それを可能とするのが俺たちの「TSUE」だ! エネルギー出力は最大二十兆電子ボルトで、確実にマイクロブラックホールを生成することが可能。これを使って……』


 こんな風に説明を延々と続けた。余程、彼が興奮している証拠だろう。自分の理論を証明するから、と言うのもあるが、何より生身の人間にそれを見せることができるのが何より嬉しいのだろう。自分たちは人類よりもここまで進んでるんだぞ! ざまぁみろ、とでも言いたげに。


 しかし、そんな喜びを共有できないものがいた。人体模型が潔く御高説たまわっていると、あたりのショーケースから『うるせぇ』『さっさと始めろぉ』などと様々な野次が飛び交い始めたのだ。

 これには四人とも腰を抜かしてしまった。骸骨標本にワニの剥製、そして人体模型、これらの他に動きそうなものはいただろうか? しかもこんな大勢。


 元紀は声のする方向を座ったまま探してみると、ハッと目を見開いた。そこにはホルマリン液に漬けられたカエルや魚、よくわからない生き物の組織標本がずらりと並んでおり、声はそこから聞こえていたのだ。

 彼らはホルマリン漬けにされてるから、体を動かすことはできないはずである。しかし、彼が気付いたのとほぼ同時に標本達は目をぎょろつかせ、四人のことを凝視した。


『「七不思議」を探しに来た輩だ』

『我々は貴様らにさしたる興味はない』

『数十年この学校と共に〈生きて〉きた我々にとって、「七不思議」を探しにくる子らなどとうに見飽きたわ』


 口々に標本たちは悪態をつく。まるで、歳をとってやることがなくなった年金暮らしの老人みたいだ。そんな彼らを骸骨は『はいはい、今始めますからね、ご老体』となだめながら粒子加速器の前に立った。

 その機械の丁度真ん中には大きな赤いボタンがカバーを被せて取り付けられており、どうやらそこを押すと稼働するらしかった。骸骨は電源やその他諸々の数値を確認すると、カバーを外してボタンを押そうとした。


 その時、今まで演説していた人体模型が『ちょっと待て』と口を挟む。

『せっかく、科学の歴史をかえる重要な実験なんだ。俺が押す』

『でしたら、一緒に押しましょう。これはみんなの成果ですからね』


 その押し付けがましい態度にイラッと来たのか、骸骨は攻勢の口調で譲歩の姿勢を見せる。


『いいや、俺一人だけで押す。そもそもこの理論全般は俺が証明したんだから、その実証実験も俺のスイッチで始めるんだ』

『確かに理論の証明はあなたがやったかもしれませんが、この装置を設計したのは誰ですか? この私です。でしたら、この装置のスイッチを押す権利は私にもあると思いますがね』


 骸骨の口調からそろそろ沸点に近づいて来てるのがわかる。


『そんなの二足歩行できる動物だったら誰でもできるわ!』


 人体模型もたまらず言い返す。『あっ、おいらは出来ないんだね』と四足歩行のワニの剥製がしょんぼりする。


『そんな言い方はないでしょ! これだって作るのに技術がいるんですよ。あなたこそ、理論の証明なんてご老体たちでさえ出来ますよ』


 たまらず反論する骸骨。


『はぁ? あの老害たちと一緒にすんじゃねえ』


 新たな火種を作る人体模型。


 その言葉に標本たちがギャアギャア喚き立てる。次第に理科室全体が学級崩壊でも起こしたかのように騒がしくなって来た。本来なら不良グループの衝突みたいに喧騒な空気になるはずだ。しかし、今の理科室はなぜか温かい空気をしている。まるで決められた台本通りに動いているかのような、お家芸の様相を呈していた。


『あぁ、もうアッタマきた!』


 とうとう骸骨の堪忍袋の緒がきれた。


『そんなに我儘を言うならどうぞどうぞ、スイッチを押してください。その代わり、今度クミちゃんとデートに行って来ますから! 羨んでも知りませんからね』

『いいや、クミは俺の女だから俺とデートに行きますぅ。この前も二人でフェスにいきましたもーん』

『はぁ? じ、じ、じゃあ、いいですもん。「アナウンサー」とデートに行きますから』

『ふん、どうぞ、どうぞ、あんな声しか出せないやつと行って何が楽しいんかね』

『そんなことを言うなんて。あなたとは運命を共にする仲間だと思ってたのに……』

『あんたなんて、大っ嫌いよ』


 とうとう骸骨が伝家の宝刀を出した。


『はっ、ならこっちも大嫌いだよ』


 二人は互いに互いのことを嫌いだと言い出した。先ほどまでの和気藹々とした感じはどこに行ったのやら。標本たちはいいぞ、いいぞ、と歓声をあげ、ワニは二人をなんとかして仲裁しようとオドオドしだした。ただただ、外部からやって来た中学生四人だけが、この展開について行けず、じっと自分の席に座っているだけだった。


 嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い、嫌い、嫌い、大嫌い、嫌い、嫌い、大嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、大嫌い、嫌い、嫌い、嫌い、大嫌い、嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い、嫌い、嫌い、大嫌い、嫌い……


〜〜〜』


 突如反対のことを骸骨が言い出した。


〜〜〜』


 人体模型も同調し、骸骨の細い体を優しく抱きしめる。


 カルシウムの塊とプラスチックで出来た紛い物はしばらく互いのことを抱擁した。そして、小声で『ごめんね、嫌いなんて言って』『うん、こっちこそごめん」と呟き合った。

 これが一組のカップルであればまだメンヘラチックに思うだけで済むのだが、何せ骸骨が中性的な声をしてるもんだから(おそらく性別も男だから)、いかにもボーイズラブの様相を呈してしまう。

 しかも愛し合ってるのが骸骨と人体模型というのだがら、どこに需要があったものか。これでは同人誌で販売しても数冊売れるかの設定である。ゴブリンとドワーフのカップリングよりもたちが悪い。


 しかし、こんな滑稽劇に元紀は勇気をもらった。不謹慎なのかもしれない。つい先ほど友人が無惨な死に方をしたのに。けど、心が弱った時ほどプラスの意味で予想を裏切る展開は泥濘とした心に安寧を与えてくれたのだ。

 それを示すかのように、先ほどまで鼻水を垂らしそうだったラムジーがクスッと可愛く笑みを浮かべた。それにつられて綾子が、悠里が、そして元紀も笑みを浮かべた。すると不思議なことに先ほどまでドロドロだった心の中が幾分か落ち着いて来る。気分もかなり良くなっていった。


「あの、ワシら、そろそろお暇してもよかですか?」


 ラムジーが愛し合う二体に尋ねた。


『ああ、いいよいいよ。歴史的瞬間に立ち会ってもらおうと思ったが、それよりも素晴らしいものに俺は今日気づいたよ。〈友情〉という化学反応だ。これからこの化学反応の理論構築をしなければならないな』


 人体模型はそう言ってニッと口角を上げた。普段は無表情なはずの彼が無理やり笑うもんだから、それはさぞかし不気味に見えた。しかし、今の彼らにとってみれば、その不気味さも巡り巡ってヘンテコなものに見えてしまう。


 四人はそれぞれ礼を言って理科室の扉の前に立った。理科室を去る前に元紀はどうしても聞きたい事があったので口を開いた。それは安穏とした今の彼の心情だからできた物事を客観視して生まれた疑問であった。この疑問に答えられるのは、夜の校舎を棲家とする怪異たち以外いない。


「あの、怪異って人を殺すことができるんですか?」

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