3-2

 こうして五人は敷地への侵入を果たした。僕らは今、刑法に引っかかることをしているんだ。そう思うとなんか緊張してきたな。元紀は興奮の熱を逃すかのように、ワイシャツに手を擦り付けながら小さく飛び跳ねてみた。

 すると、隣から視線を感じる。恐る恐るその方向を見てみると、ラムジーと綾子を挟んで隣にいる悠里がものすごい形相で彼のこと見ていた。ショートカットの前髪から見える眼がぎらりと光っているような気がして、彼は体の振動を止めた。


 体勢を立て直すと、薄暗い中にぽつりとたたずむ校舎を眺めてみた。ここから校舎までは十数メートルある。しかし、それは玄関までの距離だ。元紀たちが入ろうとしている体育館連絡通路のドアはその少し手前にある。

 体育館は校門から見て校舎の手前にあり、一本の連絡通路で校舎と繋がっていた。そこには外から体育館に入るための扉が設置されており、元紀たちはそこから入ろうとしていた。

 五人はなるべく小走りで敷地内を移動し、扉の前にたどり着く。扉の鍵はかかっていたが、綾子が放課後に生徒会室からくすねてきた鍵を使って難なく開いた。


 彼らが連絡通路に入ったその時だった。突如、稗島がブルブルと体を震わせた。彼の巨体が思わぬ行動をとったことで、元紀たちは稗島のことを見つめる。


「い、今の声が聞こえなかったのか?」


 稗島はキャラも忘れて高い声でそう尋ねた。


「ううん、何も聞こえなかったけど」


 悠里が素っ気なく答えた。他の三人も首を傾げる。


「どうかしたの、稗島?」


 元紀は優しく稗島に語りかけた。しかし、聞き間違いだと判断したのか、ジェノサイダーは、


「い、いや、どうやら冥界の使者が我に警告をしているらしい。ま、我が左手に封印されしカイザック=ジェノスの前では無意味なことだがな」と、いつも通りのキャラに戻った。


「へえ、左手に力が封印されてるの?」


 それに綾子が興味津々に尋ねる。


「あ、ああ、失われし古代の力、エイシェント・ロスト・パワーの一つであるカイザック=ジェノスは我が忌み名であるダークジェノサイダーに由来する力の源の一つなのだよ。この封印を解放すると、全ての光は深淵なる闇へといざなわれ、世界は終わりなき終焉の刻を迎え、全ての武力、魔法、波動などのパワーを無へと帰すのだ。ああしかし——」


 綾子に構われたからか、その口も自ずと饒舌になる。


「別に無理に聞かんでもええで。厨二病の虚しい妄想やから」


 ラムジーはケラケラ笑いながら体育館の方に向かった。津江中学校の校舎は簡素な三階建から出来ている。トイレは体育館と各階に一つずつ。ホームルーム教室は一階から一年、二年、三年と割り当てられている。

 放課後の図書委員会の送別会の間、「七不思議」の巡り方を考えていた元紀とラムジーは、一階からスムーズに行けるようにルートを設定した。

 一階の体育館から始まり、技術室を見てから南階段を使って二階へ、そして二階の図書室→理科室、北階段で三階に行ってトイレ→美術室という順番で回る事にしたのだ。


 そこで、まず一行は体育館で行われているという幽霊フェスを見に行く事にした。しかし、連絡通路に入った時点で分かっていたが、体育館は宇宙にいるかの様にしんとしていて、フェスなどやってる様相は一片たりともない。それは体育館に足を踏み入れても変わらなかった。


「あれ、おかしぃなぁ」とラムジーは首を傾げるが、元紀はそうだろうな、と安堵の心持ちになった。


 一方のジェノサイダーは、


「ふ、ふふ、どうやら、カイザック=ジェノスのはなしをしてしまった所為で、奴らも怖気付いてしまったようだな」と、自分をよく見せようと必死になっていた。


 ここで待っていても埒が明かないな、と思った元紀は、また出直そうとラムジーに言って体育館から出た。もちろん出直すつもりなんて彼には毛頭なかった。全部の噂が嘘だとわかって、なあんだと笑いながら帰る五人の姿が彼の頭には出来上がりつつあった。


 そんな時、再び五人を不可解な現象が襲う。それは科学的に説明できるものではなく、まして先程の稗島みたく誰か一人にしか知覚できないものでもなかった。全員が明らかにその音を聞いたのだ。


 連絡通路から校舎に入る手前には音楽室がある。あまり日当たりのいい場所ではないため、夏場でも涼しく、あまり長居したくない教室ベストスリーに入るほどの場所である。生徒から不人気なその教室から、ピアノの音色が聞こえてきたのだ。

 もともとパイプオルガンの曲なのだろうか? 長い音を多用しているが、音の収まりが早いピアノではどうも安っぽく聞こえてしまう。いつまでも続きそうな荘厳な響きが魅力なのに、ピアノの音色ではその高貴さが消え失せてしまっていた。


 五人はそれぞれお互いの顔を見合わせた。


「ど、どうする」と元紀は不安げに尋ねる。

「ど、どうもこうもあるか、いっ、行ってみなきゃ、この探索の意味がねえ」


 ラムジーは小節の利いた喋り方をしだした。相当動揺してる証拠だろう。


「で、でも音楽室に『七不思議』はないでしょ。もしかしたら、幻聴かもしれないしさ」


 悠里の言ってることが矛盾してると元紀にはわかった。みんなに同じ幻聴が聞こえていいはずがない。しかし彼女の言う通り、「七不思議」の中に音楽室は含まれていない。


「ふっ、これだから愚民どもは愚かな民なのだ」とジェノサイダーは訳のわからないことを言う。


 そんな折、綾子が口を開いた。


「私は行ってみたい。怖がるよりも行って確かめてみたいわ」


 その言葉で真っ先に悠里が味方した。先ほどまで怖がっていたはずなのに、急に得意げになって、「ほら、あなたたちはどうなのよ」と挑発までしてきた。そんな言い方をされたら、いくら影の薄い男子だからといって、黙ってはいられない。


「ああ、望むところや」と、ラムジーを筆頭に三人は頷いた。


 綾子の勇気ある一言に四人は全員頷いた。いや、頷いてしまったのだ。しかし、これから起こることを知っていたら、彼らは首を横に振っていただろうか。それは神にすら分かり得ないだろう。


 音楽室は徐々に近づいて来る。荘厳さを無くした音色は、その音量をいっそう強くしていく。音楽室が迫る。旋律が迫る。


 迫る、迫る、迫る! 


 五人がいよいよ音楽室の扉の前まできたところで、突如ピアノの音が止んだ。あたりは何事も無かったかのように静まりかえったので、少年少女は顔を見合わせる。

 先ほどまで聞こえてたはずのピアノの音がパタリと聞こえなくなったのだ。訳がわからない! 綾子と元紀は二つある扉に付けられた円形の窓ガラスからそれぞれ中を覗いてみた。

 そこには常設されているピアノと机と椅子が置かれ、壁には数年前の音楽コンクールのポスターが貼られたいつもの音楽室の光景が広がっていた。人影の姿は見えない。けれども、ピアノの蓋は開いていた。


 元紀は何もない、とでも言わんばかりに黙って首を横に振った。綾子も同様に首を横に振る。音楽室の様子をみていなかった三人も順番に窓ガラスを覗いたが、みな同じ動きをするだけだった。


 最後に悠里が覗いた時に、扉に何か違和感を覚えたのだろうか。スライド式の扉を軽く押す素振りを見せると、取手に手をかけて横に滑らした。すると、扉はなんの躊躇いもなしにスルリと開いた。


「ど、どういうことや」と戸惑いの声を出すラムジーに悠里は黙って首を横に振る。


 五人は若干の躊躇いを見せながらも、やがて音楽室に入っていった。しかし、音楽室には特に変わったところはなく、なぜ、あの時ピアノの音色が聞こえてきたかは分からなかった。綾子はピアノの蓋をパタリと閉じ。

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